研究

Research

2021.04現在、わたしたちは以下の研究に取り組んでいます。


実験

・神経幹細胞・表皮幹細胞などの集団運動の長期観察

・in vitro系での細胞分化における運命決定機構の解明

・クロマチンポリマーの物理的性質の解明


理論・データ解析

・アクティブマターと相転移・トポロジー

・in vivo / in vitroの 3D / 2D 画像解析と機械学習を用いた細胞運命予測


以下は過去の研究の一部の紹介です。

成体組織恒常性の統計物理

哺乳類の成体では細胞が絶えず失われていますが、それが細胞分裂により補われるしくみはほとんど分かっておらず、特に上皮幹細胞のダイナミクスに関しては歴史的にさまざまな説が唱えられてきました。近年のクローン染色実験によって、上皮幹細胞の運命選択(分化による喪失または分裂による増殖)は細胞自律的な確率過程に従うとされ、この問題には決着がついたかに思われました。

しかし、上皮幹細胞が2次元系をなしていることと関連して(後述)、細胞が本当に自律的に運命を決めているのか、空間的に近い細胞の運命の間に相互作用があるのかは、実のところ未解明でした。わたしたちは、生きたマウスの上皮幹細胞を1週間にわたり観察したデータを画像解析し、細胞の運命決定が自律的でないばかりか、分化によって生じた穴に隣接する細胞が分裂によりその穴を埋めるという、強い相互作用があることを見つけました。

Cell Stem Cell 23, 677 (2018)

この研究では、細胞の運命の間に相互作用があるかどうかを調べる統計的解析がカギになりましたが、その背景には、非平衡統計力学のモデルの興味深い性質がありました。成体組織恒常性の最もシンプルなモデルを書き下したときに、相互作用のあるモデルはVoter model、細胞自律的で相互作用のないモデルはCritical birth death modelとなっており、後者は前者の平均場近似になっているということが、わたしたちの理論研究によりわかっていました。

Phys. Rev. E 96, 012401 (2017).

この理論モデルの立場から見ると、上皮の場合、組織が2次元であり、Voter modelの上部臨界次元に対応していたため、これまでの実験データからは相互作用の有無の判定がむずかしくなっていたのでした。そのことに気づくと、別の統計量を測定すれば良いことがわかり、それが現在の実験技術でギリギリ可能なこともわかったので、上のようなコラボワークが実現しました。

神経幹細胞のつくるトポロジカル欠陥

ヒトを含む多細胞生物では、発生過程だけでなく、成体においても細胞が新生・輸送され続けていることが知られています。多体系の物理の観点からみると、こうした多細胞現象は、要素である細胞が絶えず動き続けていたり、自発的に力を発生したりしていることが特徴的です。そうした現象は、広く「アクティブマター」とくくられ、理論やシミュレーション、実験の研究が盛んに進められている研究対象になっています。

この研究でわたしたちは、マウスの神経幹細胞(未分化型神経前駆細胞 )の集団運動に着目しました。神経幹細胞は、培養皿上においても生体と同様に棒状のかたちをしており、高密度になるととなりどうしの細胞が向きをそろえあいます。わたしたちは、その結果生じるパターンがネマチック液晶などにみられるパターンと似ていることに着眼し、数万のスケールの神経幹細胞を長時間にわたり観察しました。

すると、神経幹細胞はパターンのなかで激しく自発運動していることがわかりました。また、局所的に細胞の集団の流れが生じるばかりでなく、細胞が集積しやすい場所や離散しやすい場所が現われることも発見できました。これらの現象は、液晶系のアクティブマター理論の枠組みにより自然に説明することができ、さらにトポロジカル欠陥とよばれる細胞の配列の特異点の位置に注目することにより、細胞集積の位置を事前に予測できることもわかりました。

このように細胞の集団が自分自身でつくる配列のパターンに誘起されて流れが生じる現象ははじめてみつかったもので、成体の脳における新生ニューロンの移動をはじめとして、生体における細胞の移動の機構にかかわる可能性があると考えられます。

Nature 545, 327 (2017)

生体分子モーター・確率的な世界での熱力学の問題