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重力は最も古くから知られている自然界の相互作用でありながら,今尚,理論物理学の最前線でその研究が続けられています.一般相対論は古典的重力理論として大きな成功をおさめ,未だに観測結果との矛盾は発見されていませんが,宇宙論やブラックホール周辺の強重力領域,1 mm以下の短距離における重力相互作用など,様々な状況での検証が今も続けられています.また,量子論的側面に目を向ければ,一般相対論は他の3つの基本的な力(電磁気力,弱い力,強い力)を表す相互作用とは全く異なり,繰り込みが出来ない等の困難により,対応する場の量子論が分かっておりません.その一方,重力以外のさまざまな量子物理と一般相対論を,次元を超えて結びつけるホログラフィー原理の進展とともに,重力と量子の関係を探る研究は理論物理学の最前線で様々な形で進められています.一般相対論の研究は,理解の深まりとともに,その裾野も広がり続けているのです.当研究室では,一般相対論を中心に,ブラックホールなどの強重力下での現象や,初期宇宙から現在に至るまでの宇宙論における諸問題を理解するための理論的研究を行っています.また,非自明な時空構造上で量子情報理論を応用することで重力と量子論の関係についての理解を目指す基礎的研究も行っています.
以下,最近の研究内容をテーマ別に紹介します.
初期宇宙やブラックホールや特異点など時空の大域構造を鍵として,一般相対論の数理や,重力と量子の関わりを探究する研究を行っています.最近では,重力理論と時空境界上で定義される場の量子論との対応関係(AdS/CFT対応)の理解が進み,重力と量子の研究アプローチも変化しています.この方向の研究の一つとして,ブラックホールの熱力学的性質のホログラフィー原理を用いた理解,一般化されたエントロピーや量子エネルギー条件の理解を深めることにより,時空の幾何学に量子情報を包摂する試みを行っています.また,インフレーション宇宙の量子ゆらぎの持つ量子相関の性質の解明に向けた研究も行っています.
我々の宇宙における高エネルギー現象には,AGN,γ線バーストなどブラックホールからのエネルギー引き抜きが関与していると考えられているものがあります.磁場を媒介としてブラックホールの回転エネルギーを抽出する方法としては,ブランドフォード・ナエック機構(BZ機構)とよばれるものが有力視されていますが,その完全な理解に向けて現在も研究が進んでいる段階です.我々はブラックホール磁気圏における波動現象の極限としてBZ機構を理解する試みを行っています.また,より一般的にブラックホールと波動の相互作用が関与する問題(ブラックホール時空における波動光学の定式化,ブラックホールのアナログモデル)についての研究を行っています.
原始ブラックホールは宇宙初期に形成されるブラックホールの総称で,その総量や分布は原始宇宙の非線形な非一様性の痕跡を我々に与えてくれます.代表的な形成過程は,インフレーション中に生成された密度揺らぎに対して,偶然振幅が大きいところで進む重力崩壊です.通常の星の重力崩壊によって形成されるブラックホールでは限界質量の存在が知られており,太陽質量よりも軽いブラックホールは形成されません.一方で原始ブラックホールは形成過程が異なるため,どのような質量でも原理的に可能です.原始ブラックホールは暗黒物質の候補として,重力波で観測されているブラックホール連星の起源として,或いは初期宇宙を探る手がかりとして盛んに議論されています.しかし,原始ブラックホールの質量,角運動量は形成時の環境によってどう変わるのかなど,不明な点も多く残されています.我々は研究室の特色である,相対論的宇宙論と非線形重力についての知識を生かして,数値シミュレーションなども用いながら,原始ブラックホール研究を精力的に進めています.
ブラックホール近傍の観測からブラックホール周辺の物質分布や重力理論の検証を行うための基礎的研究も行っています.例えば,銀河中心ブラックホール周りの恒星やパルサーの運動を観測することによって,重力場の検証が可能です.一般相対論から修正された重力理論や仮想的な物質分布が,観測量に与える影響を理論的に見積もることで,将来観測から得られる情報を整理し,より効率的な観測的検証方法の提案を目指しています.また同様に修正重力や物質分布の影響は中性子性合体などによって形成される数十から百太陽質量程度のブラックホールについても期待されます.これらの情報は形成時のリングダウン重力波と言われる重力波の減衰振動に影響を与えると考えられ,将来観測を用いた検証に向けた基礎的研究を行っています.