旅立ちの朝 A few days later...
旅立ちの朝 A few days later...
「ボンジュール、シエテ」
「おは……よ……」
カーテンの隙間から強い光が差し込んでいる。昼に近い時間なのだろう。喉の乾きを覚えながらも、もう少し眠っていたいのに顔中にキスをされて邪魔される。片手で顎の辺りを押し返すが、手のひらにもキスをされてしまい効果がない。
「わかったから! もう起きたよー」
互いの気持ちを言葉にして確認し合ってから数日が経った。抑圧していた気持ちが解放された結果、まだ同じ島にいる。情事の合間に、この島は飽きたと言うタワーを2人で宥めている。
「キミがまだ眠いなら、一緒に寝てもいいぜ?」
「……おはよう」
そう言って頬にキスを返した。
朝起きた時にキスをすること。互いの気持ちを確認する為にも大事なことだとかいう勢いに流されて始まった。今後、二人が死ぬまで続ける習慣にしていくらしい。良好な関係を長く続ける為には確かに効果はありそうだと思う反面、この先も続けるのはかなり気恥ずかしい。
「ねぇ、毎朝のコレ、やっぱりやめない?」
「ノン!」
軽く流され額にキスをされる。このままではまた同じことの繰り返しになってしまう。
「流石にそろそろ出発しないと」
「行きたい場所が決まってからでいいんじゃないか?」
特に行き先は決まっていない。周辺の島の観光は堪能した。
ベッドサイドに用意された水の入ったグラスを手に取り一気に飲み干す。シャツも手伸ばせば届く場所に用意されていて羽織る。意外にも恋人に尽くすタイプなのかわかりやすく甘やかされている。
「そういえば、ガレヲンたちも元気でやってるかなー」
ロベリアにボタンを留めなられながら口を開く。流石にキスをされ過ぎてガレヲンのことが頭に浮かんだとまでは言えない。
「こんなに平和なんだから、元気に決まっているさ」
「それはそうだけど」
いくら平和で特筆すべき出来事がなくても何年も誰にも連絡をしていないのは不義理に思えてきた。自分のやりたいことが明確で眩しい程に輝く若者たちから少しだけ距離を置きたかった。その少しだけが積み重なって年月が経ってしまった。自身が思っていた以上に腑抜けてしまっていた。もうこれ以上先延ばしにはしていられない。
「俺があまりにも連絡しないから、皆と再会した時に怒られるってシェロちゃんに忠告されちゃったんだよねぇ〜」
「キミは誰にも連絡していないから仕方がないな」
「そういうロベリアだってしてないでしょー」
自分のことを棚に上げて話すロベリアの肩を笑いながら軽く叩くと、鼻で笑われた。
「オレはしてるぜ」
「えっ!? 団長ちゃんに?」
「ノンノン、ウーノに、さ」
「なんで? なんでウーノに?」
連絡していたことよりも予想外の人物の名前が出てきて驚く。
「キミの旅に同乗するのに必要な取引だったんだ」
旅立ちの日を思い出す。思い返してみれば、ウーノがロベリアの同行を後押ししていた。あの朝の出来事は全て偶然だと思っていた。
ロベリアの魔術なら俺が旅立つ時間を特定することも、ウーノに合図を送ることだって可能だ。
「邪魔をするなと止められてしまった。キミが元気でいるか定期的に報告するからと見逃してもらったんだ」
混乱していると鼻先にキスをされる。どうして今するのか驚いていると、目の前でくはっと言って笑った。笑顔が綺麗で胸がぎゅっと締め付けられる。頬が熱い。きっと顔が赤くなっている。見られたくなくて片手で口元を覆うと、また笑った。完全にこちらの反応を楽しんでいる。
「それに、最も幸福なオレが、キミのことを幸せにしてみせるとも宣言した。なかなか骨が折れたぜ。……まぁ、実際に骨が数本折れはしたんだが……その時の音、聞くかい?」
白い巻貝を取り出して聞かれたが首を横に振る。ロベリアは骨が折れた時のことを思い出しているのか遠い目をし始めた。それがあまりに面白い顔をしているから可笑しくなってきた。
「ははっ、なんだか上手く騙された気分だよ」
ついさっきキスをしていた頬を抓る。
始めからロベリアの旅の目的は定まっていたのだ。
「キミには時間が……ヴァカンスが必要だったのさ」
結局、この男の望み通りの展開になっていることが悔しい。やっぱり、なんだかんだ言ってもどこまでも自身の幸福の為に行動している。
「いや、でも、わからないなぁ」
「なにがだ?」
「急に全部話すって、どういう心境の変化?」
ここまできて俺が心変わりするとは思わなかったのだろうか。
「オレたちがいないとダメだろう」
「えっ?」
首を傾げていると抱き締められる。心地良い温度にほんの少し強張っていた体の力が抜けていき、つい数時間前までの情事を思い出して落ち着かない。
「シエテ、キミはもう一人きりで旅は出来ない」
「そ、そんなことは……」
「お喋りも添い寝もアクシデントもない。そんな味気ない旅に耐えられるのか?」
「でも、これまでずっとそうやってこれたんだよ」
「これまでって、何年前の話だ」
「えっと、団長ちゃんたちに会うよりも前……エッセルとカトルと出会った頃くらいだと……えぇっ!?」
指を折って数えていき、両手を折り返すことに驚く。信じられないことに十年以上経っていて軽く目眩を覚える。
「思い出すのに時間がかかるくらい、キミは誰かと一緒に過ごしてるのさ」
「うそ……」
思わずロベリアの背中に手を回してしまう。指先に力が入り、しがみつく。側に誰もいない一人きりにはなりたくない。
「キミはまだ、愛されている自覚が足りていないようだ」
「もう足りてるって」
優しく後頭部を撫でられて、長く跳ねる髪の束を指先でくるくると弄ばれる。ロベリアと触れ合う部分はどこだって気持ちが良い。
「シエテに一緒にいたいと言われたら、感動もするさ」
「泣いちゃうほど?」
「……ウィ、泣くほどに、な」
照れくさそうに認めるロベリアのことが可愛くて堪らない。好きだと言えば泣いてしまうほど愛してくれる人が、目の前に確かに存在している。受け入れたと思っていたくせに、きちんと理解していなかった。いや、今だって理解しきっているとも言いきれない。
役目を終えた俺が、どれだけ想われているのかわかり始めたところだ。
「ははは、俺って愛されてるんだねー」
冗談でもなんでもない紛れもない事実が信じられない。ずっと諦めていた誰かと愛し愛される時間を過ごせるだなんて夢みたいだ。
体を離して向き合うと、目と目が合う。にやけた顔でウインクをしてくる。
「オレだけじゃないぜ。キミはこれから思い知ることになる。でも、一番はオレだ。忘れないでくれよ。オレの幸せにはキミが必要なんだ」
急に真剣な表情に変わって、真っ直ぐに向けられる言葉が照れ臭くて頬が熱くなっていく。
一番がロベリアだとしたら、と考えるとすぐに思い浮かんだ。
「んー、じゃあ二番目はタワーかなぁ」
ロベリアに振り回されている者同士、割と仲が良い。ロベリアの胸元にある赤い宝石がチカチカと光り、くはっ、という上機嫌な笑い声が大きく響いた。
楽しい空気に一緒になって笑い合う。ひとしきり笑った後に肩を叩かれ掴まれる。指先が食い込んで少しだけ痛い。
「……シエテ、キミは相当絞られることを覚悟しておいた方がいいぜ」
「えっ!?」
ロベリアの顔から笑みが消え、遠い目をして告げられた言葉に、やはり皆に会いに行くのはもう少し先でもいいかなと苦笑するしかなかった。絞られるだなんてなにもそこまでのことは誰もしないと思う。忘れてたなんて言われるかもしれないというのに。
どちらにせよ、俺には俺のことを必要として、慰めてくれる人がいるのだ。日が沈む前には出発したい。ウーノの商会か、グラン・サイファーか、星屑の街か、一番近い場所から行こう。
もう一度だけロベリアに抱きついてキスをすると、名残惜しくも支度を急いだ。