研究紹介 (Research Topics)

1. 脱ユビキチン化と「うつ様行動」

 タンパク質のユビキチン化は主にタンパク質の分解制御やシグナル伝達、転写制御などに関わる翻訳後修飾です。脱ユビキチン化酵素はこの修飾をタンパク質から外す役割を担っています。脱ユビキチン化酵素をコードする Usp46 遺伝子は、マウスの「うつ様行動」を制御する遺伝子として同定されました。不思議なことに、Usp46 遺伝子が機能しなくなるとマウスは「うつ様行動」をほとんど示さなくなります。このことから、Usp46 遺伝子はマウスの「うつ様行動」発現に必須であることが判明しています。我々はこの分子メカニズムを探っています。

WT: 正常マウス、Usp46-KO: Usp46 遺伝子欠損マウス

2. アルギニンメチル化と「拡張型心筋症」

 タンパク質のアルギニンメチル化はヒストンや転写因子、RNA 結合タンパクをはじめとし、多様なタンパク質において認められる翻訳後修飾です。このアルギニンメチル化を担う主要な酵素が PRMT1 です。PRMT1 は胚発生や脳神経系の発達、血管形成、その他様々な組織において必要不可欠であることが、ノックアウトマウスを用いた解析から判明しています。私は心筋細胞特異的に PRMT1 が機能しないマウスの解析を通して、PRMT1 欠損により、マウスが拡張型心筋症を発症することを解明しました(iScience 2018)。さらにはこのマウスの心臓では「mRNA の選択的スプライシング 」に異常があることを見出しており、現在、その異常をもたらす原因を探っています。

緑:PRMT1、赤:心筋細胞、シアン:細胞の核

3. 生体内タンパク質間相互作用の解析

 タンパク質の翻訳後修飾を担う酵素は、数多くのターゲットタンパク質(基質)と相互作用し、翻訳後修飾を調節し、生体機能を制御しています。数万種類もあるタンパク質の中から、翻訳後修飾酵素の基質を探すことは大変チャレンジングです。我々は BioID (近位依存性ビオチンラベリング) と呼ばれる手法を、マウスに適用し、生体組織内で直接、相互作用因子を同定することを目指しています(in vivo BioID)。培養細胞での BioID 報告例に比べて、世界的にまだまだ報告の少ない in vivo BioID ですが、我々は研究室で作製した BioID ノックインマウスモデルを用いて、ビオチンの投与法や様々な組織での有効性について検証しました。これまで in vivo BioID ではビオチン投与法として、反復注射が使われていましたが、我々は BioID マウスに、ビオチンを多く含む餌を与えることでも、様々な組織で近位タンパク質のビオチン化を引き起こせることを見出しました。また、以前にラットにおいて、長期間の高ビオチン食摂取が、精子形成を阻害すると報告されていましたが、我々の用いた容量・期間では精子形成に異常は認められませんでした(右写真)。これらの結果をまとめ、in vivo BioID の手法に関する有益な情報を報告しました(J. Biochem. 2021)。現在、翻訳後修飾酵素に関する新たな BioID  マウスを作製し、生体内での相互作用因子の同定に挑戦しています。

緑:精子マーカー、赤:細胞骨格、青:細胞の核