約束 [R15] 前編(シエテ視点)
約束 [R15] 前編(シエテ視点)
「同室?」
久しぶりにグランサイファーに搭乗して団長に挨拶をするやいなや、他の団員と同室で過ごして欲しいとお願いされてしまった。一人用の部屋の空きはまだまだあるはずなのにおかしな話だ。
「生活音を感じたいって言い出して」
同室希望者の相手を探しているということらしい。団長が本当に困っているという顔をしているので事情によっては助けてあげたい。
「俺も十天衆の用事があるからいつもここにいる訳じゃないし、それだと相手の希望と合わないと思うんだけどなー」
「いいの。いつも一緒にいなくても同室の人がいるってだけで充分にありがたいの。その辺は納得させるから!」
是が非でも同室にさせたいようで圧が強い。
「ひょっとして訳あり?」
ここまで強く言ってくるということは、それなりの理由があるはずだ。
「めちゃくちゃ訳ありだし、似た境遇の人とも同室になってもらったんだけど揉めちゃってね」
「いや~、それはシエテお兄さんでも手に余りそうだなぁ」
「問題児同士を同室にする訳にもいかないし、何人かだめでもう誰も受けてくれなくて、シエテにしか頼めないの! お願いっ!」
俺にしかと言われても、そんな問題のある人物と上手く出来るだろうか。十天衆の皆をまとめるだけでもかなりの苦労をしている。ここはきっぱりと断りたいところだが、いざとなったら艇を降りて通えばいいのだし団長の頼みを聞いてあげることにした。
「そうだなぁ、先に揉めた原因を聞いておいていい?」
遠巻きな了承の言葉だとわかってくれたのか、ぱぁっと明るい笑顔で喜んでいる。可愛い。これが見れただけでも受けてよかったかもしれない。
「うるさいんだって。でも今度は約束を絶対に守るように言ってあるの。ラストチャンスだって言っておいたし、シエテなら大丈夫……なはず」
大丈夫だとは断言していないところが気にかかる。どれだけ問題のある人物なんだろうか。ここまでくると逆に興味が湧いてきた。
団長に案内された部屋にいたのは、整った顔をした温厚そうな表情の男だった。
「団長ちゃんにいろいろ聞いてると思うけど、十天衆の頭目を務める天星剣王のシエテだ。留守にすることも多いけどよろしく」
「……ロベリアだ」
2人用の部屋はベッドが左右の壁に配置されており、真ん中にはソファがあった。1人用の部屋よりも広くて良い部屋だ。これはわざとうるさくして1人で広い部屋を使いたいだけなのではないだろうか。それならきちんと話し合い、不在にすることを増やせば大人しくしてくれるかもしれない。前向きに対策を考えておく。
「聞いていた感じと違って好青年そうだねー」
思ったままに感想を言うとロベリアはこちらに向かって微笑んでみせる。同室したくないと拒まれるほどうるさくするようには見えない。
「顔合わせの時だけでも静かにするって約束させたから。あと十賢者の中でも全空一を自称するほどの魔術師だから殺されないように気をつけてね。シエテなら大丈夫だと思うけど、念のため」
とんでもない情報が後から出てきた。
「えっ?」
「今更断らないよね! ほら、他にも最低限の約束はするって。ねぇ、ロベリア?」
「くはっ、もちろん覚えているよ。同室の相手には身体的危害を与えない、嘘はつかない、2人で決めた約束は守る……だろう?」
得意気に言うが内容が不穏だ。
「そんなことわざわざ言い聞かせるってことは、言われなきゃできないってことだよね」
団長に向かって尋ねると、気まずそうな顔をして目を合わせようとしない。
「うん、ごめんねシエテ。外面はいいんだけどね。本当にもう他の人には頼めなくて。表面上だけでも仲良くできそうで、一緒になって問題を起こさない、仲良くなった後に危害を加えられなさそうな人なんてシエテ以外に思い浮かばないの」
なんだか急にお腹が痛くなってきた。
「それは仲良く出来ないかも」
「いいの、同室になるだけで。じゃ、任せたよ! 十天衆頭目! 天星剣王さま! 全空一のお兄さん!」
「はぁ。まったく、団長ちゃんもこういう時だけは調子がいいよねぇ」
団長がいなくなり、ふたりきりの室内は静かで気まずい。
「それじゃあ部屋の半分からこっち側には入らないで」
部屋を2等分にして不干渉にするのが一番無難な同室だと思い、提案するものの相手は不満そうな表情を浮かべた。
「それは、約束?」
「そうだねー。……いや、うぅん、約束は2人で決めないとか。ロベリアはどうしたい?」
意見を求めると、目をパチパチと瞬かせて驚いている。
「くはっ! ひょっとして、キミもオレと同じように約束を守ってくれるのか?」
「うん。同室の相手には身体的危害を与えない、嘘はつかない、2人で決めた約束は守るだろ? お前だけに守らせるのはフェアじゃないから俺もそうするよ」
同室するにあたって一方的に決めつけて生活するのは息苦しい。できるだけ同条件でいたい。一般人には決して難しいことは全くない決まりなのだが、何をそんなに驚いているのだろうか。
「狭い部屋の半分だけと決めるのは合理的だとは思わない。そっちのベッドで寝たい日も出来るかもしれない」
「そっか、俺がいない日も多いだろうから決める必要はないのかなぁ。お互いの生活は極力邪魔しないのと、勝手に私物には触らないっていうのはどう?」
「そんな簡単なことなら約束するよ」
「決まりだね。決めたことは忘れないように紙に書いておこうか」
「メルシー、キミは気が利くな」
椅子に座って紙に約束の内容を書いている最中、ずっと手元を見ている。紙の上をペンが走る音だけが室内に響く。変なことは書いてないのだが視線が気になって仕方ない。
「なにか他にも決めておきたいことでもある?」
「ノン、オレは特に今のところない。キミの希望を言ってくれて構わないよ。キミはオレにとってラストチャンスなんだろ」
にっこりと微笑みかけてくるが顔と顔の距離が近い。居心地が悪くて椅子に座り直して距離を取る。距離の近さを嫌ったことに気付いているようで、こちらの動きを見て笑みを深めた。
「くはっ、オレは喋るのが好きなんだ。うるさい時は言ってくれれば黙るように努力するよ」
「俺も人と話をするのは好きだよ」
「トレビアン! キミと同室になれてよかった」
笑顔を見ていると、そこまで悪いやつでもないのかもしれないと思えてくる。かと言って一切の油断もしないが、思ったよりも同室の人のいる生活は難しくないのかもしれない。
そんな淡い期待は簡単に潰えた。会話を重ねてみて実感した。確かにこいつは危険人物だ。一見、大人しく普通に振る舞っているからわからないが、自分の幸福をなによりも最優先にしている。話が噛み合わず地味にストレスが溜まっていく。
団長もなんて人物を受け入れたのか。危険だからこそ受け入れたのだろうが、それなら全ての責任を持って欲しいが、十五歳にそれを求めるのは酷だ。いざとなったら自分が殺すしかないのだろう。
ただ、現状では大人しく害のない団員として収まってくれているので手は出せない。
「ちょっと、なにしてるんだよ!」
廊下を歩いていると、ロベリアが他の団員に関節技を決めているところに出くわしてしまった。
「骨の軋む音をコレクションしているんだ。壊してはいない。別にいいだろう?」
慌てて肩を叩いて拘束を解除させると、捕まっていた不運な団員には早々に場を離れてもらった。騒ぎになる前に腕を引いて部屋に戻る。
「身体的危害を与えないって約束に違反してるよねぇ?」
「ノン、同室の相手にはしていない。それに相手もそこまで嫌がっていなかった」
確かに、紙に書いた約束では同室の相手には身体的危害を与えないになっている。この調子でこれまではどうしていたんだろうか。だからこその同室拒否なのか。頭が痛くなる。
「他の団員にもだめ。約束してくれる?」
「ウィ、シエテがそう言うなら約束するよ」
紙に書いた″同室の相手には″の部分を削除して、″団長を含む団員には″と書き足した。
実際に俺たちは上手くやれていた。
手綱をとってロベリアがまともに見えるように、周囲に馴染めるようにと気を遣った。団員に幸福の音を共有しない、艇の中で録音はしない、などの簡単な約束も増やしつつなんとか制御した。その甲斐があってか最近のロベリアの評判は悪くない。魔術師としての実力はあるのだから当然だ。
そろそろ艇から離れて十天衆の活動に戻っても問題はないだろう。団の依頼にも率先して協力したから団長の仕事も落ち着いている。
「夕方には艇を降りることになったから。暫く帰らないよ。たまには1人でのびのびと羽を伸ばして」
今後の予定を伝えると、じっとこちらを見つめてくる。
「戻りの予定は?」
「早くて3週間か、まぁ1ヶ月はかかるかなぁ」
「そんな疲れた顔をしているのに?」
確かに、団の活動と十天衆の活動の下準備で慌ただしくしていた。そのせいで睡眠時間が足りていない。
「まぁ、流石にちょーっとだけ疲れてるね。出発まで仮眠をとるから静かにしてね」
そう言って靴を履いたままソファに横になる。着替えてベッドで寝てしまうと朝まで眠ってしまいそうだ。
ロベリアは無言でこくりと頷いてから、指を鳴らして巻き貝をひとつ出す。それを耳に当てると目を瞑って大人しくしてくれた。聞き分けがよくて助かると思いながら目を閉じる。
頬を突かれる感触と、周囲の明るさに目が覚めていく。
「んぅ……」
目を開くとロベリアの顔が間近にあった。深い緑色の目がじっとこちらを見つめている。
「うわぁっ!」
瞬時に後退るが、残念ながらソファの座面は広くない。そう変わらず顔は近いままだ。
「な、なに?」
ロベリアはソファの背もたれに手をかけてこちらを見下ろしている。にこにこと笑っていてやけに機嫌がいい。
「ボンジュール、シエテ。よく眠っていたね。時間は大丈夫かい?」
頬をもう1度突いてから離れてくれたが、ここまで接近されていたのに起きれなかったなんて信じられない。自分で思っていたよりもずっと疲れが溜まっているようだ。血行をよくするために腕を回しながら時計を見ると、出発する時間の1時間前だった。ゆっくりと着替えてから荷物の再確認をして、珈琲を飲むのに丁度いい時間だ。
「……起こしてくれてありがとう」
「どういたしまして」
立ち上がって一歩踏み出すと、足の裏に違和感を感じた。しかし体の勢いは止められず、そのままパキンッという何かが壊れる音がした。
「えっ?」
「ああ、オレの大切なコレクションがっ!」
足を上げると白い巻き貝が割れて破片が散っている。
「え、あ、ご、ごめん」
ロベリアが足元で破片を拾い集めるのをぼんやりと見下ろす。
「オレは約束を守っているのに、酷いな……そんな……これはお気に入りだったのに……」
どうせろくでもない音を記録しているのだろうが、あまりに悲痛な声とリアクションがでかくて強くは言えない。
「そんなところに転がしておいたのも悪いでしょ」
「私物には触れないと約束したのに」
こちらとしても触れたくて触れた訳ではない。だが、ここで言い争って時間を無駄にしたくない。
「あぁ、もう準備しないと。この話はまた帰ってきてからでいい?」
面倒だと思っているのが伝わってしまったのか、口を尖らせて不満を露わにしてくる。
「もう約束は守れそうにない」
交わした約束を守らないロベリアが起こしうる騒動を予測して頭が痛くなる。団長や他の団員に、俺が貝を壊したことが原因で迷惑がかかることは避けたい。
「待てまて。あーほら、お土産買ってくるからさ。ちゃんと話し合うまで決めた約束は守ってよ」
「キミは約束を破ったのに、オレには守れというのか?」
故意ではなくとも、約束を破ったと言われるとこちらが悪い気がしてしまう。
「だからそれはお前が床に転がしていたのも……はぁ、悪かったってば。ごめんごめん。どうすれば許してもらえるのかなぁ」
時間もないし、謝って許してもらえるならそれで終わりにしたかった。
「仲直りのハグをしよう」
まるで名案かのように言われるが納得がいかない。
「えぇー」
子供じゃあるまいし、いい歳したヒューマンの男性同士でハグするのはきついものがある。相手が幼い頃から面倒を見ていた子たちならまだしも自分より少し背の高い危険思考の持ち主とは余計に勘弁して欲しい。
時計に目線を送る。これまでのやり取りで既に珈琲を飲む時間はなくなっている。
「時間がないんだろ?」
今まさに考えていたことを指摘され、仕方なく諦めて両手を広げた。
抱きしめられるとロベリアは思っていたよりも体格がよいことがわかる。彼の腕に力強く拘束されるのはとても居心地が悪い。すんすんと匂いを嗅がれているような気もするが、こいつのことは理解できないし深く考えたくない。大きな手のかかる犬みたいなものだと思って耐える。
抱きしめ合っていると体温があたたかくて気が抜けてきた。そういえば、子供は抱きしめてあげるといいと育児書で読んだ記憶がある。
「……貝、壊してごめん」
「くはっ、オレもクラポティを床には置かないようにするよ。靴を履いていなかったらシエテが怪我をするところだった」
怪我するかもしれないと気遣うこともできたのかと感動してしまう。子供の世話の経験がある身としては、不貞腐れるのもハグをしたがるのも小さな子供と同じに思えてきた。今までどおりなんとかやっていけるはずだ。こちらが少し我慢すれば丸く収まる。
「約束を守っていい子にしてるんだよ」
「ウィ、もちろんだ。帰ってきたら仲直りのハグについても、あの紙に書いてくれないか?」
「わかったわかった。じゃあ、シエテお兄さんは着替えてお仕事に行くからねー」
急いで荷物の確認をして着替える。部屋を出る時に手を振ると、目を細めて嬉しそうに笑って振り返してきた。ほら、やっぱり子供みたいだ。
「キミの選ぶお土産、楽しみにしているよ」
留守番をしてお土産を楽しみに待つ小さな子供。だから抱きしめ合うことに特に意味なんてない。きっと愛情に飢えているだけだろう。
土産を買って帰ると言ったことを思い出したのは、艇の近くの街まできた時だった。買い忘れでもしたらまた責められる。口約束でも約束は守らないと、嘘を吐いたことになってしまう。ロベリアが何が好きなのかなど興味がなくわからなかったので色々と買ってきた。
部屋に戻ってからテーブルの上に買ってきたものを並べてやるとそれはもう目を輝かせて喜んだ。抱きついてくるくらいに。
「トレビアン! こんなにも俺のために選んできてくれるなんて。メルシー、シエテ!」
抱きついてくるくらいは特に問題ないかと好きにさせていたのがよくなかった。チュッというリップ音と共に口の端にキスをされる。
驚いて体を反らし距離を置く。感触を忘れたくて手の甲で頬から口にかけて強く拭う。
「いやいやいや、なんで!?」
「感謝の気持ちを表現したくて」
「それにしても口はだめだろ」
「どうして?」
首を傾げて聞いてくるがどう考えてもおかしい。
「どうしてって、そういうのはもっと仲の良い女の子とさぁ」
「相手がマドマーゼルだったらしてもいいのか?」
「いや、そういう問題でもないけど」
純粋に疑問ですといった目で見つめてくる。視線が痛い。
「こういうことは相手に許可を得ないと、しちゃだめだろ……」
これは俺が悪いのだろうか。俺自身、能動的に肩を組んだり背中に手を置いたりはよくするが、同意のないキスは一線を越えていると思う。段々と恥ずかしくなってきて顔が赤らんでくる。子供に性的な話題を振られた時の気分だ。なんて説明したらいいのかわからない。普段から距離が近いし、ロベリアにとっては単なる挨拶のようなものかもしれない。
「くはっ、それなら感謝したい時はキスすることにしたらいい。いいアイディアだと思わないか?」
「ええ、いやだよ」
「感謝することがなかったらしない。いつも約束はシエテが決めてばかりで不公平じゃないか? オレの希望は仲直りのハグくらいだ。なぁ、お願いだよシエテ」
「うーーーん」
悩む。こちらとしては何のメリットもない。同室の相手との距離感としては気持ちが悪いくらいだ。それを納得がいくように説明するのが難しい。
俺よりも少し背が高いくせに低い位置に座って見上げてくる。確かに、これまでの決め事は団長と俺の希望ばかりだ。そして正直に言って、こうやって年下に懇願されると断りにくい。
首は縦に振らないが、ため息を吐くとペンを手に取る。仲直りする時はハグをすると書き、その文の下に感謝する時はキスをすると書く。なんだか文字にすると一気に馬鹿馬鹿しくなってきた。
「メルシー! ジュテーム!」
頬に唇が落とされる。感謝されることはあれど、することはそうないから支障はないはずだ。なにか言っているのをスルーして手の甲で口元を拭う。
「そうだ、ハグもキスも部屋に2人の時だけにしようねー」
さり気なく文章を書き足しておく。誰かに見られたら誤解を招くことになってしまう。それだけは避けたい。
「勿論構わない。オレとキミは意見を譲り合える仲だからね」
大した実害もないし満足しているようだからいいだろう。大きな犬みたいなものだと思えば我慢できる。こいつは子供で犬。深くは気にしてはいけない。
珍しく部屋で1人の時間を過ごす。たまにはゆっくり休んで欲しいと団長が気遣ってくれた。ロベリアは同室の俺に対してだけは自分勝手に振る舞うが、他の団員の前だと無害な青年でいるらしい。もしかして約束を守らせることにそこまで執着しなくてもいいのではないかと考えながら剣の手入れをしていると、小腹が空いたタイミングでロベリアがお茶とクッキーを持って帰ってきた。
「シエテ、団長たちと一緒にクッキーを焼いたんだ。キミに食べて欲しくて」
「へぇ、美味しそうじゃない。ありがとう。頂くよ」
ロベリアが作った食べ物って大丈夫なのかと不安にはなったが、団長たちがいたなら平気だろう。瞬きもせず見つめてくるが気にせず一口食べる。パキッと音がすると何が楽しいのかわからないが笑っている。不気味なので早くどこかに行って欲しい。
何か目的があるのか、視線が気になる。作っている最中の出来事でも喋ってくれればいいのに、お互いにずっと黙っているのも気まずい。
「美味しいよ」
クッキーは食感もよく、甘さも控えめで美味しい。素直に味の感想を言うと笑顔が一変して、非常に不満そうな表情になった。
「そうじゃないだろう?」
約束事を書く紙の方を指差す。そうだった。感謝をする時は言葉だけじゃだめなのだ。そういう約束だから。
「……はあ、わかったわかった。ほら、しゃがんで」
ふわふわした前髪をかきあげて額に唇を落としてやると、嬉しそうに笑った。前髪を元に整えてやってから再びクッキーを食べはじめる。木の実がたくさん入っていて食べ応えがある。ガリガリと噛み砕きながら食べていくのをずっと見ている。ロベリアに感謝なんてしたくないのになぁと、今更ながら約束した内容を悔やむ。
討伐依頼の最中、魔物にとどめをさしている時だった。離れた背後から悲鳴が聞こえ、振り向いた時にはフュンフが魔物に吹っ飛ばされていた。受け身は取れているが魔物の追撃が迫る。
剣拓を展開させる一瞬の間に、魔物が地面に押し潰された。後ろを振り返るとロベリアが何事もなかったかのように涼しげな顔をして立っている。
「フュンフ、怪我はないか?」
近づくとフュンフが勢いよく飛び上がった。服に土がついてはいるが怪我はなさそうで安堵の息を漏らす。
「このくらいへーきだよ。シエテは心配性だな〜」
「心配するに決まってるでしょう。ロベリア、助かったよ」
「ありがと~、ロベリア!」
2人してロベリアに礼を言うと、ロベリアはにっこりと笑った。
「どういたしまして」
フュンフの前であり、他の仲間との合流も近いからか、いつも同室で見ている子供っぽい様子とは程遠い仕草だ。本当に外面だけはいいなと冷めた目で見てしまう。
「くやしいなぁ。あちしがもっと大きかったら先にたおしてたのに」
「慌てなくてもフュンフは充分に強いよ」
「もう、シエテにはわかんないよ〜!」
悔しがるフュンフが遠くにいた仲間たちの元に元気よく駆けていくのを見守っていると、ロベリアが隣に寄ってくる。
「シエテ、オレのこと、よくやったと思ってるんじゃないか?」
「そうだねぇ」
やけに得意気な顔が憎たらしい。フュンフが吹っ飛ばされる前になんとかしておけよと言いたいくらいだ。
「わかってる。お礼は部屋に帰って2人きりの時だろ。そう約束した」
感謝する時はキス。よく考えてみたら相当頭がおかしい約束だ。恋人同士じゃあるまいし。
「はぁ……」
大きく息を吐く。本当に、こんなはずではなかったのに。
部屋に戻ってから、ロベリアの前髪をかきあげようと手を伸ばすと手首を掴まれた。
「まさかとは思うが、いつもと一緒ですませるのか?」
信じられないものを見るような目で訴えかけてくる。フュンフを助けてもらったお礼はいつもとは違わないと筋が通らない、そういうことなのだろう。フュンフは大切な存在だ。クッキーや部屋の掃除なんかの感謝とは重さが違う。そのとおりではある。
「……目、閉じて」
瞳が閉じたのを確認すると、ロベリアの口の端に唇を落とす。
「くはっ! メルシー!」
なにが嬉しかったのか、すぐに唇を軽く重ねられた。
「もう、これじゃなにがなんのお礼なのかわかんないよねぇ」
抗議するが無邪気に笑っている。ソファに2人揃って並んでくっついて、浮かれた恋人同士のような距離をして、本当に馬鹿みたいだ。
「ただいまー、お土産買ってきたよー」
「おかえり、シエテ! オレの好きなキャンディーだね」
ちゅっ、ちゅっと音を立てて顔中に何度も何度もキスをしてくる。段々とこの戯れにも慣れてきて、満足するまで好きにさせている。それだけ嬉しいということなんだろう。
久々に会った大型犬とのふれあいタイムは、角度を変えて唇の間に舌を滑り込ませた瞬間に終わった。体を離すより先に手が出た。思わずロベリアの頬を叩いてしまった。平手打ちされて驚いた顔をしているが、驚いているのはこちらの方だ。
「いや、舌を入れるのはだめだろ!」
「痛いな。身体的危害を与えるのは禁止だったろう」
強く叩いてしまったせいで頬が真っ赤になっていく。
「うっ、ごめん。でも舌はだめだって」
「……謝罪は受け入れるよ。それと、ハグしてくれないか」
両手を広げてくるので抱き締める。叩いてしまったという罪悪感はあるので和解の為にハグをすることに異論はない。
「嬉しくて少し舐めただけなのに顔を殴るだなんて」
「悪かったって。でもだめなものはだめ」
「わかった。シエテが許可しなかったら舌は入れない。そうやって書いてくれれば約束するよ」
書いてなくてもわかるだろうと諭したいところだが、書いておけば二度としないのだ。口論になると面倒なので適当に返事をする。
「はいはい、いい子だね」
「くはっ」
思ったよりも強く殴ってしまったのか、口の端に血が滲んでいる。キスされて驚いて殴ったなんて、恥ずかしくて誰にも言えない。
「冷やすものをもらってくるから待ってて」
氷嚢をもらって戻ってくると、ロベリアの頬の腫れが酷くなっている。慌てて冷やしながらポーションを飲ませた。
「いい男が台無しだね」
むっとした顔をするが、頬が腫れているから可笑しい。
「ハグを要求するよ」
「わかったわかった」
痛くなくなるまで許さないと言って抱きついたままいつまでも離さない。そろそろ寝るから離れてと言ってもベッドに寝転がるのにも付いてきて、結局同じベッドにくっついて眠りについた。
そう、とっくのとうに俺たちの距離はおかしくなっていた。
薄々は気がついていた。こいつは犬でも子供でもない。約束で縛る必要もなく普通に生活出来るし、頬を張られた程度の痛みも平気だ。死の痛みを常に感じているような狂人なのだ。
笑って細めた目が熱を帯びていたことも、気に入られようと演技していたこともわかっていていた。わかっていたけど大した問題ではないと放置していた。
約束を破ったら斬り捨ててしまえばいい。なのにロベリアは徹底して約束したことを守るからそれが出来ない。
最初から同室なんて引き受けなければ、きちんと部屋の場所を分けていれば、たらればを思い浮かべては約束で雁字搦めになった現状から逃げ出したいと考えてしまう。
「シエテ、オレから逃げないと約束しただろう?」
「……わかって、る」
目と目が合う。ロベリアの瞳に映る俺の顔は酷く情けない顔をしていて、自分自身だとは思いたくない。
「それならいいんだ。だってキミはオレにとってのラストチャンスだ。初めて部屋に入ってきた時には運命だと思った。こんな綺麗な人間をオレにくれるだなんて、団長には感謝しきれないよ。ジュテーム、シエテ。愛してるよ」
「わかって、るからっ……だからっ、うぅ」
もうこれ以上、焦らすのはやめてほしい。わからない。不利な約束がどんどん増えていって、俺だけが守れずに責め立てられる。2人の距離はどんどん近くなっていって、とうとう身体の中に受け入れてしまっている。
「あぁ、そうだった。舌を入れてもいいかい?」
「……あぅっ……んっ……」
脳がとろとろに溶けてしまって、声は出せても言葉を紡ぐことは出来ない。体は反り、足の指先が丸まる。息をするのがやっとで頷くことも出来ない。
「だめだって言わないってことは良いってことだ。俺は決めた約束はちゃんと守ってる。今はキミは感じていて、オレは危害を加えていない。そうだろう、シエテ?」
口の中まで蹂躙されて息が出来ない。脳に酸素が足りていない状態で頷いてしまう。
ロベリアが満足するまで続いていく。窓の外が明るくなってきて、ドアの向こうに人の気配を感じる。音を遮断しているだろうがどうしても気になってしまう。体力だってとっくに限界だ。
「もう……やめ……っ!」
やめて欲しいと目で訴える。目の前で、ロベリアはにっこりと綺麗に笑って首を横に振る。
「いやだ」