安眠 [R15] 前編(シエテ視点)
安眠 [R15] 前編(シエテ視点)
うるさい。うるさい、うるさい。
耳鳴りがする。ぐわんぐわんと脳を揺らすような低い音と、キーンッと神経が割れるような高い音が一度にやってくる。特に眠りにつく間際に悪化してしまい、眠ることが出来ない日が続いている。原因はわからない。医者も回復魔法もだめで、呪いでも星晶獣でもないようだ。しかも、涯ての力を使えば標神と繋がって話しかけられる。心配してくれているようなことを言うが、得体の知れない存在そのものが負担に感じる。肉体に負荷をかけて疲労を蓄積しても眠ることが出来ない。
「シエテ、顔色が酷いよ。眉間に皺も寄ってるし、どうしたの?」
団長が心配そうな顔をしてこちらを見てくる。あまり心配をかけたくなくて笑ってみせるが、上手く顔を作れているか自信がない。
「なんだかうるさくて眠れないんだよねぇ」
「部屋を移動する?」
「うーん、騒音とかじゃなくてさ。艇を降りて静かな宿屋に泊まってもなんか耳鳴りがしてうるさくて。フュンフやニオやお医者さんに診てもらっても異常がないみたいだし困ったもんだよー」
「音に詳しい奴に相談してみる? ……あんまりおすすめできないけど」
「眠れる可能性があるなら誰でもお願いしたいな」
「じゃあ、夜にシエテの部屋に行くように言っておくね」
団長が、詳しい人ではなく詳しい奴と言ったことに気を配ればよかったかもしれない。笑顔を保つのに必死でそんな余裕もなかった。
夜になっても眠れる気配がない。頭痛が酷くベッドの上で体を丸めて耐えているとドアが軽快にノックされた。
夜に部屋に来るくらいだから男性か、女性だとしても複数人で来るだろう。団長も一緒かもしれない。あまり深く考えずに身を起こして相手を確かめずにドアを開く。立っている人物をみて頭痛が増してきた。
確かに音に詳しいだろう。音の魔術を使い、音に対して異常な執着を持つ奴だ。こいつを部屋に入れるのは嫌だなぁと思うが、解決出来る可能性が僅かでもあるならば試してみたい。
「ボンソワール、シエテ。お困りのようだね。団長の頼みだ。全力で協力するよ」
「……う、うん」
ロベリアは部屋の中に入ると、物珍しげに室内を見渡してから上機嫌で空いている椅子に座った。
「くはっ! 他の団員の部屋には入らないようにと団長に強く言われていてね。それにしても殺風景な部屋だな。花くらい飾ったらどうだい?」
荷物を極力置かないことにしている。艇から離れる時には水着や着替えも預けて部屋を空にして出るためだ。自分の団を持つ身でグランサイファーで部屋を占有する気はない。
それよりも出入禁止の男を送り込むだなんて事前に言っておいて欲しかった。相手はいつもどおりにローブを着込んでいるのに対して、こっちは薄い部屋着だけだ。心許なくて剣の位置を確認してしまう。こいつが来るとわかっていれば帯剣していたというのに。
「ここには長く滞在しないから花は難しいかな。それよりも……」
「ああ、うるさくて眠れないんだろ? 音を完全に遮断してみよう。座ってくれ」
ベッドに座ると隣に移動してきて、耳元でパチンッと指を弾いた。同時に何の音も聞こえなくなった。
「すごい、何も聞こえなくなった」
うるさくて仕方なかった音が消えた。艇のモーター音も聞こえない。自分の体の発する鼓動と声だけが聞こえる。
「ありがとう」
これで眠れる。嬉しくて両手をロベリアの握って感謝を伝えると彼も何か喋った。
「えっ、なぁに?」
それが聞こえなくて思わず顔を近づけると、口の端にキスをされた。
「えぇっ、ええええええっ? なになに! なんでぇ!」
腕を伸ばして体を離す。何が起こったのか理解が出来ない。心臓が驚いて早鐘を打つ。ロベリアが目の前で指を鳴らす動きをすると再び不快な音が戻って不快感に顔を顰める。
「シエテ、声がでかい。もう夜も遅いんだから大きな声を出したらダメだろう」
「いやいや、なんで……なんでキスなんてしたの」
「顔を近づけるからして欲しいのかと思ったんだが。違ったのか?」
首を傾げて釈然としない顔をしているが、どうしてそう思ったのか、少しも理解が出来ない。
「違うって。何言ってるか聞こえなかったから顔を寄せただけで」
「くはっ、音を遮断しているんだから顔を寄せても聞こえる訳がないだろう」
「そんなの知らないし。それよりも聞こえなさすぎて何が起こっても気がつかないんじゃない?」
艇の中と言えど何が起こるかわからない。眠っている間に取り返しのつかない状況にならないとも限らない。
「それはオレが知らせるから問題はない」
「知らせるって音魔法で?」
「ノン、隣で寝るんだから普通に起こせばいい」
「隣で? 俺、普通に寝たいんだけどなぁ。朝まで続くように魔法をかけて帰ってよ」
「おいおい、いくらオレが天才魔術師でもそんな都合よく遠隔でかけられ続けると思うのかい? キミの安眠のためにオレには寝るなと言うのか」
「そ、そういう訳じゃないけど。隣じゃなきゃだめなの?」
「はあ……キミがそんなに眠りたくないならオレはそれでも構わないんだが」
耳の奥がうるさい。また頭が痛くなってくる。
「いやいや、ごめん。わかった。俺は床で寝るからロベリアはベッドで寝て」
「一緒に寝ればいいだろう」
「男と添い寝なんかしたくないでしょ」
「ここのベッドは広いから2人で寝ても問題ないんじゃないか」
ここは臨時の部屋なので、どの種族が入ってもいいようにベッドもでかいものだった。端と端で眠れば体が触れ合うこともないだろう。問題がないと言えばない。これがウーノやシスやカトルだったらここまで悩まない。
耳鳴りが強まる。さっきの無音の状態が恋しい。ここで揉めて時間が経過しても無意味だ。
「わかった。お前の……ロベリアの希望に合わせるから……お願い、します」
「決まりだ。着替えてくる!」
妙に嬉しそうにしている。子供のお泊まり会じゃないんだぞと言ってやりたいが、機嫌を損ねて戻ってこなかった場合には眠れない日々が続いてしまう。
「うん……早く帰ってきて欲しいな〜」
首を傾けて弱々しく言ってみる。
「ウィ、勿論だ。急いで戻ってくるから待っていてくれ!」
軽やかに部屋を出て行ったロベリアは、ひょっとしたらスキップしていたかもしれない。なんにせよ急いではくれていたので一安心して大きく息を吐く。
体が重たい。座っていたベッドに倒れ込む。一緒に寝ると言っていたからベッドの奥側へ体を転がす。体を丸めて待つ。部屋をノックする音が聞こえたが立ち上がる気力がない。勝手にドアが開いて近づいてきた相手が顔を覗き込んでくる。
「酷い顔色だ」
額に手を当てられる。手のひらがやけに熱く感じ、自分の体が冷えていることに気がつく。
「……早く」
「あ、ああ! 任せてくれ」
パチンッという音と共に静かになった。荒くなっていた呼吸も整う。体の力が抜けていき、目を開けていられない。やっと眠れる。頭を撫でられているような感覚があるが意識が朦朧としていてはっきりとはわからない。
「ロベリア、ありがと……おや、すみ……」
それだけ言って意識は完全に途絶えた。