ハドロンからなる物質を加熱する、あるいは圧縮することで、ハドロン内部のクォークとグルーオンの自由度が顕在化した物質への転移が起こります。温度や化学ポテンシャルを指定したときの物質の状態を調べることで、相図を描くことができます。QCD相図を完成することは、QCDの研究者にとって重要な課題であり、理論・実験の両面から精力的に研究されています。
ハドロンを加熱した先にある高温領域では、クォークとグルーオンからなるプラズマ(クォーク・グルーオン・プラズマ:QGP)が形成されます。その性質は、高エネルギー重イオン衝突実験や第一原理計算である格子QCDによるモンテカルロ計算、そして物理特性を抑えた有効模型でよく調べられています。近年は、重イオン衝突実験の衝突エネルギーを徐々に下げることで、より高密度方向を調べる方向で多くの実験が行われています。
ハドロンを圧縮した先にある低温・高密度領域では、まず核子からなる核物質ができ、核子間でクォーク交換が頻繁に起こる領域を経てクォーク物質へと転移していきます。この転移が、密度などの熱力学量の不連続変化を伴う一次相転移か、あるいは滑らかに変化するクロスオーバー転移かを決めることは重要な研究課題となっています。この高密度領域は、格子QCDによる第一原理計算や地上実験では調べることができませんが、宇宙には中性子星という天然の実験室系が存在し、その性質を調べることでQCD物質の状態に迫ることができます。
中性子星は太陽の1−2倍程度の質量を持つにも関わらず、その半径は10km程度しかない超高密度天体です。小さな領域に大きなエネルギーがあるために、一般相対論的な重力効果が効いています。自己重力と内部の圧力(の勾配)が釣り合うことで中性子星の構造が決まります。質量と半径の関係(M-R関係)は、QCDの状態方程式と1対1の関係があります。M-Rが観測的に決まれば、状態方程式(EOS)が決まり、それを足がかりに高密度QCD物質の微視的ダイナミクスについての知見を得ることができます。
観測的にM-Rを決めることは難しい問題ですが、2010年の2倍太陽質量を持つ中性子星の精密観測を皮切りに、2017年には連星中性子星の合体から生じた重力波の観測、2019年のNICERによるM-R同時測定などがあり、M-R曲線とEOSへの制限が急激に改善されてきています。
第一原理的計算である格子QCD計算のモンテカルロ計算は、有限密度領域では「符号問題」と呼ばれる障害のせいで高密度QCD物質への直接的適用はできません。しかしながらカラーの数を3→2と変更した「2カラーQCD」や、QCDのバリオン数に対する化学ポテンシャルをアイソスピン化学ポテンシャルへと変えた「アイソスピンQCD」などの「擬QCD系」においては、符号問題を避けてモンテカルロ計算を実行することができます。格子QCDシミュレーションを「数値実験室」として捉えることで、状態方程式や輸送係数、媒質中のハドロン構造や励起モードなど、有限密度特有の物理を系統的に調べることができます。
これらの理論では、低密度物質はボソン多体系となっている点が通常のQCDとは異なります。例えば2カラーQCDではバリオンは2つのクォークからなり、ボゾンとなっています。しかしながら、ボゾン内部のクォーク自由度が見える程度まで密度が上がれば、高密度物質は結局クォーク物質的になると期待できます。QCDにおいてクォーク物質を直接調べる方法がない現状を踏まえると、擬QCD系で生じるクォーク物質の性質を調べることには重要な意味があると考えられ、近年盛んに研究されています。
高エネルギー重イオン実験やマグネターと呼ばれる中性子星では、原子、原子核、そしてハドロン構造に影響を与えるほどの強磁場があると考えられています。また、格子QCDでは、さらに強い磁場の下での数値実験を行なうこともでき、そこでは多くの磁束がハドロンの中に入り込むことになり、ハドロン内部のクォークダイナミクスに大きな影響を与えます。
強磁場中のフェルミオンは、磁場の周りに巻き付くことでそのエネルギースペクトルは量子化されます(ランダウ準位)。量子化された運動エネルギーはゼロ点振動のエネルギーを持ち、これは磁場を大きくするほどより大きな運動エネルギーになりますが、一方スピンと磁場の結合によりエネルギーを下げる効果(ゼーマン効果)も同時に存在します。相対論的な場合には、このエネルギー損得がちょうど相殺し、フェルミオンのエネルギー準位は低く留まります。このような状態は磁場を強くするほどより多く作れるので(ランダウ縮退)、「フェルミオン自由度を低エネルギー領域でかさ増ししたQCD系」を仮想的に創り出すことができます。このような系は、理論的に難しい低エネルギーQCDを調べる重要な実験室系と考えられ、多くの研究が行われています。