私は、これまで福祉の現場で長年働いてきて、
8050・9060問題が増えてきたことを実感してきました。
認知症や病気のために判断力が低下した親とこどもには
頼れる身寄りがいないことがあり
他者とのかかわりが希薄になっている社会のなかで
専門職として、その親とこどもの生活が
終わりを迎える時期を見てきました。
親とこどもは
健康や身体面の変化・精神的な負担・金銭的な課題・地域との関係性の変化など
ぎりぎりの限界を超えた生活のなかで
最期を迎える。
さまざまな背景を抱えるご本人・ご家族を担当するなかで
自分の対応はどうだったか、ご本人とご家族はどうしたかったのか
など、考えることが続いていました。
また、自分自身が引きこもりの状態を経験したことがあり、
当時の思い、経験後の思いもあります。
これからわたしにできることはなんだろう。
日本は、福祉のセーフティネットが整ってきているように
思えるのに
なぜもうすこし早い段階で親子の変化に気づけなかったのか
気づかないふりをしていたのか
気づいてもどうしようもなかったのか
声を挙げられなかったのか
声が届かなかったのか
声を挙げても諦めざるをえなかったのか
なぜ、と自問自答を繰り返してきました。
さらに
おとなの不安や孤独は、こどもの生活にも影響することがあり、
こどもの孤独や孤立も深めていくことがあると思います。
こどもはおとなを助けようと大人びて、
こどもが周囲のおとなに頼れず、
孤独・孤立を深めていくことがこれからも増えていくのではないのかと考えるようになりました。
おとなの声を聴くことで
孤独・孤立・ヤングケアラー・生活困窮・自死等
社会課題の解決にもつながる可能性があるかもしれない。
社会の少数派となることでなぜか生きづらくなる社会で
抱え込まなければならない現実があります。
特別なひと、と思われて支援されるよりも
あいさつや何気ない関わりがただ嬉しくてほっとする。
苦しみやつらさ、さびしさや孤独だけではなく
すこしでも笑顔で幸せを感じて暮らせる社会になってほしい。
【誰もがみらいのしあわせを考えられる】
社会の実現を目指してスタートします。