やっ。
なんか自分の家、別にファッションとか一切興味ないのに服が多いんだよな、なんなのこの状況。
ていうか服っていつ捨てるの?着なかったら永遠に汚れないから捨てる機会なくない?
てか捨てるとしたら燃えるゴミに出していいんですか?
(自治体のルールを調べる)
マジで生きてたらエントロピーが増大してるだけだわ、アニマルって感じ、
(アニマルま~る神)
エントロピー増大を防ぐ不自然さこそが人間らしさの本質なんじゃねえのかよ。
なんか人生振り返ると、こういう「多分当たり前的なやつ」をなんも積んできてなかった。
しかも
なんか絵のうまい人っていうか、モダンなイラストレーターってみんなおしゃれな気がしてリアルで見るの気が引ける。
(自分がみじめに感じるからだ、…って今現実逃避してるのに気づいたwww)
でもやろうとした形跡は押し入れに一応あったりして、
健気でかわいい的な趣で整理されるようなもんじゃないから最悪なんだよな。
(人生そんなんばっかある)
こうなりすぎな理由は最近分かってきた、とりあえず「一人でやる」からいわゆるイメージのアンカーがないんだよな。
そりゃあ行動の前の想像がないんだから経験がフィードバックされて積み上げる場所が常になかったんだ、と思う。
(やらないよりマシだが全然本質じゃない)
なんか「自他の間にある社会接点に該当する人としての能力」を「言語と行動」以外放置してきたような気がするんだよな。
生きる意味的にそれって要るんじゃね?というのは考えるようになってきたからやることいっぱいで不安でいっぱい。
(自分で選択できることって実は一番優先度高く、よく考えていかなきゃいけないことなんだと思う)
とりあえず「服を着るならこんなふうに」を読んだりしてアンカーを作ってみようと思います。
じゃ。