約束 [R15] 後編(ロベリア視点)
約束 [R15] 後編(ロベリア視点)
どうやら加減を間違えてしまったようだ。痛まずに動くようになった体で寝返りを打つ。
小さい部屋のベッドの上で一人で天井を眺める。ここにシエテがいれば楽しいのにと何度も思う。もういない。来てはくれない。
何度目かわからない肉体的な接触を楽しんだ翌日、唇を吸おうと顔を近づけたら思いっきり頭突きを食らった。不満を口にすると、彼は約束は全て無効、同室も解消すると言って出ていってしまった。艇から降りてしまわれるとこちらからは手が出せない。
一方的ではなく、互いに約束を守ろうと同じ場所に立ってくれた。約束したことを忘れないように書いておこうといって、ひとつずつ丁寧に紙に書いていく姿を思い出す。その紙はズタズタに切り裂かれて開け放たれた窓の外に散っていった。彼は紙屑が空に消えていくのを清々した顔をして見ていた。
約束がなくなったのだからと魔術を展開してシエテ自身を壊そうとしたが返り討ちにあってしまった。長い時間を同室で過ごしていただけあって、こちらの行動が予想できていたようだ。思いつきで立ち向かっても適うわけがなかった。
医術や回復魔法のスペシャリストがいる環境で全治1週間。切り口が綺麗だから助かったが、失血の量が多く危ないところだったらしい。
シエテが骨が数本折れてもあんなに機敏に動けるなんて、完全に侮っていた。あんなに弱々しくオレの望みをなんだって受け入れてくれていたのに、剣を持つと別格の強さだった。タワーが出てくる前に無力化されてしまったせいか、タワーもどこか不満そうな音を出しながら破壊に勤しんでいる。展開が早すぎて残像を出す隙もなかったし、切れ味が良すぎて大して音がしなかったのも、すぐ側にシエテがいてくれないことも、なにもかもが残念でならない。
シエテは翌日には何事もなかったかのように完治して、団長と剣の稽古をしてから艇を下りていったらしい。
二人で過ごした部屋はめちゃくちゃになって、体がぼろぼろの動けない状態で何人にもかわるがわる怒られ続けた。団長にはシエテをここまで怒らせるなんてと飽きれられた。もう誰とも同室にはさせないという宣告を受けて、シエテ以上に面白い相手はいないし良いかと黙って頷いた。反論することもないし、声も上手く出せなかったからだ。
ドアがノックされる。団長だろう。他の可能性は考えておらず、いつもとは違うノック音だったことには気が付かなかった。開けた先に立っている人物を見て動きが止まる。
「えっ」
見知った相手の姿に思わず声が漏れた。こちらの体をズタズタに斬り裂いてきた相手だ。相変わらず立ち姿が綺麗で見惚れてしまう。
「はい、お土産」
「……メルシー」
差し出された箱を受け取る。この箱はよく見て知っている。小さな箱に入った薄い飴は、噛んだ時にバキバキと壊れる音がして好んで食べていた。
ドアは開いたが中に入ろうとはしない。廊下に立ったままこちらをじっと見つめている。凪いだ空のような目に見られると落ち着かない。
「それで」
言われた言葉の意図が読み取れず、そのまま返す。
「それで?」
シエテが大きく息を吐く。当然のことだがどこか苛立っているようだ。無感情な目で見られるよりは、怒りが籠もっている方がわかりやすくていい。
「何か俺に言う事はないわけ」
言いたいことを思い浮かべるがすぐには思いつかない。もう顔を合わせることもないかと思っていたくらいだ。
「……特には」
ない。触れたいと衝動のままに言ったら、また医務室送りにされそうだ。それどころか団から追い出されるか、甲板の上から落とされる可能性もある。それくらい怒っていた印象が強い。
回答した後、沈黙が続く。シエテが何か話そうと口を開いて閉じてを繰り返す。廊下に誰か別の人物が通りかかる音がしたところでシエテが首を振って一言呟いた。
「そう、じゃあいいや」
酷く冷めた顔をして、背を向け去ろうとしたところで腕を掴んで止める。
「待ってくれ! もう少しだけ、ここにいて欲しい。部屋の中で話がしたい」
「言う事、特にないんでしょ。何を話すの?」
手を振り解く訳ではないが弱く抵抗される。ほんのそれだけの仕草で、なんでも許してくれていた頃とは違うのだと実感してしまう。
「また、一緒に……」
「一方的に束縛して、楽しかった?」
食い気味に言葉を遮られてしまい口を噤む。シエテの言う通り、一方的な束縛だった。シエテからの要求は、全てオレが団の中で上手く生活出来るように配慮されたものばかりだった。心配して、無理のないように事前に守れるか意志を確認してくれていた。
呆然としているとシエテがこちらに向かって大きく一歩踏み出した。通りがかった団員と軽く挨拶を交わして、大丈夫だからと微笑んでからドアを閉める。部屋の中にふたりきり、だけど以前とは全く状況が違う。あくまでシエテは客人で、長時間一緒にはいられない。
受け取って持ったままでいた手土産の箱をテーブルの上に置く。今すぐに開ける気にはならない。それでもずっとその箱を見つめる。始めて土産を買ってきてくれた時、オレからキスをした。その後、シエテが段々と赤くなっていって目が離せなくなった。
目が離せなくなったのは、最初に部屋に入って来た時もそうだ。団長を見ていて、親しい半身がいることに憧れを感じた。そんな相手が欲しいと同室を希望したがなかなか合う人間には出会わなかった。波長の似た人間と一緒にするのは大きな問題を起こしそうだと、引き合わせて貰えなかったのもある。団長の選んでくれる人間とは親しくなれないかもしれないと諦めかけていたラストチャンスでやってきたのがシエテだった。よろしくと言って微笑みかけられた時、言葉では言い表せない衝撃を受けた。あまりの衝撃で脳内に音が鳴り響いたくらいだ。
もっと大切にすればよかった。約束なんかで縛り付けずに、ドロドロに甘やかして、オレなしではいられないくらいに依存させたらよかった。
「楽しかった。くはっ、だってキミはずっとオレを見ていてくれて……シエテ、オレはキミのことが好きなんだろうか」
その場その場で触れ合って、キスをして、ジュテームだの愛しているだのと言っていたくせに、好きだということを全くわかっていなかった。
「そうだとしたら、どうするの?」
真っ直ぐにシエテの瞳を見る。綺羅々と輝いていて吸い込まれてしまうそうだ。目が離せない。
「キミに、オレのことを好きになって欲しい」
ぐずぐずの表情になったシエテの瞳いっぱいに、自分の顔だけが映っていたことを思い出す。またあの時のように触れ合いたい。
「それは随分と難しい相談だなぁ」
目を逸らされてしまった。窓の外を眺めているシエテの姿を見つめ続ける。好きだと思うと感情が止まらなくなる。
「好きだ、ずっと、最初から」
シエテは大きく息を吐くとゆっくりと近づいてきて、そのまま抱き締められた。
「ロベリアは、仲直りしたい時に抱き締めて欲しいんでしょ」
仲直りのハグなんて単に触れたかっただけだ。始めからずっと単純な話で、ずっとシエテのことが欲しくて自分勝手な行動をしていた。子供のような行動に顔が熱くなる。体温も、匂いも、鼓動も、もう失いたくない。
「トレビアン! もう約束はなしだと言ったのに、いいのか?」
「約束なんかしなくてもいいんだよ」
ゆっくりと背中に手を回して抱き返す。頬や耳だけでなく目頭までも熱くなっていき、シエテのマントをほんの少しだけ濡らした。呼吸を整えてから口を開く。
「シエテ、また同じ部屋で……」
言葉の途中で体を離され向かい合い、満面の笑みで首を横に振ってから言い放たれる。
「いやだね」
全てを許されるまで、先は長い。肉体的な接触は許されても、同室に戻るまで年単位で時間がかかるなんて思ってもいなかった。