実際の植樹記念日が12月19日であることは、町の書庫に眠っていた鐙畑小学校のアルバムから判明しました。でも、記念集会は、関係者が集まりやすいよう10日(土)に計画をしました。
集会は3部構成とし、第1部「ナガサキから」では修学旅行で訪れたナガサキについて、事前学習で学んだことや語り部の方の話・現地の資料館や遺構から学んだことを再構成して6年生が発表しました。大きな柱は5つで『「ひろしまのエノキ」・「ぞうれっしゃがやってきた」のこと』「平和公園・資料館のこと」「語り部さんのこと」「山王神社のクスノキのこと」「犀川小学校平和宣言のこと」でした。また、傷つきながらも大きく成長した山王神社のクスノキには、訪れた人は皆、その生命力の強さに感動を覚えるところですが、福山雅治さんがこの木を讃えてつくった曲「クスノキ」が8年前に発表されました。この度の記念集会では、地元で活動されている、みみずく合唱団さんにこの「クスノキ」を合唱していただきました。
第2部「ヒロシマから」では、エノキつながりで情報を共有している広島市立基町小学校さんや「ひろしまのエノキ」の作者・長崎源之助さんと深い交流のあった方、植樹のきっかけをつくった旧鐙畑小学校の中尾先生のご家族にメッセージをいただきました。
基町小学校さんからは、同じくエノキ二世を育てる学校として連帯のメッセージと、基町小と長崎の坂本小が一緒に作った楽曲「レインボー~ピースをつなげて~」を紹介していただきました。
長崎源之助さんゆかりの笹岡さんからは、交流のエピソードや自分自身の生き方と大きく関わったこと、一緒に作った絵本「汽笛」のことを紹介していただきました。その中で長崎源之助さんが遺した言葉としてふれられた「一番こわいのは人間の忘れっぽさ」というフレーズが、子どもたちの心に残ったようでした。
中尾先生のご家族・鈴木さんは、エノキ植樹に至った経緯や広島の福田さんとの家族ぐるみの交流があったこと等、ご家族の30年の歴史がつまったお話を紹介していただきました。子どもたちは、遠方からわざわざ集会のためにきてくださったことに深く感謝していました。
第3部「平和のリレー」では、合唱構成「ぞうれっしゃがやってきた」を集会用にダイジェストにした呼びかけと歌に取り組みました。このお話は、名古屋の東山動物園で戦中実際にあったストーリーを合唱構成にしたものです。ぞうを守りぬいた人々の苦悩や努力、平和を待ち望んだ子どもたちの素直な思い、子どもの願いを実現するために重ねた様々な人々の努力。「いのち」を守りぬいたリレーを全校みんなで再現しました。
平和のかぎわたしでは、この節目の取組を「かぎ」として次の学年に受け継いでいく場作りとしました。かぎを受け継いだ5年生からは、「6年生の発表を聞いて平和の大切さをより感じました。これからも平和の木を大切に守っていきます。」と力強い言葉を聞くことができました。
折り鶴が運んだ「平和の木」プロジェクト主催のコンサートが行われ、記念楽曲のCDリリースがありました。