私は、自分が40代の頃から漠然と
若いころからやってみたいけど諦めていたこと
もう一度挑戦してみたいと思うようになっていました
50代になって、いよいよ
自分が健康でいられる時間や
周りの環境(家族の介護など)の変化
が差し迫っていることを感じるようになりました
そう感じるようになってきたと同時に
働き方も考えるようになっていました。
私は長年、福祉の現場で働いてきました。
さまざまな背景のご本人やご家族と
出会い、人生経験を聞くことが楽しく、学びにもなるこの仕事は
大好きです。
また、地域福祉や権利擁護などを学ぶなかで、
もうすこし身近でできることはなんだろうと考えていました。
ご本人やご家族からよくこんなことを言われてました。
「相談する先がわからない」
「自分家のことはそう簡単に話せるものでもない」
「こっちから言わなければなにも教えてくれない」
などなど
これらの言葉の先には
どんな思いをしてきたんだろう
相談した時に、嫌な思いをしてしまったのではないか
諦めてしまったのではないか
意を決して、声を挙げたとしても届かない
周りは、どうだったんだろう
気づいていたのだろうか
気づかないふりをしていたのだろうか
気づいてもどうしようもなかったのだろうか
実際、担当していたご本人・ご家族のなかには
健康や身体面の変化・精神的な負担・金銭的な課題・地域との関係性の変化など
ぎりぎりの限界を超えた生活のなかで
最期を迎えることもありました
これからわたしにできることはなんだろう
また、わたし自身が高校生の頃
今でいう不登校・ひきこもり
(当時はそういう言葉はなかったように思います)
という状況を経験した経緯もあります
もうすこし、身近な場所で何者でもなく
のんびりできる場所や時間があったらなと思い
この活動を始めてみようと思いました
社会の少数派となることでなぜか生きづらくなる社会で
抱え込まなければならない現実があります
特別なひと、と思われて支援されるよりも
あいさつや何気ない関わりがただ嬉しくてほっとする
苦しみやつらさ、さびしさや孤独だけではなく
すこしでも笑顔で幸せを感じて暮らせる社会になってほしい