渡邊・齋藤研の研究テーマ

[1] 乱流の大規模数値シミュレーション

 空気や水の流れは、穏やかな河川の流れからジェット機の翼周りの流れに至るまで様々な様相を見せます。 これらの流体運動の「乱れ」はレイノルズ数と呼ばれるパラメータ値によって特徴付けられます。このレイノルズ数をどんどん大きくしていった時、流体の運動はどのような究極の姿を見せるのでしょうか?流体の運動は十分大きなレイノルズ数においても、ナビエ・ストークス方程式と呼ばれる運動方程式によって記述される事が良く知られています。つまり、乱流の性質を知りたければ、この方程式を理論的、もしくは数値的に解析すれば(数値シミュレーションを行えば)よいのです。

 我々は、十分に乱れてはいるが、理論的な解析が比較的容易な「理想的な究極の乱流状態」を計算機の中で実現し、その乱れの基本的な性質を解明することを目指して、 乱流及び乱流中の熱・物質輸送に関する大規模並列直接数値シミュレーションを行っています。近年急速に発展しつつあるスーパーコンピュータを駆使して、流れの大規模並列計算を実行するためのプログラムを開発し、乱れに潜む構造とその統計性質の解明を目的とした研究に取り組んでいます。

(図)本研究室で行った2048^3格子点数を用いた世界最大規模の乱流輸送直接数値シミュレーション(2008年2月当時)により得られた、ある時刻におけるスカラー散逸場で形成される構造の可視化図を表します。左図は全計算領域をある面で切った際の2次元断面において、散逸の強い領域を可視化したものです。右図は、左図のある1/16領域を拡大したものです。スカラー場の強い散逸が生じる領域が2次元断面内では紐状の入り組んだ構造をとることがわかります。散逸が生じる領域のフラクタル次元は2に近いことが推察されます。

[2] 乱流の統計理論

 実験または数値シミュレーションで得られた瞬間的な流れ場の様子を可視化してみることで、我々はその様子をつぶさに観測することができます。また時々刻々変化していく複雑な流れ場の様相を眺めていると、そこから乱流の様々な性質について興味を掻き立てられます。さて、ある時刻における流れ場の様子(ある時刻における流速)が知れたとき、後の時刻の流れ場がどのようになるか、を予測することは可能でしょうか?極めて短い時間経過後であれば、ある程度の予測が可能である事は想像できますが、時間経過が長くなるにつれてそれは難しくなっていきます。これは、乱流が「カオス」の性質を持つ事に起因しています。また乱流の物理過程は、大きなスケールでかき混ぜられた乱れのエネルギーが、運動を支配するナビエ・ストークス方程式の強い非線形性によって小さなスケールへと輸送され、やがて熱へと散逸される、いわゆる「エネルギーカスケード過程」により支配されます。このように流体乱流は巨大な自由度を持った"非線形"且つ"非平衡"系の典型的な例といえるでしょう。非線形非平衡系である乱流の揺らぎの性質を理解するためには、乱流場の平均的な振る舞いの傾向を見る必要があります。つまり、揺らぎの統計性質を議論する事が必然的に有効なアプローチの方法になります。基礎方程式を足がかりにして、乱流の統計的な性質を予測しようというのが、乱流の統計理論の大きな目標になります。本研究室では、乱流場の統計法則を導く理論の構築、用いる近似とその検証、乱流モデルへの応用、等を目指して、非線形物理学力学系理論非平衡統計力学の知見を取り入れながら、より精密な乱流統計理論の構築を目指しています。

[3] 温度・磁場変動を伴う乱流

 鍋に水を張り鍋底を熱すると、温められた下端の水は上昇し、また上端の冷たい水は下降するというプロセスを繰り返す「対流運動」が生じます。底の温度を上昇させるにつれ、この対流運動は激しさを増していき、やがて流れは乱れた状態(乱流)へと遷移していきます。このような熱による対流運動とその乱流への遷移に見られるように、熱を伴う流体運動では、流体と熱との相互作用がその乱流状態の性質を決定する上で重要な役割を果たすようなります。また太陽表面におけるフレアの爆発に代表される磁力線の活動においては、電荷を帯びた流体(電磁流体)が磁場中を運動するために、流体にはローレンツ力が働き、通常の中性流体とは異なる振る舞いを示すようになります。温度変動磁場変動を伴う乱流は応用上も極めて重要な研究テーマであり、本研究室ではこれらの系の基礎的な乱流性質を、直接数値シミュレーションによる解析により理解することを目標にしています。

(図)本研究室で行った乱流輸送シミュレーションにより得られた、ある時刻における渦度場の等値面(緑)と、温度場の等温度面(赤:正値、青:負値)の3次元可視化図を表しています.チューブ状の渦構造の周りに等温度場面がシート状に巻きついている様子が観測できます。この計算では、温度場の揺らぎは速度場には影響しない"パッシブスカラー"として取り扱ったものです。

[4] 乱流中の小さな物体の運動とその乱流への影響

 流体中に小さな固体粒子や高分子鎖の集団が存在する場合、これらは乱流によって空間の広い領域に拡散・輸送されます。この拡散・輸送の統計性質は、考える物質の物性や流れ場の構造によって大きく異なりますが、例えば大気中のエアロゾルや汚染物質が空間的にどのようなに広がり、またどのような流れの領域でその密度が大きくなるのか?を正確に予測することができれば、環境変動の予測に十分意義がある知見を提供できるでしょう。また乱流中にわずかな高分子を加えるだけで、劇的な乱流抵抗低減が生じることが知られていますが、このメカニズムの詳細を理解するためには、乱流中における高分子鎖の振る舞いと、その乱流への影響をミクロな視点から理解する必要があります。

 本研究室では、乱流中の固体粒子や高分子鎖が、 乱流によりどのような拡散・輸送を示し、また物質が有する内部自由度の運動が、流体のマクロ運動の性質と結合して乱流状態の統計性質や場の構造形成にどのような影響を及ぼすのか?ついて理論・数値シミュレーションを用いた解析を行っています。

(図)本研究室で行った、乱流中の固体粒子の拡散シミュレーションの様子を表します。赤い点が1つの粒子を表しており、図は3次元空間内に分布する粒子のうち、5η(ηは散逸長)程度の厚さの層の中に存在する粒子について可視化したものです。三つの図の違いは、固体粒子の密度の違いに起因するものであり、左から右にいくにつれて質量の重い粒子の運動を表していることになります。粒子の質量に応じて、粒子の空間分布の構造が大きくことなることがわかります。

[5] 空間次元の乱流への影響 (2次元、及び4次元空間における乱流)

 我々が生活する世界の空間次元は3であり、その中で観測される流体運動は3次元空間で定義されるものを考えれば十分でしょう。しかし、例えば地球規模の大規模な流体運動を考えて見ると、大気層の厚さが数キロメートルのスケールであるのに対して、大気や海洋の地球を循環する大規模流動のスケールは数千キロメートルにも及びます。つまり水平方向の運動スケールに比べて、鉛直方向の運動スケールは極端に短いことがわかります。このように制限された流体の運動は、近似的に2次元の流体運動として扱うことができます。2次元系における乱流は、3次元系で知られているそれの性質とは大きく異なる独特の乱流特性を示すことが知られており、単なる3次元の亜流ではない、それ自身が非常に興味深い乱流研究の対象であるといえるでしょう。我々は地球流体力学で現れるいくつかの2次元流体系において、その乱流状態における輸送特性を統一的に説明する理論の構築と、その数値シミュレーションによる検証を通して、2次元乱流のより深いレベルでの理解を目指しています。

 一方で、極めて非現実的ではあるけれども、3次元より大きな次元を持つ空間における流体運動というものを理論上考えることができます。例えば4次元の世界における流体の乱流状態というのは、3次元のものと比べてどのような違いを有するのでしょうか?統計力学における相転移の臨界現象では、空間次元によって相転移の振る舞いや臨界現象を特徴付けるスケーリング則は大きく異なることが知られており、空間次元の違いは決定的に重要になります。3次元の世界で確立された乱流の基本的な概念が、一般的な次元でも通用するかどうかを調べることは、流体力学及び、乱流の統計法則に潜む「普遍的なアイデアや枠組み」をより深く理解するために重要なアプローチ法の1つであるといえます。本研究室では、4次元乱流における場の構造と揺らぎの統計性質について、理論・数値シミュレーションによる研究を行っています。3次元乱流で得られた結果との比較を通して、空間次元の違いが乱流運動の素過程に及ぼす影響を調べています。

(図)本研究室で行った、一般化された2次元流体系(α乱流系と呼ばれる)の直接数値シミュレーションにより得られた、ある時刻におけるスカラー場の様子を表しています。三つの場の様子の違いは、基礎方程式に含まれるパラメータ値の違いによるものです。このパラメータ値によって、スカラー場の輸送特性は大きくことなります。つまり、左図では小さなスケールの渦構造が観察されますが、右図ではこれは観測されず、ストライプ状の構造が顕著になります。これは、大きなスケールでのかき混ぜによるスカラー量の輸送が、小さなスケールにまで及ぶ範囲の程度が、パラメータ値によって異なる事に起因しています。

[6] 研究室の学生の研究テーマ

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