音探し 前編(ロベリア視点)
音探し 前編(ロベリア視点)
団長のおかげで自分自身が破壊される音が至高なのだと判明した。おかげでオレもタワーも常に幸福でいられる。団長の為に力を振るい穏やかな日々を過ごしている中で、己の上限を越えようと切磋琢磨している人々を見て閃いた。
この極上の幸せな音の数々も、より高みを目指すことも可能なのではないか。
この世界には多くの破裂音、衝撃音、粉砕音に溢れている。これまではあまり興味のなかった日常にある音にも深く関心を持つようになった。ポップコーンが弾ける音や、クッキーを砕く音も合わせると素晴らしいアルモニーを生み出してくれる。
ひとつ問題があるとすれば、物が崩れる瞬間は、その場にいても咄嗟に録音することが難しい場合があるということだった。
かといって能動的に破壊をするのは恩人の手前、多用できることではない。艇や街の中では許可を得てからでないと破壊をしてはいけないことになっている。そういった制限のある生活も楽しいが、今は効率良く多くの音を蒐集したい。
そこでいくつかの音を集めるためのクラポティを艇内にばら撒いた。稀に勘のいい者に見つかって壊されるクラポティもあったがそれはそれで良い音がしたので、残ったものだけで厳選していく。破壊音を探すのも大変だが、多くの人が生活している場所では人と人とがぶつかったり、物が壊れたりはそれなりに多くあって充実した時間を過ごせている。魔物を討伐する相談は、新たな破壊方法のヒントにもなる。発言している人物や人間関係には全く興味はなかった。ただ幸福に関する情報と破壊音だけをひたすら集めていた。
クラポティが発見されることが増えていき、団長に呼び出された。撤去を命じられ全てを消す。消す前までに集めた音を聞いていると、様子のおかしい人物を見つけた。
囁くような小さな小さな声で一人で会話をしている。それが破壊に関する話題だったので聞き入ってしまう。
「なんなの、ちょっと最近多くない?」
「君を観察しているとつい口出ししたくなってしまってね」
「俺はお前と違って暇じゃないの」
「そうだ、暇つぶしに俺が壊してしまったものの話でもしようか?」
「興味ない。さっさと消えて」
「まぁ、俺が見てると思うとゆっくり自慰も出来ないだろうし」
「はぁっ?」
「あぁ、そういうの逆に興奮する質だっけ」
「しないよ! 普通はそういう話題には触れないもんでしょ」
「尻を使う自慰は理解し難いが」
「あーーーっ! もうっ!」
ゴンッという鈍い音が続く。壁に頭を思いきり打ちつけたのだろう。素晴らしい音だ。
「いったぁ~」
「全く無駄なことを。おっとそろそろ時間切れのようだ。どうぞごゆっくり」
会話は終了したようで、その場から離れるように歩き出した。
「……あいつ、絶対に殺す」
よくはわからないが、なんて良い音だ。破裂を伴わなくてもこんなに素敵な音を出せるなんて。彼の骨が特別なのだろうか。壁は基本的にどこもそう変わらないはずだ。痛みを訴える間延びした声も、殺すと言った低い声もどちらも官能的で好ましい。この人物の出す音をもっと聞きたい。
問題は、この人物が誰だかわからないことだ。
団長に声を聞いてもらえばすぐだと思ったが、何故か聞いてくれない。耳の近くまで持ってはいけたが音が小さすぎて聞こえなかったようだ。他の団員も同様に協力してくれなかった。団長からオレが何を言ってもクラポティを聞かないようにと通達が出たらしい。
協力を得られないならばと、食堂や人の多く集まる場所で耳を澄ましてみたが声の主は見つからなかった。
同じ場所を通る可能性を考えて設置場所を張ることにした。人気のない通路の隅だ。この場所は人の通る場所から死角になっていて薄暗い。
壁をよく見るとほんの少し傷がついている。きっと、この場所に勢いよく頭を打ちつけたのだ。硬い騎空艇の壁に傷をつけるなんてどれだけ強く打ったんだろう。この場所からあの音が発せられたのかと思うと感慨深い。耳を壁に押し当てて、反対側の耳でクラポティを聞いて余韻に浸る。
「えっ、なにしてるの?」
両耳が塞がっていたせいで人が来ていたことに気がつかなかった。一般的に考えると奇行に分類される行為を見られたことに対する驚きよりも、聞き覚えのある声に驚く。
「キミは……」
「ああ、ちゃんと挨拶するのは初めてかな。俺は十天衆頭目、天星剣王のシエテだ」
「ロベリアだ」
笑みを浮かべてはいるが、観察するような目でこちらを見ている。
「それで、ここで何を?」
「キミがこの壁に頭を打ちつけた音を聞いていたんだ」
手に持ったクラポティを見せる。
「あー、最近あった盗聴事件の」
にこやかな顔が、一気に軽蔑する表情へと変わった。心なしか周囲の気温が下がる。咄嗟に指を鳴らしてクラポティを消した。折角のコレクションを壊される訳にはいかない。
「何かが壊れる音か、破壊方法に関する会話しか聞いていない。プライバシーは守られている」
「そういう問題じゃないんだけど……ねぇ、どこから聞いてた?」
シエテが一歩こちらに近づいてくる。後退りすると壁に背がつく。
「キミが誰かと話していた辺りから」
「話していたっていうけど、まさかその内容も録音してあるの?」
「ああ、キミが話していた壊してしまったものの……」
通路いっぱいに青く輝く剣が現れ、全ての剣先がオレの体に向けられる。逃げる場所はない。距離が近いせいでタワーに破壊されている余韻の方と入れ替わる隙もない。ここで滅多刺しにされると後処理が面倒だ。
「消せ」
本気の要求だ。目がそう言っている。
しかし、それを飲むわけにはいかない。
「待ってくれ。キミが壁に頭を打ちつけた音は、他にはないパルフェな音なんだ」
返答はない。無言のままこちらを睨みつけている。
身長はほぼ変わらない。むしろこちらの方が僅かに高いはずなのに、見下ろすような冷えきった目をしている。
「オーララ……消さないという選択肢はないのか」
「死にたいようだね」
剣の形をしたエネルギーの塊が近づいてくる。
「オレはやろうと思えば今すぐに音を拡散出来る」
やったことはないし、やる気もないが、やれないことはないはずだ。
「この状況で脅迫?」
「誰にも言わない。一人で楽しむ」
目の前の人物は面白い。気に入った。ますます消したくない。適当に消したと言ってしまおうか。
「だめだ。消せ」
片手を顔の横に叩きつけてきた。硬い壁がガンッという音を鳴らす。相手の呼吸が聞こえそうなほど顔が近い。
不意に閃いた。彼が奏でる物理的に発生する音は素晴らしい。ならば彼自身の肉体が発する音も良い可能性があるのではないか。手っ取り早く抱きついて、背中の中心に手を当てた。マントと鎧越しに心臓の鼓動を感じ取る。思ったとおり力強く脈動している。
「セボン、いい音だ。きっとキミは骨だけでなく筋肉や内蔵も特別なんじゃないか」
シエテの体が強張った後、大きく息を吐いて脱力した。剣も消えて周囲が暗くなった。
「ひょっとして今も録音してるの?」
「ああ!」
「面倒だなぁ。今すぐ殺したい」
「でもキミはオレを殺さない。ましてやこの艇の中で、そんな無粋な真似をする訳がない」
剣も収めてくれたし、こうして音を聞いている行為を邪魔せずにいてくれている。このまま力を込めていって鎧ごと締め潰すことが出来ればいいが、タワーじゃあるまいしそんなことは出来ない。とても残念だ。
「なにが望みなんだよ」
「もっとキミの音を聞きたい」
シエテの個人的な情報を詳しく知りたくて、クラポティに録音されていた会話の内容を思い出していく。
「くはっ、そういえば」
「なに」
「尻を使う自慰というのは、どういう意味なんだ?」
問うや否や、振りかぶって頭突きをされた。痛みと共に幸福の音が響く。
廊下に放り投げられて転がっているうちに去っていってしまう。赤くなった顔が目に焼きついている。床に響く靴音を聞きながら、頭に残る余韻に陶酔した。