俺の恋人は可愛い
俺の恋人は可愛い
朝早い時間に艇着き場を訪れると人だかりが出来ていた。騎空士や商人たちでごった返している。気の短い騎空士は声を荒らげていて辺り一体が騒がしい。困った顔をしている商人に何があったのか尋ねると、どうやら滞在している島から続く先の空路で天候が大荒れしているらしい。この時期にはよくあることらしく、二日程度で収まるだろうから現在いる島に滞在したままがいいと薦められた。確かに、この島は観光地としても栄えていて見どころが多い。観光ガイドブックを買ってから宿に戻り、再度連泊の手続きをした。
ベッドに横たわり、頁を捲ってみるが気分がのらない。いつもなら読み込んで付箋を貼って何処に行くか吟味するのに、一人だけで見て回るとなると何処に行っても大して面白くなさそうに思えてくる。
団長たちと十天衆の面々がいれば皆で楽しめたのに、あいにくこの場には自分一人しかいない。恋人のロベリアがいてくれても楽しかっただろう。噴水のある広場から見える真っ白い塔は細かい模様のタイルで覆われており見応えがある。夕方になると澄んだ音色をした鐘が鳴り響く。帰ったら真っ先に、ロベリアの好きそうなすごく良い物を見てきたと自慢してやろう。そう思うとより一層グランサイファーに帰りたくなってきた。
薄い冊子を閉じて横向きに体を動かすと、顔の横に見慣れた白い巻き貝が現れた。遠い場所へ音を飛ばすメサージュの魔術だ。すぐに手に取って耳に当てる。
『サリュ、シエテ。元気にしていたかい? そろそろ仕事も終えた頃だろう。いつ頃戻ってくるんだ』
何の問題も起こっていない時ならいちいち確認してくるなと小言をいうところだが、今回ばかりは愚痴を聞いてほしい絶好のタイミングだった。
「ロベリア~、聞いてよぉ~」
別の空域の島にいて、足止めを食らってしまった状況を伝える。ついでに予定よりも帰るのが遅れてしまうことを皆に伝えて欲しいと頼むと軽い返事が返ってきた。
『ウィ、それよりも、その島にはオレも行ったことがある。今からデートをしよう』
「えぇっ、急にデートって言われても……」
『一晩泊まってからオレの魔術でこっそり艇の近くに帰ればいいさ。確かその島には目立つ噴水があったはずだ。そこに一時間後に待ち合わせよう。遅れるなよ』
一方的に約束を取り付けられるとクラポティは消えてしまった。何も一時間後にしなくても今すぐここに来てくれて構わないのに。しかもデートだなんて大袈裟な男だ。わざわざそんなこと、なんてぼやきつつも時計を見ると胸の辺りがそわそわと騒ぎ始めた。なんだか落ち着かず、起き上がって髪の毛が変な方向を向いていないか確かめる。
知り合いのいない場所で、待ち合わせてデートをする。些細なことだというのに時間が経つにつれてどんどん楽しみになってきている。座っていられなくなって服を着替え終えると、ガイドブックにもう一度ざっと目を通してから折り曲げて小さな鞄に突っ込んだ。
約束の時間には少し早いが、待つ醍醐味を味わう為に早々に部屋を後にした。
目的地に向かう道すがら、露店で帽子を買って被る。知り合いのいない場所だが用心するに越したことはない。選んだ茶色いキャスケット帽は今着ている服にも合っているし、特徴的な髪型も隠すことが出来る。
「そこのお兄さん、今からデートかい? 可愛い恋人に花束はどうだい!」
浮かれているのが出ていたのか、花屋の店主に声をかけられて足を止めた。可愛い恋人と言われて複雑な気持ちになりながらも、店先に並んだ色とりどりの花束に目が引かれる。
俺の恋人には可愛くない面が多い。顔は可愛いというよりも綺麗で男らしい顔立ちをしていて、骨格から恵まれた頑丈な体つきをしている。魔術が得意で武術にはあまり興味がないらしいが、連続殺人鬼の耳を素手で引き千切ったとも聞いた。体力も人間離れしている。なによりも、あいつの言う幸せは本人以外から見たら最低最悪なものだ。
それでも可愛いか可愛くないかどちらか選べと言われれば、間違いなく可愛い。年下のやんちゃな恋人は、俺の前では良い子でいようとして最低限の約束は必ず守ってくれる。好かれようと熱烈にアプローチされ続ければ俺だって絆される。
その可愛い恋人が花束を受け取る姿を想像すると悪い気はしない。ロベリアは魔術で荷物を収納出来るのでデートで歩く時に邪魔にならないし、ちょっとしたサプライズに花束はいい。恋人に花を送るというのは街中でよく見かける光景だ。
「それじゃ、このピンクのやつを貰おうかな」
ロベリアの整った顔立ちなら派手な花も合うだろうが、淡い色をした小さく丸い可愛らしい花の方がよく似合うだろう。
待ち合わせの場所に着くと、ロベリアはすでにその近くにいた。待ってようとしたのに先を越されてしまった。
目立つ噴水に一番近い建物の陰に立ち、人通りの多い道に背を向けて気配を消している。人目に晒されたくない後ろ暗い人間のようで、そういう人間を常に警戒している側からすると逆に目立って見える。
デートの待ち合わせに後から来た者として「待った?」と定番の言葉をかけるべきか悩みながら背後から近寄ると、すぐにこちらに気がついたようだ。わかっていると伝えるように手だけはちらりと振られたが振り向かない。その様子がどうしても不審者にしか見えず、気になったことを聞いてしまう。
「何してるの?」
「あぁ、見たことのない立派な塔が出来ていたからね。タワーとどう壊そうか相談していたんだ」
ようやく振り向いたロベリアも花束を抱えていた。真っ赤な薔薇の花束は白い包み紙が巻かれ、どうやって結んでいるのか検討もつかないような凝った形をした金色のリボンが付けられている。
こちらの持つ花束に気がつくと胡乱な眼差しを向けてきた。
「その花束は、団長にかい?」
「いや、ロベリアに買ってきたんだよ。お前こそ、その花束は団長ちゃんに?」
「ノン! シエテ、キミの為に買ってきたんだ。今からデートだろう」
まさか、俺と同じように可愛い恋人とのデートにと言われて買ってきたのだろうか。そんなプロポーズの定番のような豪華な薔薇の花を、思いつきで急に決まったデートに買ってきたのか。こんなに大袈裟な花束はプレゼントする側ならまだしも受け取るのは気恥ずかしい。
「ま、まぁ、いいや。これも一緒に預かって貰える?」
持っていたものを手渡すと、ロベリアは花束を二つ抱えた状態になった。こんな状況でも絵になるのは同じ男として少しだけ腹立たしく思う。
「もしかして、この近くの花屋で可愛い恋人にと言われて買ってきたのか、これを?」
ピンク色の花束をこちらに向け、信じられないものを見たかのように言ってくる。
「そうだよ、悪い? やっぱり可愛いロベリアくんにはこっちの方が良いね~」
赤い薔薇の花よりもずっと似合っている。うんうんと頷いていると嫌そうな顔をされてしまった。
「どうせ花屋に言われた『可愛い恋人』に合う花を選んだんだろう」
不機嫌さを隠そうともしない棘を含んだ声をしている。よほど俺の選んだ花が不満なようだ。
「お前が選んだ花束だってド定番じゃない。せめて一本だけならいいけどさぁ」
「でも、キミは好きだろう。赤や金が」
そう言って薔薇の花束を差し出してくる。そうか受け取って欲しかったのか。デートに買ってきた花束を受け取ってもらえなかったら、そりゃあ不貞腐れもするだろう。良くない対応だったと反省する。プレゼントする側だと思っていたから貰うことは想定していなかった。
それに確かに十天衆の白いマントにも赤や金を使っているくらいには好きな色合いだ。顔の周りに鮮やかな赤が目立って見えるのが格好良いし、装飾品に金を使うのも金銭的に余裕がある証明になって良い。間違いない組み合わせだ。
「あー、うん、まぁ、好きだよ」
改めてこの花束は俺が好きな色で選んだのかと思うと、照れくさくて顔全体が熱くなっていく。帽子を深く被り直して、花束を受け取って薔薇の香りを嗅ぐふりをして顔の前に持って隠す。
「それにシエテの方が可愛いだろう? 出発前の夜だって可愛い声を……」
「ストーップ、そういうのは日中に言わないでって言ってるでしょ」
「くはっ! 言うなら日中じゃなくて……、二人きりの夜に、だろう? わかっているさ」
ロベリアは笑い声を上げた後に、声を潜めて耳元で囁いてきた。余裕のある大人の男の顔をしている。
夜、何をされるのだろう。艇を離れてから日数が経っている。その間ロベリアはずっと待たされているせいか、久しぶりに会うと愛情表現が激しくなる。さらりと流されてしまったが、今晩泊まって明日帰るようなことを言っていた。腹の下の辺りがそわそわと疼き出しそうになってくる。
「わかってるならちゃんとしてよー」
ロベリアが指を鳴らすと、二つの花束が消えてしまった。顔を遮っていたものが消えてロベリアの顔が近づいてくる。唇が触れる前に片手で押し退けて歩き出す。大きく長く息を吐いて、全身の熱が冷めるようにいつもよりも素早く足を運ぶ。
「くはっ、待ってくれ。何処に行こうか」
並んで歩くロベリアも気持ちを切り替えたのか昼間のあどけない表情に戻っている。
「塔に登れるみたいだよ。そこから地上を見て、気になる場所に行くのはどう?」
「トレビアン、名案だ! 実際に登った場所の方が壊し甲斐がある」
不穏な言葉はスルーしてガイドブックで気になった店を挙げていく。
「カフェなんだけどね、分厚いパンケーキの店か、フルーツいっぱいのパフェの店か、景色のいいテラス席のある店か、色んな種類のお茶が飲める店の中ならどこに行きたい?」
おそらく、予想通りの選択肢を選ぶだろう。ロベリアはほんの少しだけ悩むような顔をしてから口を開いた。
「どれも魅力的だが、そうだな……パフェにしよう」
俺が行きつけの店でいつも苺のパフェを食べるということをわかっているのだろう。反応を探るような目でこちらを見てくるものだから、思わず笑ってしまった。
「シエテ、キミが望むならこの島の全てのカフェに行ってもいいぜ」
付け足すように言われた言葉に俺が笑ったのを見て、ロベリアも安心したように笑った。考えていることを隠すのが上手い得体のしれない男だが、気を許した相手には表情豊かな子供のような顔をする。俺にとってはピンク色の小さな花のように可愛らしい存在だ。
「もう、ロベリアくんって本当に可愛いよねぇ~」
そう言いながらロベリアの手を取り、塔に向かって歩き始める。俺達のことを知っている人のいない場所でのデートなのだから、手を繋ぐくらいはしても構わないだろう。デートと言ったら待ち合わせて、手を繋ぐのは基本だ。
「ノンノン、シエテ、恋人を褒めるなら格好良いと言うんだ。それか頼れるでもいいぜ」
拗ねたようにムッとした顔は照れているのを隠しているのか赤みを帯びていて本当に可愛いし、耳打ちする振りをして耳にキスしたら目を見開いて驚いた顔をして、本当に、最高に、可愛い。