本研究では、病院内等の電磁波通信が制限されているような環境で、複数のIoT機器が利用されているような環境でも、安定した通信を実現するため、複数の発光ダイオード(LED: Light emitting diode)チップから構成される照明からの目に見える可視光域(波長:380nm~ 780 nm)の光を用いた近距離光無線通信に色多重マルチアクセス技術を導入し、通信環境と照明環境の両方のユーザ品質の最適化の確立を目的とする。
波長多重信号の分離に機械学習を用いることで、各波長(色)の強度をより柔軟に設計することが可能になることを明らかにした。
2019年4月 - 2023年3月
スマートフォンやタブレット端末の普及により、移動通信のデータトラフィックは急激に増大している。あらゆるモノがインターネットに接続され、多様かつ大容量の情報をやり取りするモノのインターネット(IoT:Internet of Things)時代になり、オフィスや工場などの狭い空間内でIoT 機器間の無線通信時の電波の干渉や電磁反射、電波環境の変化により、安定した無線通信が困難になることや、周波数の枯渇の問題が深刻になっている。さらに、電波干渉から電磁波通信の利用が制限されている病院内などの環境でも、環境センサなどの多数のIoT 機器の導入が求められている。そこで、医療機器等への電磁波干渉がなく、かつ狭い空間内で多数のセンサやIoT 機器との安定した通信を可能にする可視光通信が注目されている。可視光通信は可視光域のLED 光を用いる通信で、電波環境に影響を及ぼさず、また、そのスペクトル帯域幅が300 THz と広帯域であることから、次世代の無線として注目が高まっている。しかしながら、通信品質確保のための大きな課題として、太陽光や他の光源の光などの外乱光雑音による通信特性(物理品質)劣化の問題がある。さらに、照明機器を用いた可視光通信では、通信機能の付加による建物内の空間の明るさの変化やちらつきが生じないこと、演色性やグレア、フリッカーフリーなどの照明条件を満たすことがユーザの体感品質(QoE:Quality of Experience)を満足させる重要な条件となる。さらに、光がヒトのサーカディアンリズムに影響を及ぼし、睡眠問題を引き起こすことが指摘されていることから、人間によい照明環境での通信品質の最適化が重要となる。
本研究では、病院内等の電磁波通信が制限されているような環境での安定したIoT 通信を実現するために、複数のLED チップから構成される照明からの目に見える可視光域(波長:380 nm~ 780 nm)の光を用いた波長多重近距離MIMO 光無線通信を確立し、また、それと同時に人間によい照明環境での通信品質の最適化を確立することを目的とする。本研究ではメラノピック照度に着目し、一定の照度、色温度の室内照明の下でもメラノピック照度を制御することで、サーカディアンリズムに適した照明の制御方法を提案する。メラノピック照度とはサーカディアンリズムに影響する光を定量的に評価するために採用した単位で、メラトニンの分泌度合いに影響を与える指標である。
本研究では、LED 照明光を光源として雑音耐性が高く、 かつ、IoT 時代に対応できるマルチアクセス通信を実現することを目標とする。それと同時に,照明機器を用いた可視光通信では通信機能を付加したことにより、ユー ザにとって不快となる要因が生じないことが重要な条件として求められる。そこで、ユーザ体感品質QoE を満足させる重要な条件として、メラノピック照度の制御によるサーカディアンLED 照明の研究、および波長多重可視光通信のスペクトル管理・最適化技術の研究を行う。また、波長多重光無線通信におけるMIMO チャネル行列推定にニューラルネットワークを用いた逐次干渉キャンセラによる波長分離方式の研究を行う。
具体的には、以下の二つの研究を実施した。
現代社会では多くの人々が時間毎に出力変化のない室内の照明の下で生活しているため、サーカディアンリズムが乱れ易く、様々な病気を引き起こす原因となると考えられている。本研究ではメラノピック照度に着目し、一定の照度、色温度の室内照明の下でもメラノピック照度を制御することで、サーカディアンリズムに適した照明の制御方法を提案する。メラノピック照度とはサーカディアンリズムに影響する光を定量的に評価するために採用した単位で、メラトニンの分泌度合いに影響を与える指標として提唱された。基準となる太陽光のメラノピック照度と照度の時間変位の測定結果を図1 に示す。どちらもM 字型カーブのように一日の時間の中で変化していることがわかる。
図 1 太陽光のメラノピック照度と照度の時間変位
図 2 各色温度のメラノピック照度の最大値・最小値
まず、LED 照明の照度と色温度を一定の条件で、メラノピック照度が制御可能な範囲をシミュレーションによって明らかにした。ピーク波長の異なる8 種類のLED から構成されるLED 照明において、照明を構成する各LED の光度比を変化させることで、色温度と照度(1000 lx)を一定にしつつ、メラノピック照度を変化させた。図2 に各色温度におけるメラノピック照度の最大値と最小値を示す。色温度6500 K では、メラノピック照度を最小値の395 lx から最大値の4055 lx まで変化させることが可能であることが分かる。また、各色温度においても同様にメラノピック照度の値を幅約3000 lx の範囲で調整することが可能であった。
この結果より、LED 照明の照度と色温度を変化させることなくメラノピック照度が時間変位するLED 照明の設計が可能であることが明らかになった。 シミュレーション解析の結果を用いて、色温度と照度が一定でメラノピック照度が一日の時間によって変化するLED 照明の時間変位を作成する。LED 照明の分光分布を一日の時間によって変化させることでメラノピック照度の値も変化させる。一日の時間によって変化する分光分布の例を図 3、各時間における分光分布のメラノピック照度の時間変位を図4 にそれぞれ示す。図3の凡例部分に分光分布を用いる一日の時間と分光分布から算出したメラノピック照度を示す。
図 3 一日の時間によって変化する分光分布の例
図4 メラノピック照度と照度の時間変位
シミュレーション解析によって得られた色温度と照度が一定でメラノピック照度が制御可能なLED 照明を試作し、メラノピック照度を変えた時に明るさと色が同じに見えるか明らかにするために主観評価実験を行った。その結果、明るさと色に違いがあることが明らかになった。この結果を受けて、作成手順の改善の提案を行った。さらに、色温度と照度が一定でメラノピック照度が異なるLED 照明の照射が生物のサーカディアンリズムに与える影響を観察するために、ショウジョウバエを用いて実験を行った。その結果、人間とは異なり、青色の波長帯域の光がショウジョウバエのサーカディアンリズムを整えるために重要な働きをしている可能性があることを明らかにした。今後の課題としては、まず、ショウジョウバエにとってのメラノピック照度に相当する分光分布を明らかにし、それに基づいた実験を行うことでサーカディアンリズム形成に与える影響を明らかにする必要があることがわかった。
近年、スマートフォンの普及による無線局の急速な増加や無線システムの高速化の影響により、無線周波数帯の枯渇や通信トラフィックの混雑が問題になっている。これらの解決策の1つとして電波とは異なる周波数帯を用いる光無線通信が注目されている。これまでWDM 光無線通信の受信信号分離に、MIMO 信号処理の一つである逐次干渉キャンセラを用いることを提案して照度[lx]メラノピック照度[lx]時刻メラノピック照度照度きた。特定の通信方式や変復調方式に対して専用のハードウェアを用いれば、高い処理性能と処理時間の短縮が可能である。しかし、特定の通信方式や変復調方式に合わせたハードウェアの開発はコストがかかり仕様変更に対する柔軟性がないという問題がある。そこで、WDM 光無線通信の信号の復調処理において逐次干渉キャンセラにニューラルネットワークによる機械学習を導入し、汎用的にデータ処理を行う手法を提案し評価した。
図5 WDM可視光通信モデル
図6 SICの構成図
WDM 可視光通信モデルとSIC の構成を図5、図6に示す。異なる波長のLED を用いたm 波長数の送信機Tx の多重によりm 倍の大容量通信を可能にする。一次変調にQAM を用い、多値化による容量増加を行う。二次変調をOFDM(Orthogonal FrequencyDivision Multiplexing)とすることで多値化を容易にし、線形歪の耐力を向上させる。受信機Rx はn 波長数のPD により受光しOFDM およびQAM 復調を行う。ここで、PD へ入力する光信号を所望の波長を透過させる狭帯域フィルタを用いた場合、m=n となり通信が可能になる。しかしながら、LED のスペクトル特性が広いことからフィルタのみによる波長分離が難しい。この問題を解決するため、我々は適用可能な広帯域フィルタにより透過させ、異なる波長の光による干渉を復調後のキャンセラで改善する手段の検討を行ってきた。この通信モデルはn×mMIMO に相当し、そのチャネル行列を推定することにより干渉除去を可能にした。さらに、干渉除去を繰り返し演算で行うSIC の適用により通信品質を改善し、SIC の効果を高めるフィルタの帯域特性を検討および実験確認することで、 市販フィルタを使用したWDM 可視光通信システムの実現性の見込みを得た。また、広帯域フィルタを用いたSIC では1 つのRx で複数のTx 出力を受信・復調できるため(m>n)、 Rx 数の削減の可能性がある。この構成が可能になれば受信システムの小型化・経済化に寄与できる。ただし、受信部の干渉量が非常に大きくなる課題があり、干渉除去アルゴリズムのさらなる高度化が必要である。
図7 2層FFNNの構成
そこで、WDM 光無線通信システムにおいてチャネル推定に2 層ニューラルネットワークを用いる手法を提案し、パイロットシンボルを用いる従来手法と比較した。提案手法で使用する2 層順伝播型ニューラルネットワーク(FFNN : Feedforward Neural Network)の構成を図5 に示す。従来手法、提案手法両者の干渉除去手段にSIC 処理を用いる。なおシミュレーション環境にMATLAB® R2021a を使用した。その結果、両者で概ね同等の復調精度が得られることを確認した。また、送信機に用いるLED の数に対して受信機に用いるフォトダイオードの数を減らしたモデルでシミュレーションを行い、復調精度おいて従来手法と比べCNR=10 dB のBER 改善が見られた。 さらに、同システムにおいてSIC 方式のMIMO 処理ではなく、LSTM 層を持つsequence to sequence 回帰ネットワークによって信号分離を行う方法を提案し、多重化された受信波を分離し信号同期が可能となること示した。加えて、入力を繰り返しLSTM のタイムステップ数を増やしことで、BER 特性の改善が図れることを明らかにした。
図8 CNR-BER 特性(a) 3×2MIMO(b)6×4MIMO