空気や水の流れは、穏やかな河川の流れからジェット機の翼周りの流れに至るまで様々な様相を見せます。 これらの流体運動の「乱れ」はレイノルズ数と呼ばれるパラメータ値によって特徴付けられます。このレイノルズ数をどんどん大きくしていった時、流体の運動はどのような究極の姿を見せるのでしょうか?流体の運動は十分大きなレイノルズ数においても、ナビエ・ストークス方程式と呼ばれる運動方程式によって記述される事が良く知られています。つまり、乱流の性質を知りたければ、この方程式を理論的、もしくは数値的に解析すれば(数値シミュレーションを行えば)よいのです。
我々は、十分に乱れてはいるが、理論的な解析が比較的容易な「理想的な究極の乱流状態」を計算機の中で実現し、その乱れの基本的な性質を解明することを目指して、 乱流及び乱流中の熱・物質輸送に関する大規模並列直接数値シミュレーションを行っています。近年急速に発展しつつあるスーパーコンピュータを駆使して、流れの大規模並列計算を実行するためのプログラムを開発し、乱れに潜む構造とその統計性質の解明を目的とした研究に取り組んでいます。
図1は全計算領域をある面で切った際の2次元断面において、散逸の強い領域を可視化したものです。図2は、左図のある1/16領域を拡大したものです。スカラー場の強い散逸が生じる領域が2次元断面内では紐状の入り組んだ構造をとることがわかります。散逸が生じる領域のフラクタル次元は2に近いことが推察されます。
実験または数値シミュレーションで得られた瞬間的な流れ場の様子を可視化してみることで、我々はその様子をつぶさに観測することができます。また時々刻々変化していく複雑な流れ場の様相を眺めていると、そこから乱流の様々な性質について興味を掻き立てられます。さて、ある時刻における流れ場の様子(ある時刻における流速)が知れたとき、後の時刻の流れ場がどのようになるか、を予測することは可能でしょうか?極めて短い時間経過後であれば、ある程度の予測が可能である事は想像できますが、時間経過が長くなるにつれてそれは難しくなっていきます。これは、乱流が「カオス」の性質を持つ事に起因しています。また乱流の物理過程は、大きなスケールでかき混ぜられた乱れのエネルギーが、運動を支配するナビエ・ストークス方程式の強い非線形性によって小さなスケールへと輸送され、やがて熱へと散逸される、いわゆる「エネルギーカスケード過程」により支配されます。このように流体乱流は巨大な自由度を持った"非線形"且つ"非平衡"系の典型的な例といえるでしょう。非線形非平衡系である乱流の揺らぎの性質を理解するためには、乱流場の平均的な振る舞いの傾向を見る必要があります。つまり、揺らぎの統計性質を議論する事が必然的に有効なアプローチの方法になります。基礎方程式を足がかりにして、乱流の統計的な性質を予測しようというのが、乱流の統計理論の大きな目標になります。本研究室では、乱流場の統計法則を導く理論の構築、用いる近似とその検証、乱流モデルへの応用、等を目指して、非線形物理学、力学系理論、非平衡統計力学の知見を取り入れながら、より精密な乱流統計理論の構築を目指しています。
当研究室の教員と共同研究グループが、現在力を入れて取り組んでいる主な研究テーマです。
渡邊・齋藤・慶應大・核融合研・兵庫県立大 etc.
乱流の大きな特徴は、さまざまな物質を運び、混ぜ合わせる働きをもつことです。雲の中で水滴が成長して雨粒になっていく過程は、その最も劇的な例といえます。雲は半径10μm程度の無数の微小な水滴の集団であり、エアロゾルを核として生まれた雲粒子は、乱流によって周囲の乾いた空気や湿った空気と激しくかき混ぜられながら、蒸発と凝結を繰り返し、やがて衝突・合体を経て雨粒へと成長していきます。このとき雲粒子の成長を左右するのは、粒子が乱流の中を漂いながら刻々と経験する水蒸気の過飽和度であり、その揺らぎは乱流の渦運動や間欠性と密接に結びついています。さらに乱流は、一方的に物質を運ぶだけの存在ではありません。雲粒子が凝結時に放出する潜熱がつくる浮力や、粒子が流れから受ける抵抗の反作用を通じて、乱流そのものが物質から影響を受けて変調されます。運ぶ側と運ばれる側が互いに作用し合う、この双方向の相互作用こそが雲乱流の難しさであり、私たちが最も面白いと感じている点でもあります。
この現象が手強いのは、関わるスケールが極めて広いことにあります。雲乱流はサブマイクロメートルのエアロゾルから数千キロメートルにおよぶ大気の渦まで、桁違いに異なる大きさの運動が絡み合って成り立っており、最大規模のスーパーコンピュータを用いても、そのすべてを一度に解くことはできません。そのため現在の気象・気候予測では、未解像のスケールを経験的なパラメータや現象論的なモデルで代用せざるを得ず、これが予測の不確かさをもたらす最大の要因のひとつとなっています。だからこそ、限定したスケールの中で雲乱流と雲粒子の成長を物理法則に従って忠実に再現できれば、雲の成長や降雨の形成について、これまで得られなかった多くの知見が得られると考えています。
そこで私たちは、乱流モデルに頼らずに流れ・温度・水蒸気の場を直接数値的に解き、そこへ生成・凝結・衝突・合体をともなう膨大な数の雲粒子を組み込んだ「雲マイクロ物理シミュレータ」を用いて研究を進めています。連続体である場をオイラー的に解く一方で、個々の雲粒子はラグランジュ的に追跡し、両者を結合することで、ミクロな粒子の振る舞いとマクロな乱流場の相互作用を一貫して捉えます。こうした大規模シミュレーションと統計理論を両輪として、雲乱流における混合輸送現象を解明し、得られた理解を巨視的な数理モデルとして再構成して、予報・気候モデルの改良へとつなげていくことを目指しています。
左図:雲の中で起こるさまざまな現象と、雲マイクロ物理シミュレータの概念図
乱流・温度・水蒸気の場の中で、エアロゾルから生まれた雲粒子が蒸発・凝結・衝突・合体を繰り返し、雨粒へと成長していく様子を表しています。計算領域はコルモゴロフ長(η ≈ 1 mm)を解像する格子で、約1m四方の雲乱流を扱います。
右図:雲マイクロ物理シミュレータによって再現された水滴の成長の一例
白い点は水滴を、青い色は水蒸気を表しています。
渡邊・齋藤
流体中に小さな固体粒子や高分子鎖の集団が存在する場合、これらは乱流によって空間の広い領域に拡散・輸送されます。この拡散・輸送の統計性質は、考える物質の物性や流れ場の構造によって大きく異なりますが、例えば大気中のエアロゾルや汚染物質が空間的にどのようなに広がり、またどのような流れの領域でその密度が大きくなるのか?を正確に予測することができれば、環境変動の予測に十分意義がある知見を提供できるでしょう。また乱流中にわずかな高分子を加えるだけで、劇的な乱流抵抗低減が生じることが知られていますが、このメカニズムの詳細を理解するためには、乱流中における高分子鎖の振る舞いと、その乱流への影響をミクロな視点から理解する必要があります。
本研究室では、乱流中の固体粒子や高分子鎖が、 乱流によりどのような拡散・輸送を示し、また物質が有する内部自由度の運動が、流体のマクロ運動の性質と結合して乱流状態の統計性質や場の構造形成にどのような影響を及ぼすのか?ついて理論・数値シミュレーションを用いた解析を行っています。
赤い点が1つの粒子を表しており、図は3次元空間内に分布する粒子のうち、5η(ηは散逸長)程度の厚さの層の中に存在する粒子について可視化したものです。三つの図の違いは、固体粒子の密度の違いに起因するものであり、左から右にいくにつれて質量の重い粒子の運動を表していることになります。粒子の質量に応じて、粒子の空間分布の構造が大きくことなることがわかります。
齋藤
コーヒーにミルクが広がるように、乱流は熱や物質をきわめて効率よくかき混ぜます。なかでも、海水の塩分や水中の微粒子のように拡散がとても遅い物質(高シュミット数のスカラー)がどのように混ざるのかは、海洋・大気から化学工学まで幅広い現象に関わる、乱流研究の根源的な問題です。ところがこの問題は、ごく小さなスケールにまで細かな構造ができてしまうため、まともに計算しようとすると天文学的な数の格子点が必要になり、最先端のスーパーコンピュータでも容易には歯が立ちません。
本研究室では、この壁を越えるために、スカラーを格子の上で解くのではなく、無数の粒子一つひとつに乗せて運び、その情報をあとから格子へ写し取る、という新しい数値計算手法を開発してきました。これは、雲の中を漂う水分量を観測タワーで測るのと同じ発想で、膨大なメモリを「たくさんの粒子と長時間の積分」で置き換える点に特徴があります。この方法により、理論が予言する乱流混合の普遍法則(バチェラースペクトルなど)を世界最高水準の計算で再現することに成功しました。乱流がどのように物質を運び、プラトーやシート状の界面といった特有の構造を作り出すのか、その本質を理論・数値シミュレーションの両面から追究しています。
赤と青の濃淡は、スカラーが平均より大きいか小さいかを表します。三つの図の違いは、場を運ぶ粒子の数(数密度)の違いに起因しており、図A-1から図A-3へいくほど粒子の数が少なくなっています。粒子が十分に多い図1では、なめらかな連続した場として、乱流に特有の広い平坦域(プラトー)や急峻な界面(フロント)がくっきりと描き出されます。一方、粒子が少ない図A-3では、粒子が"粒"であることに由来する砂嵐のような雑音が強まり、本来の構造が見えにくくなります。スカラーを粒子に乗せて運ぶという本手法の特徴と、必要な粒子数の目安が、この一枚から直感的に読み取れます。
渡邊・福岡大 etc.
我々が生活する世界の空間次元は3であり、その中で観測される流体運動は3次元空間で定義されるものを考えれば十分でしょう。しかし、例えば地球規模の大規模な流体運動を考えて見ると、大気層の厚さが数キロメートルのスケールであるのに対して、大気や海洋の地球を循環する大規模流動のスケールは数千キロメートルにも及びます。つまり水平方向の運動スケールに比べて、鉛直方向の運動スケールは極端に短いことがわかります。このように制限された流体の運動は、近似的に2次元の流体運動として扱うことができます。2次元系における乱流は、3次元系で知られているそれの性質とは大きく異なる独特の乱流特性を示すことが知られており、単なる3次元の亜流ではない、それ自身が非常に興味深い乱流研究の対象であるといえるでしょう。我々は地球流体力学で現れるいくつかの2次元流体系において、その乱流状態における輸送特性を統一的に説明する理論の構築と、その数値シミュレーションによる検証を通して、2次元乱流のより深いレベルでの理解を目指しています。
一方で、極めて非現実的ではあるけれども、3次元より大きな次元を持つ空間における流体運動というものを理論上考えることができます。例えば4次元の世界における流体の乱流状態というのは、3次元のものと比べてどのような違いを有するのでしょうか?統計力学における相転移の臨界現象では、空間次元によって相転移の振る舞いや臨界現象を特徴付けるスケーリング則は大きく異なることが知られており、空間次元の違いは決定的に重要になります。3次元の世界で確立された乱流の基本的な概念が、一般的な次元でも通用するかどうかを調べることは、流体力学及び、乱流の統計法則に潜む「普遍的なアイデアや枠組み」をより深く理解するために重要なアプローチ法の1つであるといえます。本研究室では、4次元乱流における場の構造と揺らぎの統計性質について、理論・数値シミュレーションによる研究を行っています。3次元乱流で得られた結果との比較を通して、空間次元の違いが乱流運動の素過程に及ぼす影響を調べています。
三つの場の様子の違いは、基礎方程式に含まれるパラメータ値の違いによるものです。このパラメータ値によって、スカラー場の輸送特性は大きくことなります。つまり、左図では小さなスケールの渦構造が観察されますが、右図ではこれは観測されず、ストライプ状の構造が顕著になります。これは、大きなスケールでのかき混ぜによるスカラー量の輸送が、小さなスケールにまで及ぶ範囲の程度が、パラメータ値によって異なる事に起因しています。
齋藤・山形大・日本大 etc.
誕生直後の宇宙は、超高温・高エネルギーの状態から冷えていく過程で、何度も「相転移」を経験したと考えられています。水が氷へ姿を変えるように、宇宙の真空そのものが相転移を起こすと、そのときできる"キズ"として、宇宙ひも(ストリング)やドメインウォール(壁)といったトポロジカル欠陥が宇宙に刻み込まれます。これらは直接目で見ることはできませんが、運動すると重力波を放つため、近年観測が進む重力波背景放射の有力な発生源として注目されています。つまりトポロジカル欠陥は、加速器でも決して到達できない初期宇宙の超高エネルギー領域を探るための窓になりうるのです。
本研究室では、素粒子論的宇宙論を専門とする理論研究者と共同で、複数のスカラー場が順番に相転移してできる、宇宙ひもとドメインウォールが互いに絡み合った「複合欠陥」を研究しています。一つひとつの欠陥は単独では不安定でも、適切に組み合わさると壊れない構造体になります。こうした不思議な安定性が、真空のもつ幾何と深く結びついていることを明らかにしてきました。私たちがこの共同研究に持ち込むのは、乱流の研究で培ってきた大規模並列シミュレーションの技術です。一見かけ離れて見える「乱流」と「初期宇宙」ですが、流れを記述する方程式も、宇宙の場を記述する方程式も、ともに支配方程式を格子の上で差分化し、スーパーコンピュータで一気に解くという点では、まったく同じ土俵の上にあります。だからこそ、流体シミュレーションで磨かれた知見が、そのまま宇宙の謎を解く武器になるのです。
こうして私たちは、第一原理の大規模シミュレーションによって、これらの欠陥がどのように生まれ、絡み合い、時間とともに進化していくのかを丸ごと追跡しています。その先に見据えているのが、観測との照らし合わせです。すでに成果を上げているパルサータイミング観測(NANOGravなど)に加え、ESA(欧州宇宙機関)が主導する世界初の宇宙重力波望遠鏡LISAが、2035年ごろの打ち上げを目指して動き出しています。こうした次世代の観測が宇宙の重力波を本格的に動き始めるその前に、理論的な予測をしっかりと立てておく。それによって、観測データが届いたときに初期宇宙の謎を解き明かす。私たちの研究は、そこに向けた準備を行っています。
図は膨張する宇宙の一断面を切り出したもので、+と×の印は宇宙ひも(互いに巻き方が逆向きの2種類のひも)が紙面を貫いている位置を、赤い線はそれらを結ぶドメインウォールを表しています。三つの図は時間の流れ(左→右)を示しており、相転移の直後は一様なゆらぎだった場(左)から、やがてひもと壁が結びついたネットワークが自発的に立ち現れ(中)、時間とともに壁の張力で引き寄せられながら本数を減らし、整理されていく(右)様子が見てとれます。
Front-Tracking法による気泡群の挙動解析のための高精度・高効率計算手法の開発
せん断流れ中における鎖状高分子の切断過程のブラウン動力学シミュレーション
円管内乱流の直接数値シミュレーション
レイリーベナール対流の大規模並列シミュレーションによる熱輸送の研究
乱流による粒子輸送に関する並列計算コードの改良とその応用
テイラー-クエット乱流における不確実性の生成とその特性に関する数値的研究
微小固体粒子群による乱流変調解析のための非擾乱速度評価に関する研究
等方乱流中のマイクロバブル群の局在化に関する数値シミュレーション
テイラー・クエット乱流の大規模直接数値シミュレーションによる解明
大規模室内空間における熱対流
回転二重円筒管内の熱対流の大規模シミュレーション
テイラー・クエット乱流の並列化計算コードの開発
乱流と非球形粒子群の相互作用に関するシミュレーション研究
室内における人体回りの湿潤空気流動と人体表面温度の数値解析
流中の質点粒子に働く抗力の高精度計算の検討
回転二重円筒管内の熱対流の大規模シミュレーション
乱流中のマイクロバブルの挙動のシミュレーション解析
雲乱流中で衝突・合体する雨粒の粒径分布スペクトルの数値シミュレーション
周期的に配置された固体粒子による乱流変調のシミュレーション研究
室内の湿潤熱対流と水滴蒸発の数値シミュレーション
粘弾性流体モデルを用いた弾性乱流の直接数値計算
曲がり管ダクト内流れの粒子輸送シミュレーション
湿潤空気の乱流場における雲粒子成長のシミュレーション
回転系における乱流場とパッシブスカラー場の非等方性
雲乱流における雲粒子衝突確率
円柱に働く流体抵抗への高分子の影響
雲乱流における超水滴法と直接数値計算法の比較
回転乱流におけるエネルギー輸送と非等方性
平行平板間乱流に添加された高分子が乱流統計量に及ぼす影響
粒子周りの流れを解像した直接数値計算を用いた質点粒子群による乱流変調の検証
乱流の小渦シミュレーション
雲乱流の可視化
乱流と固体粒子群の相互作用に関する大規模シミュレーション
2次元ポアズイユ流の安定性