旅立ちの朝 A few years later...
旅立ちの朝 A few years later...
瓦礫の山の真ん中で大きな笑い声を上げている男と、その背後で満足気に頷いている巨大な星晶獣の姿を、今までに何度見たことだろうか。星晶獣はこちらに気がつくとほんの少し気まずそうな顔をするだけまだマシだ。この状況がよくないことだと理解している。原因はこっちだと訴えるように男を指差してから姿を消した。
頻繁に見る光景から目を反らし、遠くに浮かぶ雲を見上げて大きく息を吐く。
ロベリアが独りで勝手に行動して住人たちに疑われるのも、ロベリアがならず者に絡まれて一方的に殴られるのも、ロベリアが気まぐれに悪事を働く人間の心を再起不能なまでに叩き壊すのも、タワーがうっかり建物を破壊してしまうのも、全部全部慣れた。慣れてしまった。それでも平和な世界が続くならそれでいいかと目を瞑る。慣れきってしまうほど、ロベリアとタワーという非常に厄介な二人組と旅する年月が経った。
「また派手に暴れたようだねぇ」
「あぁ! キミにも後で聞かせるよ。オレとタワーの奏でた破壊の音のアルモニーを。ウヴェルテュールから、フィナールまで、全てを!」
興奮気味に喚くロベリアのことは無視して、各方面に頭を下げて修理代を多めに支払う。これでまた路銀がかなり減ってしまった。ロベリアとタワーが破壊し尽くした建物は盗賊が根城にしていた教会跡で、廃墟で誰もいなかったとしても一応は所有者がいる。建物の被害だけでは済まず、周囲の木々は吹き飛び、道は抉れてガタガタになった。盗賊が盗んだ食料や調度品がそのままの形で残っていれば修理代を出す必要もなかったというのに、全て瓦礫の下敷きになってしまった。盗賊退治にしてはやり過ぎだ。
苛立ちを紛らわせる為に足元の小石を蹴り飛ばす。本当なら剣を振り回したいが、振り回しがてら隣にいるロベリアのことを斬りつけてしまいそうでやめた。そのくらいでロベリアが死ぬことはないが服が汚れてしまう。殴ったとしても痛がりながらも良い音だと喜ばれると余計に腹が立つからやめた。説教も文句も話を終えた後にいい声だと言われるだけだからやめた。怒りを鎮めるために大きく息を吸って、吐く。ロベリアの存在を目に入れずに、ただただ息を吸って吐き出すのが一番いい方法だと学んだ。
どうして未だに一緒に旅をしているのだろう。疑問を口にすると毎回はぐらかされる。こうして後始末をしてやっているからかもしれない。
日が沈みはじめている。考えるのは後回しにして、早く今日泊まる宿を決めないといけない。何も言わずに歩き始めるとすぐに足音が追ってくる。
「なぁ、シエテ。タワーも反省しているし、許してやってくれないか」
隣に並んで歩くロベリアの顔をちらりと見ると、やれやれという他人事のような表情していてまた苛立つ。数秒目を瞑って、再び息を大きく吐くと口を開く。
「別に、タワーのことはそこまで怒っていないよ」
「それはよかった。タワーのやつ、シエテに叱られるとオレが悪いように言うから」
「そうだよっ、狭い場所でタワーを呼んだお前が全部悪いんだからねっ!?」
結局、我慢しきれずに大きな声を出してしまった。苛立ちが収まりきらない。なによりも全部受け入れて、この状況を楽しんでしまっている自分自身に怒りを覚える。善良な人々を苦しめる盗賊たちが完膚なきまでに叩きのめされる姿を見て、気分が良いと思う人間は多いだろう。やり過ぎなければ英雄にだってなれるのに、ロベリアは壊さなくてもいいものまで壊してしまう。一線を越えてしまえば悪人たちと変わらない。なのにどれだけやり過ぎたとしても、ロベリアとタワーの破茶滅茶な行動を全て許してしまう。自分一人だったらこんなにも毎日毎日感情が大きく揺れることはなかっただろう。二人とも図体はでかいが中身は子供のようで放っておくことが出来ない。
「オーララ、近頃キミたちは妙に意見が合うな。オレだけ仲間外れにしないでくれよ」
大声を出してしまったことに対して、わざとらしく弱々しい声を出して手を握ってくる。誰もいないからそのままにさせておく。手のひらの温かさに、ささくれだった気持ちが溶けていく。
十天衆だった頃のような完璧な装備を身に着ける必要もなく、段々と軽装になっていった。鎧もガントレットもせずに、防具といえるものは以前よりも地味なマントと薄手の手袋だけだ。騎空士というよりも旅人といった格好をしている。
旅立ったあの日から随分と時間が経っていることを改めて実感する。
「あまり目立ちたくないんだよ。ロベリアも同じだろう?」
「そうだな。楽しい旅の邪魔はされたくない」
目立ち過ぎると知り合いに見つかってしまう。街の一部を破壊したなんて不名誉な噂で見つかるのは避けたい。それに、たまたま顔を合わせたシェロカルテから聞いた話だが、何も言わずに旅立ったことを何人かは怒っているらしい。特にエッセルとカトル、団長あたりとは顔を合わせたら相当詰められるだろうと言っていた。上手いこと怒りが風化した頃に再会したい。ふらりと旅立ったとしても、誰もそこまで気にしないと思っていたのに予想外のことだ。
それに、何よりも後ろめたいことがある。原因となっている人物を見る。夕日に照らされて、伏した目の周りを縁取る長い睫毛が陰を作っている。笑みを浮かべる横顔が絵画のようだ。
「シエテ?」
「なんでもないよー」
見つめすぎたせいで何か用事があるのかと思われてしまった。握った指先に力が入ってしまってロベリアが笑う。別に構って欲しくて握ったわけではないのに、都合のいい方向に勘違いしているのだろう。いつだってそうだ。
きっと、今日はこのまま同じ部屋に泊まる。同じ部屋に泊まれば自然と決まった流れになる。ベッドが二つあっても同じベッドを使うことになる。安宿の隙間風が寒かっただとかそんな些細な理由でくっついて寝ていたら自然とそんな流れになった。普段は饒舌なくせに夜になると寡黙になって、まるで肉食獣のような視線で追い詰めてくる。添い寝をするのが好きなんだと子供のような表情で言っていたのに、添い寝なんて可愛いものではすまない。数えきれないくらい獣のように求め合っている。思う存分に暴れたからきっと今晩は激しくなる。
次こそは断ろうと思っているのに、一連の流れを自分にとって悪くないものとして受け入れている。それくらい好意を抱いてしまっている。ロベリアも少なからず想ってくれているかもしれないと期待している己の浅ましさに嫌気が差す。一緒に旅している都合の良い性欲処理の相手としか見られていない可能性の方が高いというのに、好きだと思うと思考が鈍る。
一人の相手にこんなにも感情を乱されているなんて誰にも知られたくない。それこそロベリアにだって知られないように隠している。
「路銀を節約する為にも、一緒の部屋に泊まるよな?」
心臓が跳ねる。こちらの葛藤も知らずに、ものすごく嬉しそうに話しかけてくる。
「ははは、それが目的で暴れてるんじゃないかって思えてきたよ」
露骨なまでに目線を逸らされた。抗議の意思表示として手の甲を軽く抓る。それすら喜んで特徴的な笑い声を上げている。
こうして戯れあっていてもこちらに合わせてくれているのか、道を歩く速度が同じで歩きやすい。
夕日の眩しさに目を細める。隣を見るとロベリアも目を細めている。俺達は同じ目線の高さで、同じ景色を見ている。
ろくでもない問題児ではあるが一緒にいて心地よいことも多い。ロベリアとの旅が終わってしまわないように、ずっとこの賑やかな旅路が続くようにと願ってしまっている。考えていることが上手く言葉に言い表せない。口に出してしまえばきっとすぐに冗談だからと自ら曖昧に流してしまう。
「なぁ、シエテ」
これ以上、この酷く曖昧な爛れた関係について深堀りしないよう、きっと強引に別の話をするのだろう。どうせ夕食のことか、夜の散歩の誘いか、最近気になっている音の話だ。
手を繋いだまま足を止めるものだから二人して立ち止まる。目と目が合う。返事をせずに続く言葉を待つ。口元を引き締めて真剣な表情をするとロベリアは腹立たしいほど整った顔をしている。真面目な顔から微笑まれるとギャップに胸が締め付けられる。熱を帯びた眼差しで優しい顔をされると弱い。何だっていうことを聞いてしまいたくなる。ロベリアもわかってるのだろう、ここぞというタイミングで見せてくる。
ゆっくりと顔が近付いてくるのを、避けずに少しだけ顔を傾けて受け入れる。唇と唇が重なった。もう何度したかわからないが毎回、胸が満たされる気持ちになる。
「これからはずっと一緒の部屋に泊まろう。キミと離れたくない……つまり、その、何度か言っているのに信じてはくれないが……ジュテーム、シエテ。キミが好きだ」
自信のなさそうな顔をして、視線を揺らがせるロベリアを、このままにしたくないという気持ちが一番強く心を占める。
なるべく一緒の部屋にならないようにはしていた。一緒にいるとどうしても不健全な流れになってしまう。愛されてると錯覚したくない。俺のような人の枠から外れている存在が、誰か一人だけに愛情を捧げてもらえる訳がない。そう思っていた。
科せられた使命からは解き放たれた。庇護すべき対象たちは肩を並べられるほど立派に成長した。ただの旅人が世間体もなにも気にする必要もないのに、素直に認められるまで随分と時間がかかってしまった。
「いいよ」
もう、変な駆け引きはしない。ロベリアの言葉を信じられる、かもしれない。
ロベリアが目を見開く。緑色の瞳がきらきらと輝き、瞳の中に映る自分自身の表情も幸せそうで、これで良かったのだと安堵する。
「ほ、本当かっ!? んんー、トレッビアンッ! 約束だぜ? 全部録音してるからな」
笑顔を浮かべて上機嫌に手の甲や指先に唇を落とす。幸せそうな姿から視線を逸らし、夕日を見て眩しさに目を細める。
「俺だって好きな人とは一緒にいたいと思うよ、なーんて……ね」
断られたくない本音を、冗談めいた言い方で誤魔化すのは悪癖だとは思うが性分は変えられない。
なかなか返事が返ってこない。様子を伺うようにロベリアの顔を見る。先ほどよりも大きく目を見開いた後、静かに涙を流し始めてしまった。
「えっ!? なんで泣いてるの?」
驚いて問いかけるが、繋いでいた手を離して両手で目元を覆い隠してしまった。
あんなに笑顔だったのにどうして急に泣き出してしまったのか。小さな声で絞り出すようになんでもないと言ってくるが、ロベリアが泣くところなんて今までに一度も見たことがない。泣き顔も美しく整っている。それなのに頼る者がいない孤独な子供のようにも見えて脳の処理が追いつかない。不謹慎だが知らなかった一面を知れたことに胸が高鳴ってしまう。
「あぁ、そうだ」
鞄の奥底からハンカチを取り出す。旅立ちの日にロベリアに借りてからもう何度か洗濯しているのに返しそびれていた。それをロベリアの目尻に押し付ける。
「……メルシー」
受け取るとすぐにフードを被って顔を隠してしまった。もっと見ていたくて少しだけ残念に思う。
「元はロベリアのだよ。旅を始める日に借りてそのままだった」
ペースを落としてゆっくりと歩きながら話す。顔を見られたくなさそうにしているのに、すぐ隣で、同じ歩幅で歩む。
「そうだったか? もう随分と昔のことだから覚えていない」
「そうだよ。忘れないでよ。あの時、結構嬉しかったんだよねー」
「知らなかった」
「まぁ、今思えばの話だよ」
そう言って、自分からロベリアの手を握る。初めての試みはあまり上手くいかずに指先だけしか握れなかった。
「ジュテーム、シエテ」
すぐに手の平を包み込まれる。
泣くほど喜んでくれるなら、少しだけ言葉にしてもいいかもしれない。
「俺も好きだよ。……また、泣いちゃう?」
「ノンノン、茶化さないでくれ」
日が沈み、星が煌めく。
「俺を、選んでくれてありがとう」
この二人で旅を始められた偶然に感謝しながら、宿屋の部屋に入ってすぐに最愛の人をドアに押し付けた。