はじめまして。サーカ・インテグレータと申します。
今回は皆様にお伝えしたいことがあり、不慣れながらこうして個人サイトを開設いたしました。結論から申し上げます。
正しくは「椎名林檎」という虚像になりたい。アンニュイ、個性的、独創的、かっこいい、陰がある、独自の世界観を確立している…思いつくままに彼女のイメージを挙げてみました。これらは椎名林檎がアーティストとして、すなわち仕事をするために作り上げた──あるいは作品を世に出す中で意図せず生み出された──ものであると思います。椎名裕美子(椎名林檎の本名)氏は、もしかしたら「椎名林檎」とは完全に異なる人間かもしれないのです。
だからこそ、虚像でしかない、幻でしかない椎名林檎ってかっけぇ~~~~!!! と思うわけです。存在しないのに存在しないからこそ我々を魅了する、それが幻。私は椎名林檎の大ファンです。アーティストとしての彼女を愛しています。私も早く幻になりたい。
私の目指すところは、「椎名林檎」という概念になること。髪型や容貌など、見た目を似せて解決する問題ではありません。それではどうすればよいのか? 私は考えます。
鍵となるのは「声」なのではないか?
椎名林檎という概念(以下、「概念林檎」とする)の大部分を構成しているのはあの声。そしてあの歌い方。何故なら彼女は歌手だからです。正しくはシンガーソングライターなので、彼女の曲や歌詞も大いに概念林檎ではありますが、私は曲や詞は書けないため無視します。
しかし、この場で私が彼女の楽曲を歌うわけにはいきません。この世に著作権が存在するので。そこでまず、概念林檎をモノにする第一歩として、彼女の声色および喋りを真似てみようと考えました。喋りには概念林檎の飾らない中身が染み出ているはずです。
参考にするのは、NHKの番組「SWITCHインタビュー 達人達」における椎名林檎へのインタビュー。その中で彼女は以下のように語っています。
「人物の…ものすごい、奥深い、その、本人ンンで、すら、こう…自覚しづらいような、部分の、吐露、が…
一回一回その魂のこもったその…まあs、吐露ですよねえ。
ま肉体も精神も頭脳も全部、こう…裸に、した状態のああいうのを、どんな状態でお描きになってるのかってやっぱり、あの、言葉で伺うのは難しいですけど、
なんかお目にかかったら少しピンと来るのかな、なんて、いうふうに思って。」
彼女の喋り方を出来る限り忠実にメモしたものです。誤字は何ひとつございませんし、ましてやバカにしているわけでもございません。ただ、椎名林檎って歌声と話し声全然違うじゃんとビビってしまったことは事実です。
概念林檎が紡いだ上記の言葉を、手始めに私自身で自由に喋ってみます。
こんなもんか。
次に、概念林檎の実際のインタビュー音声をしっかりと聴いて、それを思い出しながら喋ろうとしたのが以下の音源です。
やめだやめだ!
何? ちっせぇ~女子校でイケメンボイスを自負している女子高生?
これでは単純に地声を低めただけで、何度聞き返しても概念林檎とはかけ離れているばかりか、自分の青春時代が思い出されて胸が痛むばかりです。今度はインタビュー音声を聴きながら、追って喋ってみることにしました。
出だしから声がうわずったのと似てなさすぎるのとで、かすかに笑ってしまいました。中断です。
椎名林檎の歌声は芯を持って鋭く刺さるような印象を受けますが、それに比べると話し声は低く穏やかです。似せるには、声をもう少し深めに出したほうがよいでしょう。もう一度、インタビュー林檎を聴きながら挑戦です。
「ソファに腰掛けリラックスした様子で語るJ-POPアーティストもどき」みは出た気がしますが、これは全く概念林檎ではありません。椎名林檎が言っていると聞き入ってしまうセリフを、自分が言っていると何故こんなにも腹が立つのでしょうか。
だんだん嫌気がさしてきたところですが、インタビュー林檎の映像を見ていると口元に特徴があることに気がつきました。口元がほとんど動いていないのです。彼女の形の良い唇はごく薄く平たく開かれ、たまに下の歯がちらりと覗きますが、上の歯はほとんど見えません。
思いつきました。この唇の動きをコピーすればきっと少しはましになる。己の表情を確認するため、私は鏡を用意します(鏡面にマスカラの液が付着しているが拭かない)。
そして練習に練習を重ね…
私は突き上げるトロへの欲求をいらすとやのイラストを見ることによって抑えながら、あきらめの気持ちに苛まれ始めました。というより、あきらめるしかない、声は。だってどうもならんもん。
そのときふと、映画『アナと雪の女王』の劇中歌(日本語吹き替え版)が頭の中で軽快に流れ出しました。なんで?
それはたぶん、神田沙也加氏が声の出演をしているからです。言葉足らずにもほどがある。さらに説明を加えます。
彼女の母親である松田聖子氏の曲を私は多く知っていますが、『アナと雪の女王』で神田沙也加氏の歌声を聴いて、「あっ、お母様の面影がある」と強く感じたのです。そっくりなわけではない。だけれど、確かに松田聖子の血を引いている、そんな歌声でした。
それならば、私は概念林檎にはなれなくとも、概念林檎の娘にはなれるかもしれないということ? Huh?
概念林檎の娘になるにはどうすればよいか。答えは簡単で、彼女の面影を感じさせればよいのです。彼女を完璧に真似る必要などない。すれ違った時に椎名林檎がふわっと香る、そのさじ加減と、「誰が何と言おうと私は概念林檎の娘だ」という絶対的自信があればよい。
娘としての自覚が芽生えた私の喋りがこちらです。
私は概念林檎から産まれた娘という概念。こうなったからにはもう無敵です。親(おや)概念とは別物であるので自由で身軽ではありますが、血縁という揺るぎない強さを持っているのです。
今度は概念林檎娘として歌を歌ってみます。私の予想では、先ほど例に挙げた神田沙也加氏のごとく、「母親にうっっすら似てる」現象が起こるはずです。
この不快な寒けは何…?
歌が下手なせい? いや、それもあろうけれど、娘なのに「寄せすぎた」のです。椎名林檎を意識しすぎて、それにもかかわらず似ないから、こういったおしまいの有様になってしまったのです。似るならちゃんと似てよ、笑わせてくれるな。
そもそも私は既に概念林檎娘であるのだから気ままに歌えばよいのでは? 色々考えた結果、母と同じように歌手活動をする道を選んだけれども、「やっぱりお母さんに似てるね~」とは決して言われたくない。親は親、私は私。芸能人二世ってそういう方が多いのでは? 全然、わからんけど。
それでも、どれだけ反発したって漂う林檎の香。それこそ至高。
いかがでしょうか。これが概念林檎の娘の歌声です。ちなみに彼女は概念林檎が母親であるということを隠して活動しています。
私は大変満足です。憧れの虚像「椎名林檎」の幻の娘になることができて。童謡カバーで歌手デビューすることができて。
自分を幻の存在だと思えば、自然と何もかもどうでもよくなってきますね。他者のことも、社会のことも、記事のことも。幻の前では何ら力を持たないし。
ここまでお読みくださり誠に有難うございました。またどこかで。
ちキも*
*...オリジナル結語。アクセントは「はだか」に同じ。