古文書を勉強していると,歴史の授業で「言葉」として覚えてはいるものの実際の中味は見たことがない資料にお目に掛かることがある.宗門人別改帳,宗門手形,検地帳,年貢皆済目録,離縁状,往来手形,嫁入り道具などである.離縁状については,以前「三下り半」のタイトルで紹介した.内容がわからなくとも勝手に思い描いていたものが 一目瞭然である.
Web上には,古文書の自学資料があちこちで公開されている.講座のタイトルを見て興味ある項目を選択すればよい.くずし字は簡単には読めないので,古文書自体を理解する必要はない.その読み下し文と付記されている語句の説明,解説文を読むだけでも面白い.以下は江戸時代の人相書き手配書の例である.
次図は,群馬県立文書館のインターネット古文書講座,佐位郡国定村の無宿忠次郎ほか人相書 [利根郡 中閑家文書・県立文書館寄託 (天保13年)(1842)]に掲載されている資料の一部(国定村の忠次郎)である.一般の人にも分かるように,かな混じりの文章で書かれているが,「かな」は変体仮名である.例えば,「ひ」は元になった漢字「飛」由来の「くずし字」である.
大たふさ: たぶさ【髻】=もとどり 髪の毛を頭の上に束ねた所
次の例は忠次郎と一緒に書かれている円蔵の人相.最後の行には全体的な印象や言葉のなまり等が付記されていることがある.
1行目
最初の文字「ひ」は2行目の2番目の文字と同じ書き方.変体仮名(飛)
「有之」の「有」は前後から判断,他所に書かれているものと類似
3行目 や → 変体仮名(屋)
北海道立文書館の古文書解読自習プログラムの例である.三行目は,「目下通り」と読んでしまったが,説明では「目一と通り」となっている.菊目石はあばたのこと.
時代劇で手配中の悪人の似顔絵が貼られている場面があるが,実際は文字による人相書しかなかった.東京都公文書館には,享保の頃「日本左衛門」と呼ばれた大盗賊,濱島庄兵衛について詳細に記述した例がある.庄兵衛は文字だけの人相書があちこちに貼られたため,逃げ場がなくなり自首したとのことである.
東京都公文書館 → 江戸・東京を知る → 古文書解読講座 → 第11回 史料の解読と読み下し例~江戸の人相書(史料出典:『撰要永久録 御触事之部』日本左衛門指名手配 第十五).最後の項は,逃亡時に着用していたものが書かれている.
濱島庄兵衛の容姿については.175cmほどの長身で,鼻筋が通って色白で,顔に5cmほどの切り傷があり(3行目),常に首を右に傾ける癖があった(6行目)と伝わっている.
月額:さかやき (月代).額から頭上にかけて髪を剃った部分.ひん:鬢(びん) 頭の側面,耳際の髪.
資料は黒文字のみ,クリックすると赤文字が現れるように工夫されている.後半は省略した.東京都公文書館要参照
人相を文章のみで描くのは簡単ではないが,基準が設けられているようである.
背丈,体格,顔の形,目の形,色,鼻筋,歳,癖
古文書に書かれている内容にそって描いたら,どのような風采の人物になるか興味があるが,自ら挑戦する自信はない.
古文書には堅苦しい内容のものが多いが,庶民の生活の断面を知るのに都合の良い資料も多い.インターネットを使い自習できるように資料を提供しているサイトから興味のある短いものを選び,読み始めるとあまり負担を感じることなく勉強することができる.分からないときは,以前紹介した 『木簡画像データベース・木簡字典』『電子くずし字字典データベース』連携検索 や 木簡・くずし字解読システム(MOJIZO) などを活用するとよい.
参考資料
忠次郎,円蔵.源七の人相書の「赤文字」は化学描画ソフト ChemDraw を用いて描いた.
それぞれの人相書の釈文,語句の説明,事件の内容については下記にアクセスしてほしい.
群馬県立文書館のインターネット古文書講座 No. 178の資料を参照
明治時代までは平仮名によって書かれた文章の多くが,現在使われている字体「現用字体」ではなく,変体仮名で書かれている.かな混じりの古文の解読には変体仮名の一覧表が役に立つ.