研究活動の理念

Penetration Everywhere

 『衝突のような力学的作用によって物体の不可逆的変形や貫入・混合が起こり,系が新たな安定状態へと遷移する現象』を広義の『Penetration 現象』として定義する.現象における時間・空間スケールの大小は問わず,スケールが階層的に混在する現象も含める.このように定義されるPenetration現象は普遍的に存在しており,その基礎科学的な視点に立った素過程の解明は,様々な自然現象の根幹的理解および応用技術開発に欠かすことができない.


 Penetration現象の具体的典型例としては,「小物体の標的への衝突貫入」のような短時間スケールで起こる現象や「振動による固体粒子状物質の混合・分級」,「プレートテクトニクスによるプレートの沈み込み貫入」などの比較的長い時間スケールで起こる現象などが挙げられる.また,「天体表面で起こる衝突クレータ形成」のような大規模現象から「微小液滴・ジェットの衝突貫入」などのミクロスケール現象まで幅広い空間スケールの現象も含まれる.これらの例のように系を特徴付ける典型的時間スケールや空間スケールを見いだすことができる素過程的Penetration現象をSimple Penetration現象とする.Simple Penetration現象の理解においては,連続体力学などの基本的な物理が重要な役割を果たすこととなるが,不可逆過程や離散性を持つ対象をも扱うことから,非線形科学の視点も重要な役割を果たすと考えられる.


 また,応用技術開発のシーンでは様々なSimple Penetration現象の重畳により発現する現象を理解することも重要となる.例えば,液体ジェットによる無針注射や二酸化炭素地中貯留などの技術開発では,比較的短い時間スケールで起こる初期貫入とその後に漸進する浸透現象が複合的に関連する.このように複数のSimple Penetration現象の階層的統合により支配される現象をComplex Penetration現象とする.


 本研究活動では,コアとなる様々な物体の衝突現象を中心として,Simple Penetration現象とComplex Penetration現象の両者を多角的・総合的に理解することを目指し,既存の専門分野の枠を越えて自由な議論・研究の場を構築する.具体的個別現象の理解を持ち寄ることによりPenetration現象における普遍則に迫ることを目標としており,既存の問題に解決策を与えることより,むしろ新たな研究基軸を打ち立てることに重点を置く.研究者間の闊達な交流により創出される潮流こそが科学・技術を強く推進する原動力になると信じており,ボトム・アップ的にPenetration現象の全体像を捉えたい.


 上述の通り,本研究活動は自由な発想に基づく基礎研究という位置づけであるが,Penetration現象は人類の抱える諸問題とも深い関連を既に持っている.持続可能な開発目標(SDGs)の視点に立つと,例えば,資源(石油・石炭)の採掘や利用といった「エネルギー」技術において,複雑流体の混合・分別・ハンドリングなどのプロセスの中でPenetration現象は重要な役割を果たす.また「気候変動」に対するアクションにあたる二酸化炭素の地中貯留に関してもComplex Penetration現象の理解は欠かすことができない.更に,ジェットによる無針注射技術は「保健」に関する基礎技術であり,Penetration現象の統合的理解が達成されれば様々なシーンにおいて「イノベーション」がもたらされることは間違いない.



背景:

 前世紀の後半より続く科学・技術の目覚ましい発展の恩恵により,現代では非侵襲・非破壊的手法により物質・物体の状態を把握することが可能になっている(放射線散乱,波動伝播検出など).物体の特性を知るため手に触れて叩いてみてその応答を確認するという方法はもはや科学・技術においては蛮行の類とみなされるかもしれない.近年では,人と人との交流においてさえも遠隔での情報のやりとりだけで事足りることが多くなってきた.非接触での情報のやりとりや物質状態モニターなどでもたらされるメリットは確かに大きい.実際の接触を伴わない情報のやりとりで問題解決にのぞむ「情報化」の流れは今やありとあらゆる場面で加速されている.また,接触を伴う計測手法においてさえもその多くは可逆・線形的な物理特性に立脚したものが多い.しかしながら,今も昔も自然界で起こる現象の圧倒的多数は物質・物体の接触による不可逆変化に支配されていることは間違いない.接触よる物質相互作用にも様々な階層・種類があり得るが,本研究活動では特に「力学的作用による不可逆変化」に注目する.注意深く自然現象を観察すると,力学的相互作用による不可逆変化がミクロスケールから宇宙スケールに渡るまで正に普遍的に存在することに気付かされる.至るところにみられるこのような現象を『Penetration現象』として改めて定義し,その統一的理解を目指すことが本研究活動の趣旨である.Penetration現象のような不可逆過程の多くは非線形的挙動を示すため,その学理解明にあたっては,基礎理学研究の深化が必要不可欠となる.基礎的な知見の積み重ねから複雑な階層性を持つ自然現象や産業応用現象におけるPenetration現象の理解・制御に至るまで,本研究活動の目標の範囲は幅広い.


 多様な広がりをみせる現象の統一的理解という目標は「言うは易く行うは難し」な現象の典型例であろう.このような問題の解決に取り組む手法の第一歩として「手法・対象は選ばずPenetrateする系を扱う研究者間の自由な議論の場を作る」ことを目指す.研究者同士がお互いの専門に忌憚なくPenetrateしあうことにより闊達な議論を繰り広げ,結果として不可逆的に問題にのめり込むことにより「Penetration現象の統一的理解を得る」ことが本研究活動の目標となる.

発起人

桂木洋光(大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻)

田川義之(東京農工大学大学院工学府機械システム工学専攻)

山本憲(大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻)

Penetration phenomena