ロベぬいとシエテ 中編(ロベリア視点)
ロベぬいとシエテ 中編(ロベリア視点)
「臨死体験?」
なんとも物騒な響きだが、魂を一時的に肉体から剥がせる杖を預かってきたらしい。効果が本物なのか実際に使用してみて欲しいという調査依頼だ。
「面白そうだね、団長」
「でもビィもルリアも絶対に使っちゃ駄目だって」
ちらりと団長の後方に座っているビィとルリアに視線を流すと、椅子から立ち上がって反対してきた。
「そんな危ないこと、駄目に決まってんだろ!」
「そうですよ! そんな危険なことをして何かあったらどうするんですか!」
死ぬ訳でもないだろうに何をそんなに心配しているのか理解出来ない。肉体から離れれば感じる音も変わってくるのか興味がある。
「なら、オレが体験してみよう」
「いいの?」
「くはっ! その為にわざわざオレを呼んだんだろう?」
「そうだけど。……魔力の多い人の方が安全らしくて、ロベリアなら大丈夫かなって」
団長まで心配そうな顔をし始めたので、3人に対して微笑んでみせる。
「オレのことなら心配ないさ。タワーとの契約もあって死ぬことはない」
「そうだろうけど、あまり遠くに行き過ぎないでね」
「ウィ、少し遊んでくるよ」
椅子に座った状態で杖を構えて集中してみると、体から力が抜けてテーブルに伏せる。力だけでなく魂とやらも上手く抜けたようで、テーブルに伏せている自分の姿がはっきりと見える。
普段よりも肉体の境界が認識はし辛いが動けないこともない。音の聞こえ方はあまり好ましくはなかった。一枚フィルターを挟んでいるような、鮮明さに欠ける。
室内を移動してからスイスイッといくつか壁をすり抜けてみる。極稀に見えている人物の部屋に入ると相手が悲鳴をあげて驚くのが面白い。
グッと移動速度を上げてみたり、ふわふわと上下に移動してみたり、動き回っていくうちに疲労感を感じ始めた。休むにも気を抜くと艇の床から落ちそうになる。空間を認識していないと安定しない。島なんかだと地面が意識しやすいからマシだろう。飛行中の騎空艇の中で試すには向かないんじゃないか。
確かに、一般人が肉体から離れ過ぎると危険そうだ。離れきったらどうなるのかも気になるが、肉体を失うのはごめんだ。幸福の音を聞くには肉体が不可欠なのだ。
そろそろ戻ろうか悩みながらしているうちにやけに馴染む物体に軽く引っ張られた。いい機会だから一息吐くためにもガッと流れに身を任せて定着してみる。
『くはっ、やけにしっくりくるな』
なんだかわからないが肉体を持っている時のように動ける。花のような匂いのする暗い布の間を泳いで外に出ると、視界がやけに低い。鏡の前まで転がっていって姿を見る。ぬいぐるみだ。それもオレの外見によく似ている。やけにしっくりくるのはそのせいだろう。
誰かが近付いてくる足音が床を介して聞こえてくる。この部屋に来るとも限らないが、床に伏せて動かずにじっと様子を窺う。
ドアが開いて誰かが入ってきた。
「えっ、なんで外に出てるの!」
すぐに拾い上げられて顔と顔が合う。眉が下がって悲しげな顔をしている。
何度か顔を合わせたことのある人物だ。いつもこちらを警戒するような視線を送ってくるのに、話しかけると素っ気ない態度で関わりも浅い。ツンとしたプライドの高そうな顔をしているイメージが強かったのに、こんな頼りない表情もするのか。
「誰かが入った形跡はないし、ちゃんと袋の口を閉じてなかったせいかなぁ。床に落ちちゃってごめんね」
埃を払うように指先で優しく頬や服を撫でられる。
「汚れてはないみたいだね。……ただいま」
目尻を下げて、見たことのない満面の笑みでこちらを見る。
「いつも可愛いね~」
なにがそんなに楽しいのかこちらを眺めては笑っている。
どうしてこの男がオレに似たぬいぐるみを所持していて話しかけているのか理解出来ない。偶然、このぬいぐるみがオレに似てるだけで深い意味はない可能性もあるが、それにしても似すぎている。
「今日はちょっと疲れちゃった……少しだけ寝ようかなぁ……たまには休んでもいいよね?」
ベッドの上に慎重に座らせられた。どうやら着替えるようで装備を外している。インナーも脱いで上半身があらわになった。真っ白い肌をしていて、剣士らしい筋肉の付き方をしている。その癖、腰にかけて細いラインが続く。すぐにシャツを羽織って隠れてしまったが目に焼き付いて離れない。
下半身も綺麗な曲線を描いている。特に腰から尻にかけては見ていてドキドキしてしまった。あの曲線に触れたい。しかし、この体じゃ楽しめない。
薄い部屋着に着替え終えると、欠伸をしてからベッドにあがってくる。シーツが大きく波打つ。
「おやすみ、ロベリア」
口の端にキスを落とされ、名前を呼ばれた。呼ばれたということは、やはりこのぬいぐるみはオレを模したぬいぐるみということなのだろう。
枕元に添い寝するように置かれる。じんわりと体温が伝わってくる。どうやらこの男はオレのことを愛しているようだ。ほんの少しだけ一緒にいてもわかる。
そうなると、どうしてこんな布と綿の塊が愛されて、オレ自身が愛されていないのか謎である。どう考えてもオレのことを愛するべきだろう。不器用なのか、照れ屋なのか、それなら仕方がない。オレから行動するしかないな。
『シエテ、すぐに迎えにくるよ』
頬を押して深く眠りついたことを確認すると、唇にキスをしてやる。いい夢を見ているのか、にんまりと笑みを深めた。もう少しだけこの顔を見ていたい。もう少しだけ……。