1月 湯気立つ珈琲
1月 湯気立つ珈琲
誰かが皆で日の出を見に行こうと言い出して、団長が乗り気な返事をした。瞬く間に大型騎空艇の端から端まで情報が広まり、その時点でグランサイファーに乗っていた団員の半数以上が近くの島の山頂を目指すことになった。
お祭り男としても団内のイベントごとには全力で参加したい。すぐに手元にある十天衆の仕事を終わらせて防寒具を着込んだ。
積雪に覆われた深夜の登山道を、夜明けを目指して歩く。仲間と一緒だと山の厳しさよりも楽しさが勝る。何人かが灯りを持って道を照らせば暗闇の深さを感じることもなく、時に助け合いながら順調に進んでいく。空気が冷たい中で口を開くのも大変なのに若い団員たちは元気が有り余っていて賑やかで、見ているこちらも温かな気持ちになってくる。負けてられないと十天衆の皆に話しかけるも、煩いから黙ってと返されてしまった。空気の冷たさがほんの少しだけ増した気がしてならない。
山頂では各々仲の良い団員同士でまとまっている。誰もが皆、団長の近くに行きたいようで順番待ちになっているくらいだ。帰り際に声をかけに行くとして、日の出の時間まではまだ時間がある。良い機会だから以前から気になっている団員に声を掛けてみることにした。
団長から近い場所に目立たないよう気配を消して立つ男に近寄ると、こちらを警戒するような視線を向けられてしまった。揉め事を起こしたいわけではない。暗くて視界が悪い中でもいつもより笑顔になるように表情と声を作って話しかける。
「やぁやぁ、よかったら向こうで一緒にお喋りしない?」
「……ウィ、ムッシュ」
作ったような笑顔はお互い様のようだ。渋々といった様子を隠そうともしないが、きちんと後を付いてきてくれている。
防寒装備をしていても山頂は冷える。サンダルフォンが熱い珈琲を配ってくれていてそれを貰ってから少しだけ歩く。甘酒を入れた鍋を火にかけている団員もいて、本当にお祭りのようでなんだかそわそわと落ち着かない。見知った顔が集まっているだけで幸せな気持ちになってくる。
「それにしても寒いねぇ〜」
「あぁ」
ロベリアを誘ってみたものの全く話が弾まない。二人とも灯りを持ってきておらず、星の光だけが頼りだ。暗がりの中でお互いに視線を交えても積極的に口を開く気がしない。寒さで口を開くと熱が逃げてしまう影響もあるのだろうか。それにしても喋り難い空気だ。晴れていてよかっただの、足は痛くないかだの、他愛もない世間話を重ねるしかない。
このタイミングで誘ったのは失敗だったかもしれない。手元に半分残る珈琲もすっかり冷めてしまった。
冷えきった液体を飲み干すのを躊躇っていると、ロベリアが近寄ってきてカップを取り上げられた。空いている方の手でパチンッと指を弾く音がして、すぐにカップから湯気が立ち始めた。
「上の方を持ってくれ」
言われたとおりにカップの上部を持つように受け取る。湯気とともに珈琲の香りが上ってきた。何か魔術を使ったのだろう。
「どうやったの?」
「こう、パッ、ポンッと」
手振りをしながら言われるが意味がわからない。
「俺には詳しく教えられないってこと?」
「ノン、そうじゃない……あー、だから……こう、ポンッ」
何かを一生懸命伝えようとしているのは分かる。近寄ったおかげで多少は顔や動きが見やすくなった。
常に余裕のある顔をして堂々としているからなんでも出来そうなのに、意外と不器用なタイプらしい。
「ははは、感覚で使ってるから言語化が出来ないってこと?」
「オレにとっては出来るのが当たり前のことなんだ」
出来て当たり前のことを説明するのが難しいことはよく知っている。説明せずに経験させるせいで後から怒られることはよくある。剣拓や剣神についても未だに誰にも説明出来ない。ある日突然出来ることに気がついた。
「魔術の天才なんだね」
「くはっ! そうさ、オレは全空一の魔術師だからな」
噂に聞いている情報からも、全空一というのもあながち間違いではなさそうだ。俺が全空一の剣士と名乗るように相当自分に自信があるのだろう。
「……当たり前のことでも、わざわざ温めてくれてありがとう」
体が温まると、自然と人に優しく接する余裕が出来る。
感謝の言葉を伝えると、明らかに表情が困惑し始めた。お礼を言われ慣れていないようだ。俺も、ウーノと出会う前まではそうだった。他人からの突然の謝意に慣れていなくて、何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。
「ノン、オレだけ湯気の出る温かい飲み物を飲んでいたら……」
そう言ってロベリアは口を噤み、親指で喉を掻っ切る動きをした。
「いやいや、そんなことで人を斬ったりしないって。俺のことなんだと思ってるの」
そんな些細なことで人を斬る物騒な人間だと思われていたのか。この団で過ごす時は特に笑みを絶やさず力も抜いて生活しているのに。
「オレのことを警戒していただろう。殺気が隠しきれていなかったぜ」
そう指摘されると否定はしきれない。警戒したくもなる過去を持っているくせに、今だって被害者面してこちらを見てくるような男だ。
団長からこの男のことは頻繁に聞いている。ロベリアについて他の団員には濁して伝えているようだが、たまたま愚痴を溢したのを聞いてからは俺には詳しく話してくれているようになった。破壊の音を聞かせてこようとしたり、サンタクロースを捕まえようとしたり、連続殺人鬼を追い詰めたり、心臓を薔薇と一緒に捧げられたり──正直、穿って見ていた。
「まぁ、そうかも。ごめんねぇ」
団長は、あまり近づかない方がいいとも言っていた。話に聞いていたよりもそう悪い奴ではないと分かっただけでも充分な収穫といえる。
「そんなに心配しなくても、団長には手を出さないさ。もっと成長した姿が見たいんだ」
力の入った真っ直ぐな声だ。きっと、俺と同じように団長の未来に期待している。
ポケットからチョコレートを取り出して放り投げると、ロベリアは上手い具合に受け取った。同じチョコレートを口に運んで、まだ温かい珈琲を飲み干す。寒い中で甘い物を食べるとより美味しく感じる。
「お互いのためにも、これからは仲良くしない?」
すぐに返事が返ってこない。探るような視線が全身に向けられる。表情を消されてしまって、こちらからは何も読み取れずにいる。
無表情だと一層顔が整って見える。研ぎ澄まされた刃のような冷たさと鋭さを肌に感じて主導権を握られそうになるが、名剣と対峙しているようなものだと思えば負ける気はしない。
影が緩やかに滲んでいく。待ち望んでいた朝日が昇ってきて、自然と日が昇る方角へと視線が動いた。白い光が、徐々に金色に変わっていくのを眺めていると強い視線を感じて再びロベリアの方を向く。
輪郭が光に包まれてキラキラと光り、眩しくて目を開けていられなくなる。
「くはっ」
笑うような声が聞こえて、手を取られた。互いに分厚い手袋をしているのに仄かに温かく感じる。
「どうかした?」
手を繋ぐ間柄でもない。具合でも悪くなったのだろうか。尋ねても眩しい笑みを浮かべるだけで言葉は返ってこない。
目が光に慣れてきて、はっきりと目線が合う。先ほどまでとは違い、瞳の色までよく見える。そのまま暫く手を握ったまま見つめ合った。金色の光に照らされた鮮やかな緑色に吸い込まれるような感覚がする。
どれくらいの時間が経っただろうか。日は昇りきっていたが位置は低いままだから長い時間は経っていないはずだ。遠くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえて手を離す。
互いに無言のまま団員たちの輪の中に戻っていった。
日の出を見る機会はそこそこある。徹夜で監視対象を張って朝を迎えることも多い。早朝の空は始まりを感じさせてくれる。この山での光景は特に美しくて感動した。また皆で見に来ることが出来たらという願いは口にせず、胸の奥に秘める。
団長にまた来ようねと言われて、笑顔で頷いた。
結局、提案に対する返事は貰えなかったと後になって気がついた。どうやら嫌われてしまったらしい。
ロベリアと見つめ合ってから、帰り道ずっと心臓が煩い。何か変な魔術をかけられたんじゃないかと心配になって首を傾げる。迂闊な行動をしたことを誰にも知られたくなくて相談は出来ない。どういうことなのか直接問い詰めたいのにロベリアの姿が見当たらない。
よそ見をするなと注意されながら、光を背に日常に戻った。