祖父の日記
はじめに
このページは、マストドンインスタンス、pokemon.mastportal.infoの2019年アドベントカレンダー向けに執筆した小説です。以下のようなネタバレ等の要素が多少なりとも含まれますので、閲覧の際はご注意くださいますようお願いいたします。
・6つ目のジムがある街の景観や気候などの特徴と名前
・メッソンの進化
・カレーレシピ
・オリジナルのキャラクターや施設
以上の事を許容できる方のみ、この先の本文をお読みください。
なお、恋愛要素はありません。最初に出て来る人物の一人称は「私」ですが、性別は好きに解釈して頂いて構いません。
注意事項
無断転載は一切禁止します。
Do not reprint or redistribute without my permission.
執筆者
イヴ(@Eevee@pokemon.mastportal.info)
本文までのスクロールクッションついでの自分語りなので、適宜飛ばしてください。
アドカレは人生初参戦。好きなポケモンはイーブイとブイズ、マホイップ。ポケモン新作の「最初の1匹」にメッソンを選んだ結果、進化三形態全てにベタ惚れ。水ポケモンに活躍の場がない時でさえ常にPTに入れている。厳選も対戦も全くわからないエンジョイ勢。可愛い子を可愛がれればそれでいい派。今年のクリスマスプレゼントに一番欲しいのは本物のイーブイ(声はレッツゴー版で)。サンタさん是非お願いします。
これより下にスクロールすると本文です。
祖父の日記
プロローグ
祖父が死んだ。
私のもとにその連絡が来たのは、クリスマスの直前、冬の寒い日の事だった。祖父はマホイップと一緒にキルクスタウンで喫茶店を営んでいた。私に連絡をくれたのはその街のジムリーダーで、遺品整理のついでに祖父が遺したポケモンたちを引き取りにこないか、という趣旨だった。マホイップが増えたのか、それともペロリームが増えたのか、などと考えながら、私は雪の降る街へ向かった。
キルクスタウンは温泉の熱気と雪国らしい冷気が同時に立ち込める街で、私はここが好きだった。この街に来るのは3年ぶりだろうか。着いた時にはもう日が暮れて、窓からの灯りが積もった雪に反射して幻想的な雰囲気を醸し出していた。
祖父の家は、1階が喫茶店、2階が住居になっていて、シンプルな掛け看板は今は取り外されていた。母から預かってきた鍵で家の中に入ると、ほのかなコーヒーの香りに包まれた。
「ほいちゃん」
数年前に亡くなった祖母にならってマホイップを呼んでみると、2階から物音がした。階段を上がる途中で、上から影が差したので、彼女が出迎えてくれたのだろうと顔を上げた。
「ほいちゃん、久しぶ……り……?」
そこにいたのはマホイップではなかった。細く、長身で青い身体。確か、新しいチャンピオンが使っているポケモン……そう、インテレオンだ。どうしてここに、そんな強そうなポケモンが…?私が戸惑ったような顔をしていると、インテレオンが数冊のノートを差し出してきた。ぱらぱらとめくってみると日記帳のようだ。
「これは、お祖父ちゃんの日記?」
私の問いかけに、インテレオンは頷いて応え、上階にあがることを促すように、その長い指で上を指し示した。
2階にはジムリーダーとマホイップがいた。私の姿を見てマホイップが少しほっとしたような顔をしたので、こんな時に不謹慎かもしれないけれど嬉しかった。ジムリーダーにインテレオンの事を尋ねてみたが、先ほど渡された日記を読むようにとだけ言い残してジムへ戻っていった。
ソファに腰掛けると、インテレオンが私の前にコーヒーを置いてくれた。とても懐かしい香りが鼻孔をくすぐる。私が苦いコーヒーを飲めないと覚えてくれていたのか、マホイップがそのカップにたっぷりのホイップクリームを入れてくれた。先ほど渡されたノートの1冊目には、まるでここから読めとでも言うように栞が挟まっていた。私はコーヒーを一口飲み、祖父の日記を開いた。
11月15日 雪
朝、新聞を取りに出ると、店の前にポケモンの卵が放置されていた。可哀そうに、この街は毎日のように雪が降っているのだ。「預かってください」とのメモが添えられていただけで、持ち主の手がかりもない。卵にうっすらと積もった雪を払って、店の中に入れてやった。わざわざ預かってくれと言うくらいだ、いずれ持ち主が名乗り出てくるかもしれない。卵ならば暖かい所に置いておけば大丈夫だろう。マホイップが卵をしげしげと眺めていた。未知の存在に興味があるようだ。
11月16日 晴れときどき雪
店に来たポケモントレーナーに卵の扱いを聞いてみた。どうやらそばにおいて生活することで孵るようだ。本当は、ポケモンと同じように手持ちに入れて歩いてやるといいらしいが、卵の持ち主が取りに来た時に孵ってしまっていても難だろう。気温などは無関係のようだが、せめて柔らかい布で置き場を作ってやることにした。マホイップが手伝ってくれたので、この作業はすぐに済ませることができた。夜は自室に連れて帰って、冷えない場所に安置している。
11月17日 快晴
新メニューの開発を始めた。ガラル地方全体でカレーが流行しているらしい。煮込み料理であれば注文から提供までの時間もかからないので丁度良いが、スパイスの匂いがコーヒーや紅茶と喧嘩をしないかが心配だ。試しにタンガの実を入れたところ、辛すぎたようでマホイップが顔をしかめていた。明日は別の木の実を試してみよう。
11月18日 曇りのち雪
ジムトレーナーからの助言に従い、卵の持ち主を探すポスターを作成した。といっても、持ち主に名乗り出てほしいとだけ書いた簡素なものだが…これでこの子が、正当な居場所を得ることができるように祈る。
カレーはモモンの実を試した。ケーキのトッピングに使用するだけあって甘みがあり、マホイップも喜んで食べていた。しかし、やはりスパイスの匂いがコーヒーを打ち消してしまうようでどうにも気になる。
11月19日 雪
卵の持ち主は依然現れない。カウンターの隅に置かれた卵が心なしか寂しそうに見える。マホイップも同じように感じたのか、時折寄り添うようにして座っていた。昨日から急に冷え込んだせいか、マホイップが寒そうにしていたので、妻がこの子に編んでやったマフラーを出してきた。マホイップは嬉しそうに首に巻いていたが、小一時間も経った頃、それを広げて卵にかけてやっていた。優しい子だ。
思い切ってカレーから香りのつよいスパイスを抜いてみた。カレーを作るのと同様にバターと小麦粉でルーを作り、具材を炒め、チイラの実とタンガの実を加えると、得も言われぬ柔らかな香りが立った。しかしこれは…カレーではなく、シチューと呼ばれるものではないだろうか……?確かに見た目はよく似ているが…。
11月20日 曇りときどき晴れ
新聞の朝刊にメモが挟まっていた。「育てきれないので、タマゴは差し上げます」と。最初に卵に添えられていたメモと同じ筆跡だった。何の卵かも分からないのに困ったものだと思ったが、よく考えればこの家は一人と一匹には広すぎる。子供たちも出て行って部屋も余っているのだから、多少大きいポケモンが生まれても大丈夫だろう。昼頃ジムリーダーが来店したので念のため相談したが、私が育てても問題ないだろうと言ってくれた。この人を信じる意味でも、卵を孵すことを決意した。
常連客に試しにカレーを出してみた。モモンの実を使った甘めのものにしたが、それでもスパイスでコーヒーの味が分からなくなってしまうという。明日も来ると言うので、次は昨日試作したシチューを出してみようと思う。
11月21日 曇り
昼に常連客が来たので、シチューを出してみた。コーヒーの香りを害さないと概ね好評だった。残りを夕食に食べようとした際、隣にいたマホイップがのぞき込んできて、シチューの上にクリームをこぼしてしまった。勿体ないのでそのまま食べたところ、これが大変に美味い。流行に乗るつもりでカレーを作ろうとしていたが、新メニューはシチューになりそうだ。
店から自室へ卵を移動させる際、卵の中で何かが動くような気配がした。そろそろ生まれるのだろうか。
11月22日 晴れのち雨
最近話題のジムチャレンジャーが来るという噂があるためか、ホテルが大層繁盛しているそうだ。デリバリーの依頼が多かったのもそのためだろう。私ももう良い歳だ、体力が年々落ちている。1日に7件ともなると、随分と苦しい物だ…。
夕刻、マホイップが突然飛びついてきた。営業時間中に甘えてくることは決してないというのに…それどころか、何事かと思いたしなめる私の袖を強く引くではないか。どうしたのかと聞くと、彼女は卵を指さした。よく見れば亀裂が入っている。慌てて駆け寄ると同時に卵が割れ、中から青い影が姿を現した。爬虫類のような小さな身体に、今にも涙が零れそうなほど潤んだ大きな瞳…偶然居合わせたジムトレーナーによると、この子は「メッソン」というらしい。不安そうに私を見上げるその子の頭をそっと撫でてやった。マホイップはその子にそっと寄り添ってにこにこと柔和な笑みを浮かべた。ようこそメッソン、今日から君は私たちの家族だ。
11月23日 雪
今日からメニューにシチューを追加した。外が寒かったからか、暖かいシチューは期待以上に好評で、夕方には売り切れてしまった。明日はもう少し多めに用意しよう。
メッソンは一日中私のそばについて回ってきた。小さいのでうっかり蹴り飛ばしてしまってはいけないとカウンターの上に乗せたところ、私がカウンターを離れた途端泣き出してしまった。夕方にジムリーダーがポケモンを連れて来店した際は、マホイップ以外のポケモンを初めて見たからか、彼女の背中に隠れて怯えていた。まるで姉弟のようだ。
11月30日 雪のち晴れ
シチューが評判になったようで、このところ客足が絶えない。嬉しいことだが、老体にはいささか苦しい物がある。
メッソンは随分とこの街や店に慣れたようで、最近は客のポケモンたちに自ら近づいて行くようになった……小型のポケモンであれば、だが。今日は近所の住人が来店した際にバニプッチと意気投合でもしたのか、帰り際に寂しそうな顔さえしていた。私はポケモンバトルが苦手だが、信頼のおける誰かに預けて身体を動かすようにしてやった方が良いだろうか。近日中にジムリーダーにでも相談してみよう。
12月2日 吹雪
昼前に来店したジムリーダーがシチューを食べながら、荒天のせいかチャレンジャーが全く来ないと零していた。メッソンの事を相談すると、今日のような手の空いている日であれば預かると申し出てくれたので、試しに午後の営業時間の間預けてみることにした。閉店作業を終えてマホイップと共にジムを訪ねると、広々としたスタジアムでメッソンがポケモンたちと楽しそうに駆け回っていた。トレーナーたちによると、遊んでいるだけではなく、バトルの真似事もしていたという。みずでっぽうが使えるようになったそうだ。私が顔を見せたときは喜んだが、連れて帰ろうとすると、駄々をこねる子供のように嫌がった。
12月3日 吹雪
昨日に引き続き荒天で、店にも近隣の住人程度しか訪れない。吹雪の影響か、ホテルへのデリバリーの依頼が多かった。
朝、ジムトレーナーがメッソンを迎えに来た。この天気では今日もジムに人が来ないと踏んだのだろう。閑古鳥の鳴く店内で昼食を取っていると、ジムトレーナーが血相を変えて駆け込んできた。何事かと話を聞くと、メッソンが泣き止まないという。ジムに行くと彼らも昼食の最中で、どうやらメッソンは初めて食べたカレーが辛くて驚いたらしい。私が普段作るシチューと見た目がよく似ているので尚更だろう。マホイップがカレーに甘いホイップクリームを混ぜてくれたので、メッソンを宥めて食べさせた。カレーを作ったというトレーナーが申し訳なさそうに謝罪してきたが、むしろ昼食まで作ってもらって騒ぎを起こしたこちらが申し訳ない。後日、店のシチューとコーヒーをご馳走すると約束した。今後メッソンを預ける際は、食事を持たせるようにしようか。
12月7日 快晴
今日もジムトレーナーがメッソンを迎えに来た。天気が良いのでチャレンジャーが来るのではないかと尋ねると、ジムで鍛えている途中のポケモンたちがメッソンを気に入って、遊びたがっているらしい。邪魔にならないと良いのだが……。昨日の事があるので、昼ごはん用のパンとシチューを持たせてメッソンを送り出した。晴天のおかげか店もにぎわい、私もマホイップもばたついていたので、メッソンを預かって貰えてとても助かった。近いうちに、ジムにはお礼をしなければならないな。今度差し入れにスイーツでも持って行こうか。
店がひと段落してから迎えに行くと、メッソンは遊び疲れたのか他のポケモンたちと一緒に眠ってしまっていた。今日もバトルの真似事をしたようで、新しい技を覚えたと聞いた。子供の成長は早い物だが、ポケモンともなると尚更のようだ。
12月9日 曇り
朝起きるとメッソンが窓に張り付くようにして外を見ていた。何が見えるのだろうと窓の外をのぞき込むと、ちょうどジムトレーナーが道を通りかかり、それを見るやいなや、メッソンが私の方をみて外を示し、ぴょんぴょんと跳ねて何か訴えてきた。外に出たいのかと思い、抱いて玄関を出ると、腕から飛び出してきょろきょろとし始め、前を見ずに走り出して転んでしまった。案の定泣き出したので抱き上げてあやしていると、先ほどのトレーナーが道の向こうからやってきた。どうやら今日も迎えに来てくれたらしい。泣いているメッソンを心配してくれたので事情を話すと、ジムに行きたがっているらしいことが嬉しいと言って、メッソンを撫でてくれた。
夕刻、ジムトレーナーが血相を変えて店に駆け込んできたので今度はどうしたのかと思ったら、なんとメッソンが進化したという。店も常連が一人いるばかりで空いていたのでマホイップに任せてジムを訪ねると、小さかったメッソンの手足が長くなり背も伸びて、目つきが悪くなっていた。心なしか猫背だ。ジムリーダーによると、「ジメレオン」というらしい。進化して名前が変わるのはややこしいので、何か名前をつけることにした。
12月10日 雪
マホイップは自分より小さかったメッソンが大きくなったことに慣れないようで、不思議そうな顔をして彼の後ろをついて回っていた。彼女の足が遅いことに気付いたのか、ジメレオンは彼女を抱え上げようとしていたが、まだそこまでの力はないようだ。
いくつかの名前を呼んでみたが、ピンと来ないようでジメレオンは反応しない。メッソン、と呼んでもジメレオン、と呼んでも反応するので、進化したことへの自覚はあるようだが、愛称には馴染みがないようだ。そういえば妻はマホイップの事を、種族の名称の一部を取って「ほいちゃん」と呼んでいた。それを真似るならば……ジメレオンから「レオン」はどうだろう。今日はもう寝てしまったようだから、明日の朝呼んでみよう。
12月11日 雪のち曇り
普段より早く目が覚めたので、マホイップとジメレオンはまだ眠っていた。進化前はぴったりとくっついて眠っていたが、身体が大きくなってそうしづらかったのだろうか、少し離れて隣で寝ているようだった。レオン、と声をかけてみると、ジメレオンが目を覚まし、首をかしげてこちらを見つめてきた。もう一度呼ぶと、それを自分の名と認識したのか、返事をするように鳴き声を上げて足元に駆け寄ってきた。
昼頃にジムリーダーが来て、レオンに本格的なトレーニングをさせるつもりはないかと尋ねられた。今までは遊びでジムのトレーニングに混じっていただけだが、このところ物騒な事件もあると聞くので、用心棒になってくれるに越したことはないだろうとの申し出だった。そこまでしてもらっては申し訳ないので断ろうとすると、ジムにいるポケモンたちとはタイプが違うので、トレーニングの相手にも丁度良いのだと隣にいたジムトレーナーに力説された。レオン以外にも、希望する住人のポケモンを預かってトレーニングすることがあるというので、お言葉に甘えて明日から預けることにした。
12月16日 雪
レオンがジムに通い始めて5日目になる。メッソンの頃から比べてたくましくなったばかりか、背が伸び、手足も使いやすくなったのだろう、店の閉店作業などを手伝ってくれるようになった。ありがとうといって頭を撫でてやると照れくさそうに眼をそらすのが、まるで思春期の子供のようで可愛らしい。
私がレオンを名前で呼び始めたからか、マホイップを呼ぶ度に何か言いたげにじっと見つめて来るようになったので、妻に倣ってほいちゃん、と呼んでみると、嬉しそうににこにこして飛びついてきた。可愛らしいのは結構なのだが、「ちゃん」をつけるというのはどうにも気恥ずかしいものがある。
12月18日 晴れ
レオンが進化した今なら、甘めのカレーを食べられるのではないかと思い、久しぶりにカレーを作った。モモンのみとマゴのみをたっぷりと使ったカレーを出してやると、レオンもマホイップも美味しそうに食べていた。人間と同じように、ポケモンも大人になることで味覚が変わる物なのだろうか。
レオンが進化する前はマホイップの後ろをよくついて回っていたが、最近はひとりでいることも増え、マホイップの方が少し寂しそうにしている。
12月19日 吹雪
この天気では客足もほとんど見込めないので、たまには休んでも良いだろうと思い、マホイップと一緒にレオンのトレーニングを見学しに行った。ジムのポケモンたち相手に戦うレオンの姿はとても強そうに見えた。あんなに泣いてばかりだったのにと感慨深い気持ちで見ていると、ひと試合終えたところでレオンの動きが突然止まった。何かあったのかと思い立ち上がろうとすると、一瞬視界がまぶしい光に覆われ、視力が戻った時目に映ったのは、すらりとした背の高いシルエットだった。私の隣で試合を見ていたジムリーダーから、おめでとうと言われた。新しい姿は「インテレオン」という名前らしい。レオンは急に視点が高くなったことに戸惑ったように辺りを見回していたが、やがて私の方を見て目を細めて笑った。私はその時、息子が一人立ちした時のことを思い出していた。
12月20日 雪
開店準備をしていると、レオンがマホイップを抱えて階段を降りてきた。マホイップは移動に時間がかかるのでよく私が抱いて移動していたが、歳も歳で腰が痛むので非常に助かる。レオンを褒めてやると、嬉しそうに目を細めた。
珍しくジムリーダーが朝食を採りに来店したので、レオンの今後の事を相談してみた。戦闘の基礎は十分身についており、進化もして強くなったので、毎日ジムに通わなくとも用心棒になるだろうとのことだった。また、手先が器用なようなので、店の手伝いをさせてみてはどうかと提案された。遠いどこかの街では、ルンパッパがウェイターを務める喫茶店もあるのだという。鉱山ではドッコラーが働いているし、各地のポケモンセンターでもイエッサンが働いているので、ポケモンが人間の仕事を手伝うのは珍しいことではないようだ。
閉店後、暖炉の前で座っているレオンの膝にマホイップがよじ登っていた。ジメレオンだった頃はあまりマホイップに近づきたがらなかったが、進化して心持が変わったのだろうか、レオンは嫌がる素振りをまったく見せず、彼女が落ちないように軽く手で支えてやっていた。
12月21日 晴れ時々曇り
開店前に、レオンにギャルソンエプロンをプレゼントした。身体が細いのでうまく身に着けられるかが不安だったが、腰の紐を結んでやるとレオンはとても嬉しそうな顔をした。今更かもしれないが、マホイップにもレースをたっぷりあしらったエプロンを着けてやると、彼女も嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねていた。
配膳と下膳について教え、常連客を相手に試しにシチューやコーヒーを運ばせてみると驚くほど要領よくこなすので、メッソンの頃から彼を見ていた常連たちも目を瞠っていた。みんなして手放しに褒めていると、照れたように頬を掻いてからカウンターの奥に引っ込んでしまった。
閉店後に私が自分用のコーヒーを淹れようと用意しているとレオンがこちらに寄ってきたので、豆の挽き方、湯の温度、フィルターの使い方、豆の蒸らし方、ひとつひとつ丁寧に言葉に出しながらコーヒーを淹れた。サイフォンを使う店も多いが、私はフィルターを使うので、覚えてしまえばそう難しくないはずだ。試しに淹れてみるかと聞くと彼は頷き、ややたどたどしいながらも危なげない手つきで手順通りに私を真似てみせた。この子は随分と賢い子のようだ。レオンの淹れたコーヒーは私のそれよりも少し苦く、どこか懐かしい味と香りがした。傍で見ていたマホイップが、小さな手でぱちぱちと拍手をすると、レオンは小さく首を横に振り、私の方を見て鳴き声を上げた。明日から毎日練習するか尋ねると、彼は力強く頷いた。
12月22日 曇りのち雪
例年通りケーキの注文が増えてきた。私もマホイップも手一杯になってしまうので、レオンがウェイターを引き受けてくれるだけでも大変にありがたい。おかげで、今日のティータイムも乗り切ることができた。お礼に、このシーズンが終わったら何か用意しようと思い、欲しい物を聞いてみたが、慌てたような顔で首を横に振るばかりなので、どうしたものかと悩んでいる。
ジムリーダーからの伝言で、24日にケーキの大量注文があった。これは、明日は徹夜になるかもしれないな。こんな無理が効くのもいまのうちだろう。
12月23日 雪
天気が良くないためか客は多くないが、やはりケーキの注文が多く骨の折れる一日だった。閉店と同時にマホイップが疲れて座り込んでしまったので、レオンに運んでもらった。
明日に向けて閉店後にケーキを焼いていると、レオンが傍でコーヒーを淹れ始めた。スポンジをオーブンに入れたところでレオンに肩を軽くつつかれ、振り返るとカウンターにコーヒーカップが置かれていた。飲んでみると、一昨日よりも香りがよく、苦みと酸味、かすかな甘みのバランスも随分と良くなっていた。素直に褒めて頭を撫でてやると、驚いたような顔をして私をまじまじと見つめたが、私が撫で続けているとしゃがみこんで見上げて来た。メッソンやジメレオンだった頃、まだ私よりも背が低かったころ、よくこうして撫でたものだと妙に感慨深い気持ちになった。
そろそろスポンジが焼ける頃なので作業に戻ろうと思う。
12月24日 晴れ
明け方までになんとかケーキを作り終え、冷蔵ケースに入れて仮眠をとった。数年前まではそれでも開店準備に間に合う時間に起きられたのだが、レオンに起こされたのは随分と遅い時間で、慌てて準備をしようと店に出ると、清掃やテーブルセッティングは既に済んでいた。ティースプーンを磨いていたマホイップが私を見てにこにこと笑い、スプーンを置くと私の後ろを示した。振り返ると、レオンが口元に手を当ててそわそわしているではないか。店内をじっくり見回した後、君がやってくれたのか、と問うとレオンが小さく頷くので、両手で思い切り頭を撫でてやった。何から何まで完璧だ。ひとしきり撫でた後で、レオンと共にジムへケーキを届けに行った。トレーナーやポケモンたちはレオンが顔を出すと嬉しそうに出迎えてくれた。繁忙期とはいえ午前中は普段程度の客足になるはずだと見込み、レオンには昼頃までジムで羽を伸ばしてはどうかと提案したが、首を横に振って自分から先に店に戻ってしまった。それを見たジムリーダーは笑って、私の傍に居たがっているのだと言った。
例年通りの忙しい一日だったが、明日からはまた落ち着いて営業できるだろう。レオンのコーヒーにマホイップのクリームを添えて皆で飲むのが日課になった。しばらく練習を続ければ、私の代わりに店に出すコーヒーを淹れることもできるようになるだろう。この歳で店を続けることには不安も多いが、マホイップとレオンがいてくれれば大丈夫だろう。いつかの妻の言葉が耳の奥で聞こえた気がした。「きっとあなたにもいつか現れるわ、私にとってのほいちゃんのような、相棒と呼べる大切な存在が。」
エピローグ
1冊目のノートはここで終わっていた。そこには、私の目の前にいるインテレオンが、この家に来て、祖父の家族に、相棒になるまでの日々が綴られていた。私は目の前に置かれたコーヒーの香りが、味が、祖父の淹れてくれたそれの記憶と一致することを確認してから、傍に座っている彼に問いかけた。
「きみは、レオン、っていう名前なの?」「このコーヒーは、君が淹れたの?」
二つの問いに、彼は頷いて応えた。いつの間にか彼の膝の上に乗っていたマホイップも一緒になってこくこくと頷いた。祖父の晩年を支えてくれたのは、他の誰でもない、この2匹なのだろう。祖父を喪った彼らに対して私ができることは何なのか、考えなければならないと思った。安易に店を継ぐというのも、ここを出て一緒に暮らそうというのも、彼らに対して失礼だと思った。
「ほいちゃん、レオン」
祖母と、祖父が、それぞれ相棒と呼んだポケモンたちの名を、確かめるように口にした。
「しばらくここに住んでもいいかな。君たちと一緒に、ここをどうするか、これからどうするか、考えたいんだ」
私の言葉を聞いて、2匹は顔を見合わせた。少し驚いているように見えた、気がする。私には、まだまだ彼らの気持ちはちゃんと分からない。だから、一緒に暮らして、私も彼らと家族になりたいと思った。それが伝わったのかどうかはわからないが、彼らは私の方を見て頷いてくれた。
いつの間にか夜も更けていた。朝になったら母に連絡しよう。ジムリーダーにも挨拶に行こう。やることは沢山あるが、時間も沢山ある。まずはこの日記を全て読んで、少しでも彼らの事を知りたいと思った。私はコーヒーを飲んで、2冊目のノートに手を伸ばした。
あとがき
私はキルクスタウンがすごく好きです。雪国が幻想的でいいなあとか、温泉いいなあとか、私が買ったのは剣なので、インテレオン1匹でジム進めて楽勝だなあとか、いろんな理由があるのですが、一番好きな理由はものすごくピンポイントだったりします。ホテルイオニアの柱がイオニア式だった。なんのこっちゃと思うかもしれないのですが、こちらのトゥートにも書いた通りでして、私は感動したんです。古代ギリシャ・ローマっぽい柱を使うとき、なぜかコリントス式にしがちだから、私はイオニア式が好きだから、なんとなく嬉しくて。
そんな細かすぎて伝わらない好きなところ選手権は置いといて、とても久しぶりに小説を書きました。時間かかってびっくりしました。間に合わないかと思った。キルクスタウンは剣と盾でジムリーダーが違うので、そこのところを、どっちをプレイした人にもすんなり読んでもらうにはどうしたらいいかなとか、やたら細かいこと考えてしまってなかなか進まなかったり、ポケモンが人語を話してくれるわけじゃないので、どうやって意思疎通してもらおうかと思ったり、単純に私の語彙力が足りなかったり。
そんな難産を経てなんとかアドカレに間に合いました。お口に合えば幸いです。
では、私はマホイップ5匹とインテレオンを連れてキャンプに籠りますのでこれにて失礼します。