具体的な研究業績は岡野の Researchmap をご覧ください。ラボメンバーの卒論などは 「卒業生の情報」 をご覧ください。ここでは研究の背景の世界観とか哲学とかモチベーションとか、そのようなことを述べます。
「スポーツ科学」という言葉がいつからか当たり前に使われるようになりました。一方で、アーティストの世界はどうでしょう。「スポーツは速さとか距離とか力とか、数値で測れる要素がある。でもアートは感覚じゃないか。そんなものは科学にならない」という言葉が聞こえてきそうです(実際、何度も言われたことがあります)。
ですが、本当にそうでしょうか。もちろん程度の問題や好みの問題、例外もあるにせよ、多くの人には上手な○○と下手な○○の区別が付きます(○○には好きなアート関連用語を入れてください。演奏、演技、作品、…)。長調の曲はポジティブな音楽、短調の曲はネガティブな音楽とたいてい判断されます。ノリの良い音楽を聴けば踊らないまでも、自然と身体がビートに合わせて動いたりします。ライブはビデオや録音より感動します。このように、アートの世界にも「人それぞれ」では済まない法則性やロジックが少なからず存在しています。そのような物事について研究する分野として、私たちは「パフォーマンス科学」という言葉を用いています。
パフォーマンスは数多くの要素から成り立っていますが、パフォーマーや観客・聴衆を中心に考えると、それらの要素は大きく「心」「身体」「環境」の3つの領域に区分して考えることができます(もっと良い区分があるかもしれませんが、私は暫定的にこういう区分で考えています)。それぞれに属する現象としてはたとえば…
心 … 何をどのように感じる・考えるのか。どこに注意を向けるのか。 例:長調はポジティブ、短調はネガティブ
身体 … 身体のどこを(が)どのように動かす(動く・動かされる・反応する)のか。 例:ノリの良い音楽を聴くと身体が動いてしまう
環境 … どこで・どういう状況で行為を行う・見聞きするのか。 例:ライブはビデオや録音より感動する
上記の3つの例はいずれも、複数の領域にまたがっている例でもあります。長調の曲・短調の曲やノリの良い音楽は、それらを聞いて感じる心にとって一種の「環境」ですし、「身体が動いてしまう」も「そんな気分になる」という意味では心の問題です。感動も心の問題ですが、自律神経系や内分泌系の反応という捉え方をすれば身体の問題とも言えます。「練習ではうまくできるのに、本番では緊張して身体が固くなってうまく出来ない」などは心・身体・環境すべてにまたがる現象の典型例と言えるでしょう。
下の図のように、パフォーマー(ここではピアニスト)は様々な環境のもとでパフォーマンスを実施しています。共演者、オーディエンス、楽譜の内容、ピアノの特性、ホールの特性など、様々な環境がピアニストに情報や制約を与えます。パフォーマーは受動的に環境の情報や制約を受け取って行動を調節するだけでなく、環境が持つ情報や制約を探索するため、積極的に働きかけることもあります。共演者やオーディエンスを煽ってみたり、様々な弾き方を試してみたり、ホールの残響に注意を向けてみたり、などです。中には働きかけないと得られない情報もあります(共演者やオーディエンスの調子、ピアノのタッチ、ホールの響きなど)。このように考えると、環境が情報や制約を与えるのが先なのか、身体が情報や制約を探索するのが先なのか、よくわからなくなります。このような問題を知覚と行為の循環と言います。
上記は身体と環境の間の話でしたが、心と身体の間にも似た関係があります。高校までの理科で、身体活動は中枢神経系(脳や脊髄)がコントロールしていると学んだことがあると思います(この働きは心の少なくとも一部と言えるでしょう)。それはもちろん正しいのですが、中枢神経系が環境に応じた活動調整を適切に行うためには、様々な感覚情報が必要です。つまり、中枢神経系は感覚情報に基づいて身体活動をコントロールしている。一方その感覚情報は環境からもたらされる。環境の情報を探索し、受け取るするのは身体である。したがって、逆に心の方こそ身体や環境にコントロールされていると考えることもできます。とするならば、実は「心」の正体の一部は、感覚情報を受け取るインターフェースである身体、さらにはその外部にある環境にまで広がっていることにならないか?と考えることさえできるかもしれません。
そんなわけで私たちの研究方法は、心・身体・環境の諸条件が(を)変化した(させた)とき、行動や反応がどのように変化するかを調べる、というようなこととして大雑把にまとめることが出来ます。つまり、様々な上達段階の人にご協力いただくとか、同じぐらいの人たちでも異なる環境(条件)に割り当てるとかの設定にして、システマティックな刺激の提示や質問紙、行動課題などを伴う実験・調査に参加してもらい、そのときの反応(質問紙、観察、行動計測、生体信号などで取得)について、条件間や群間で差を比べたり、相関を検討したりします。勿体付けて言ってますが、要するに実験心理学や認知・行動科学の方法です。
基礎・応用の軸で言えばやや基礎、実践・理論の軸で言えばやや理論に寄った立ち位置かなと思います。すぐ役立ちそうな応用的で実践的な研究もやりたくないわけではないのですが、実のところそういう研究は科学的な方法との相性があまりよくない部分が多々あります(詳しくはこの記事に書きました)。研究内容を直接役立てようと言うよりは、「あたりまえ」「そういうもの」と思っていた対象について深く考え直して、実験や調査までしてみると、意外とそうでもないような気がしてくる。そのような体験やプロセスの共有を通して、パフォーマンス人生をより豊かにしてもらうきっかけを、学生や、研究成果を見聞きした人に提供できるような研究(アーティストにも響くととてもうれしい)を目指しています。
私たちの身体は環境からの制約の下で行動している一方、その制約や情報を得る・確定させるため、環境を探索したり、環境に働きかけたりもする。身体の内部でも同様な事柄が生じている:末梢は中枢の制御を受けている一方、中枢も末梢からの情報や制約に依存している。普段我々は「心」を中枢のことだと思っているが、このような事実を踏まえると、心の在処は身体の外側にまで広がっているとも言えるかもしれない。したがって、環境と身体とをできるだけ切り離さず、まとめて1つのシステムとして捉えることが重要だと考えています。
共通する要素を含むと思われる記述を模造紙上でグルーピングしていき、どのような観点から分析すると良いかを考えている(内容分析、主題分析)。
ドラムパッドをスティックで叩く際のスティックの位置や、手首・肘・肩の関節角度などの時系列を計測している。