音探し 後編(シエテ視点)
音探し 後編(シエテ視点)
朝食を食べ終えて自室のベッドに腰掛けて寛いでいると、ノックと同時に部屋のドアが開いた。
「サリュ、シエテ」
訪問者と目を合わせないように無視していると、腰に腕を巻き付けられ、腹部に耳を当てられる。
「トレビアンッ! 今日も良いアルモニーを奏でているね」
気にしてはいけない。やめろと声をあげてもいけない。殴るなんてもってのほかだ。喜ばせるだけで終わる。頭突きを食らわせたのが最後の決め手だったらしい。俺に触れられて発生する音が一番良かったと言っている。
「くはっ、ふふっ」
何が楽しいのか一人で笑っているのを放置していると、満足したのか腿に頭を乗せてこちらを見上げてくる。嫌な予感しかしない。目を合わせないとずっとこのまま居座りそうで、しぶしぶ目線を向けた。
「今晩、デートしよう」
どうしてお前とデートなんてしなきゃいけないんだと言いたいところだが断れない。行くしかない理由がある。悲しいことに弱みを握られている。
「また後で迎えに来るよ。アビヤント」
拒否権はない。目を逸らせて頷いた。
部屋を出ていく際に自然とドアに目が向いて、振り向いたロベリアと目が合う。手を振りながらウインクをしてくる。ほんの少しだけ心臓がキュッと縮むが、気の所為だと自分に言い聞かせる。ロベリアと接していると、今までに感じたことのない処理できない感情を持て余して苛立つ。
ロベリアと人通りの少ない廊下で出会った翌日に団長に呼び出された。
その廊下は、自分に用意された部屋に向かう途中にあり、一息吐くには丁度良かった。疲労や痛みを部屋まで堪えきれない時、ほんの数秒だけ立ち止まって息を整えるにはお誂え向きの暗さと静けさがあった。他にもその場所で立ち止まる人はいるようで、見かけたらその人物のことを気にかけるようにはしていた。あの日はその場所の壁に張り付いている人影があり、あまりの異様さについ声をかけてしまった。あの場で声をかけずにいればよかったのか、それとも声をかけて2人きりで邂逅出来たのが幸いだったのかはわからない。
問題はそれよりももっと前にやらかしていた。警戒を怠って標神と白昼堂々と会話をしてしまったなんて。もっとも、盗聴などという真似が出来るのは全空の中でも限られているとしても己の不手際だった。
呼び出された場所に行くと、団長を含む複数人に囲まれて、ロベリアと暗がりで抱き締め合っていたのはどういうことだと問い詰められた。抱きつかれただけだと主張したが、壁ドンしていたという意図していなかった単語まで飛び交った。その前の剣拓で取り囲んでいた辺りは見られておらず、頭突きをして投げ飛ばしたのは過激な恋人同士のやり取りがあったに違いないと、本人そっちのけで盛り上がってしまった。
説明のしようがない。適当にはぐらかすにも先日のやり取りは異常な状況で、下手をすると標神の存在について周囲に広まってしまう。
どうしたものか考えていると、ロベリアがやってきて同じように囲まれた。余計なことを言わないように睨む前で、オレとシエテはそういう仲なんだと軽く言ってのけた。それがあまりにも堂々としていたからやはり恋人同士なんだと納得されて解放された。
当事者2人だけがその場に残る。手が伸びてきたので身を翻して避けた。
「今日も良い音をしているのか、確認したかっただけだ」
睨みつけると、ロベリアは肩をすくめて口を開いた。
「そうだ、キミの部屋でゆっくり鑑賞しよう。ふたりきりになれる場所じゃないとキミには都合が悪いようだし」
「はぁ?」
「それとも、オレの部屋の方がいいかい?」
どちらがいいか考えるまでもなく、自分の部屋に向かって歩き出した。何も言わずに後ろに付いてくる男の気配にうんざりしながらため息を吐く。各所への対応も言い含める必要がある。
話していて異常さに困惑を覚える。本当に音にしか興味がないようだ。標神と会話をしていたところを聞いているのに、誰と話をしていたのか一切興味を示さないのはありがたい。部屋にやってくるのを拒まず、くっついて音を聞くだけで満足して帰ってくれるので好きにさせた。他人に迷惑をかけず、大人しく過ごしていれば誰にも何も言われることもない。
何が良いかは理解出来ないが、褒められることは不快ではなかった。肉体のメンテナンスには抜かりないし、自身の体に自信がある。全肯定される時間があってもいいと思えるほどには共に時間を過ごした。絆されている自覚はある。今だって鎧ではなく新しく買ったばかりの服で、これから行く場所やロベリアの反応を見てすぐに着替えられるようにもしている。
剣を抜いて刃を見つめる。頭を悩ます存在を全て斬り捨ててしまいたい。そんなことをしたら別の可能性の自分と同じことになるから絶対にしたくない。こうやって一人で悶々と考え過ぎて誰にも話すことが出来ず、憂さ晴らしに聞き齧った尻を使った自慰をしたせいで厄介な事態に陥っている。上手くいけばとんでもなく気持ちが良いと聞いて興味を持っただけで単なるストレス発散で、自由に剣を振れる環境ではない時に数回しただけだ。自分でしてこれだけ気持ちが良いなら、誰かにされたらどうなってしまうのかと怖くも思っている。特にハマってる訳じゃない。毎回、終わった後に後悔もしてる。
全部、標神と名乗るあいつが悪い。ごめんねと言って暫く接触してきていないので当たり散らすことも出来ない。
素振りでもしようと構えたところでドアがノックされた。納剣し終えてもなかなか部屋に入ってこない。こちらからドアを開けると、ロベリアが満面の笑みを浮かべて両手で花束を抱えている。待ち合わせ先ではなく自室での待ち合わせなら花束のプレゼントも悪くはないと少しだけ関心してしまう。花に興味なんて全くないのに、嬉しいと思ってしまったことが悔しい。
「サリュ、シエテ。午前ぶりだね。デートの為に用意してくれたのかい? 似合っているよ」
花束を受け取って、テーブルの上に置く。花瓶なんて気の利いたものはない。花瓶を選んで買う余裕があるプランだろうか。
「どこに行くの」
「そうだな……うーん……」
ちらちらとこちらを見ながら、片手で顔を覆って唸りはじめた。
「ひょっとして、まだ決めてなかった?」
「ノンノン、決めていたんだがキミを見たら予定を変更したくなってしまって」
急に近づいてくる。また音が聞きたいとでも言い出すのかと身構える。
「なんだよ」
両頬を手で包まれた。ゆっくりとロベリアの顔が近付いてきて唇が重なる。今までにない接触に言葉を失い、立ち尽くすことしか出来ない。
「オレの部屋に来ないか?」
言うなり尻を掴まれて体が強張る。
「どうして」
「キミは自慰をする時にこっちを使うんだろう」
「違う、あれはストレスが溜まった時に……偶にだから……」
手の甲で口を拭う。そのまま表情を見られないように口元を隠して顔を背けた。
「なかなか情報が集まらなくて、時間がかかってしまった。デートを楽しんだ後にと思っていたんだが、我慢出来そうにない」
「さっきから何を言って……」
向き合うとロベリアの頬は赤らみ、口角が上がって恍惚の笑みを浮かべている。
「くはっ! いつも言っているだろう。音が聞きたい。それも、とびきり極上の幸福の音を。肉と肉がぶつかり合う音を感じれるだなんて、想像しただけで……トレッビアンッ!」
ロベリアの言葉の意味する光景を鮮明に想像してしまい喉が鳴る。自分でするよりも強い快楽への期待に腹の奥が熱くなっていく。我慢出来ずに手を伸ばしてロベリアの服の裾を引っ張る。
「そこまで言うならしてあげてもいいけど。別に部屋を移動する必要もないよね」
下手に移動して誰かに見られると面倒だ。必要なものはここに揃っている。合理性を求めているだけで、決して移動時間を我慢出来ない訳じゃない。
「くはっ、あははっ! キミと一緒に音が作れるなんて光栄だよ、シエテ」
嗅ぎ慣れない花の匂いを感じながらベッドに腰かける。ストレス発散に少しだけだからと自分に言い聞かせて、伸びてくる手を受け入れた。