内藤研の研究テーマ
[1] 渦輪とは?
「渦輪」とは,細長いチューブ状の渦領域が閉じたループを形成しているものです。皆さんは竜巻やつむじ風など,渦巻を伴う流れを見たことがあるでしょう。渦輪は,そのような渦巻きの両端がつながってループになっているものです。
下の図を見てください。水色の領域が渦輪で,中の流体は黒矢印の方向に回転しています。回転に引きずられて周囲に誘起される流れによって,渦輪は図の左方向に進行します。回転方向が逆向きの場合には,進行方向も逆向きになります。渦輪の進行によって,渦輪の中の流体(水色)は一緒に運ばれて行きます。このように渦輪は自力で運動し,流体を輸送する能力を持っているのが大きな特徴です。
(図)渦輪の図。チューブ状の領域(水色)がループを形成し、チューブ内の流体は渦巻のように回転しています(黒矢印)。回転の誘起する流れによって、渦輪全体は輪の中心軸方向に移動します(青矢印)(*8)。
[2] 渦輪はどこで観測されるのか?
なんだか見慣れない現象だと感じられるかもしれませんが,実は渦輪は私達の身の周りで頻繁に,普遍的に起こっている現象です。空気や水といった流体の中の流れは通常目に見えないので,珍しいと感じてしまうのです。
流れの中に多数の小さな粒子が含まれていたり,周囲と異なる流体が渦輪に含まれる場合などに,渦輪を直接観測できることがあります。例えば,タバコの煙や火山の噴煙などでできる輪っか(スモークリング),イルカの作るバブルリングなどです(下図)。You Tubeなどで検索すると,美しい渦輪の動画を沢山見つけることができます。是非一度探してみてください。
下の[3]でも紹介しているように,渦輪は勢いよく吹き出る流れに伴って形成されます。例えば地表が太陽光で暖められて生じる大気の対流運動や積雲の内部では,プルームと呼ばれる多数の上昇流の吹き出しに伴って渦輪が形成されることが知られています(*3)。また航空機事故の原因となるダウンバーストと呼ばれる現象では,積乱雲などから爆発的に吹き下ろす下降気流に伴って渦輪が形成されます。このように,渦輪は目に見えないだけで,私達の身の周りで大小様々な規模で日常的に発生している現象なのです。
[3] 渦輪の作り方
渦輪を作るよく知られた方法に,空気砲があります(*1)。空気砲は,ダンボール箱などを密閉し,一つの面に直径10〜15cm程度の穴をあけたものです。穴を前方に向けて,箱の側面を両手でたたくと,穴から空気のかたまりが勢いよく飛び出します。このように,小さな穴から速度を持った流体が噴出する現象を「噴流(ジェット)」と呼びます。
下の図は,噴流に伴って渦輪が形成される仕組みを説明しています。流体の持つ粘性(粘り気)のために,吹き出し口を通過する流体は吹き出し口の縁に引っ張られ,それにより回転する効果が生み出され,渦輪が形成されます。渦輪を利用して遠くのろうそくの火を消したり,的を倒したりして遊ぶことができます。
[4] 自然や工学における様々な渦輪の応用
渦輪は,それ自身の誘導する速度によって流体の質量と運動量を輸送する高い能力を持っています。この特徴を利用して,様々な生物が推進や飛翔に渦輪を利用しています(*2)。また工学においては,渦輪は浄水器,ミキサー,燃焼器などの用途に広く利用されています。生成過程や輸送メカニズム,制御方法を解明するために,1世紀以上前から渦輪は研究されており,多くの発見がなされてきました。
[5] 本研究室で行っている研究
上でも説明したように,渦輪の大きな特徴の一つは,コンパクトで孤立して持続的に並進運動し,渦輪の内外の流体交換が少なく,その経路に渦輪を構成する流体を取り残すことが少ないことです。この特徴を利用すれば,噴出口から離れた自由空間中の特定の領域に流体を輸送する手段として,渦輪を用いることが期待できます。不必要な空間に輸送流体が拡散してしまうことを削減できれば,省エネルギーやコストダウンにも貢献できます。渦輪自身の形成パラメータは豊富であるだけでなく,渦相互の干渉によって流れ場を大きく変えられるため,通常の噴流より制御が柔軟に工夫できます。しかしながら,渦輪による流体輸送について定量的に調査した例は多くありません。
そこで本グループでは主に室内実験によって,様々な条件下における渦輪の運動のメカニズムおよび制御(最適な流体輸送特性や推進速度,到達距離,作成方法など)の解明を目指して研究を行っています。
(図)本研究室で行った渦輪と壁との衝突実験の様子(上→下の順)。右側のオリフィス(小さな穴)から噴出された流体が巻き上がり,渦輪が形成され左方向に直進する。やがて渦輪は壁と衝突し,2次渦が反射される。
[6] 研究室の学生の研究テーマ
過去の修士論文テーマ
2024年度
バブルリング形成における空気の噴出条件と循環の推定モデル
ノズルとオリフィスから形成した浮力が作用する渦輪による流体輸送
2023年度
回転円筒ノズルから形成される渦輪の周方向の速度分布と角運動量
短時間の環状噴流によって生成された渦輪の形成及びその運動
バブルリングの形成条件と循環
2022年度
噴出流体スラグ長より短い回転円筒ノズルから形成される渦輪の軸流分布
バブルリングの運動の測定と渦核半径の推定
周方向速度成分を加える Guide vane付 オリフィスによる渦輪の形成過程と運動
2021年度
噴出長さよりも回転長さの短い回転円筒から形成される渦輪の渦構造と軸流分布
guide vane付きオリフィスによって周方向速度成分を加えた渦輪の形成過程
2019年度
回転円筒ノズルを用いた軸流渦輪の形成と回転条件
2018年度
周方向速度成分を加えるノズルから形成された渦輪の渦構造と乱流遷移
進行方向と逆向きの浮力によって変化する渦輪の渦構造
2017年度
ノズルの回転条件の違いによる軸流を伴う渦輪の渦構造
らせん状溝付きノズルから形成された軸流を伴う渦輪の渦構造
2010年度
数値計算による軸流を伴う渦輪の発展と渦放出現象の解明
2008年度
物質輸送を目的とした軸流を伴う渦輪列
2007年度
軸流を伴う渦輪の特性に関する実験的研究
軸流を伴う渦輪列による物質輸送・拡散に関する定量測定
2006年度
Synthetic jetによるバックステップ流れの制御
2005年度
Zero-Net-Mass-Flux Jetの流動状態と形成パラメータ
[7] 引用文献
(*1) 石原 諭,佐藤 光,三宅 明,松川 敦子「空気砲の物理」物理教育 第56巻 第3号,p.188-192(2008),DOI: 10.20653/pesj.56.3_188
(*2)伊藤 慎一郎「生物の飛翔・遊泳時に発生する渦とその反作用の力」数理解析研究所講究録 第1900巻 p.26-36(2014)
(*3)R. Damiani, G. Vali, & S. Haimov "The structure of thermals in cumulus from airborne dual-doppler radar observations", J. Atmos. Sci., vol. 63, p.1432-1450 (2006)
(*4) wikipedia の写真より引用。写真のリンク
(*5) wikipedia の写真より引用。写真のリンク
(*6) 日本機械学会のHPの図を引用。図のリンク
(*7) 日本機械学会「楽しい流れの実験教室」の動画より引用。動画のリンク
(*8) 日本機械学会のHPの図を改変して引用。図のリンク