ご主人様たちがバスタイムに入りますと、私も就寝でございます。他のポケモンの皆様もその時間には自分の寝床で寝息を立てております。バクガメスの寝息が一等煩かったので軽く蹴りを入れ、柱時計のゼンマイを巻き、リビングに設置された寝床に入ります。妻は先に眠っておりましたので、体を寄せ合いながら横になります。す、と眠りに入る直前にごそりと人の気配がいたしました。しゅん、しゅん、とボールにポケモンが戻っていく音がいたします。
「フィルー……?」
「スチュワード。メイド。すまない、起こしたな」
旦那様の声に、眠たげな妻が体を起こします。私も体を起こしました。旦那様は、しい、と人差し指を唇に当てました。
「申し訳ないが、今夜はボールに戻ってくれるか?」
そう言えば、あの姦しいスマホロトムの姿がないことに私は今更気付きました。いつもならば呼んでもいないのにご主人様や旦那様の周りを飛び回り、勝手に写真を撮ったりしているのに。ボールに戻れと言われるのは珍しいことではございません。お二人はご夫婦でございますし、私どもに見られたくないことも多少ございましょう。
しかし、旦那様の感情が問題でございます。こういう日は、少々厄介なのです。
「昼はキバナにカッコ悪いところを晒してしまったからな。少し挽回したいんだ。明日の朝のことは全部俺がやる」
挽回。あれが。私と妻の脳裏には、こうなった旦那様に散々無体を働かれ、臍を曲げて寝室に引き籠るご主人様の記憶がいくつか蘇ってまいります。私の認識とは異なりますが、旦那様なりの愛情表現には間違いないのが厄介なのです。そしてご主人様の方も臍を曲げているふりをして、良い機会だと旦那様にべったりと甘えておられるのです。甲斐甲斐しく旦那様にお世話して頂けると言うのですべて許しているのです。ご本人が満更でもないのですから、強くお止めするのも野暮というもの。ですがご主人様のお体を慮れば、一言申し上げないのも忠義に反する気がいたします。
「……フィルーウ」
「……イエエイ」
あまりご無理はさせないよう、と私どもは提言したつもりでございました。しかし、旦那様は伝わっているのかいないのか、にこにこと楽しげに笑うばかり。
「ああ。リベンジマッチしてくる」
プラスもマイナスも含んだ感情に宛てられて、私どもは困ってしまいました。このままご主人様の元に旦那様を送り出して良いものかどうか。私どもが無言なのを旦那様はどう受け取ったのか、ボールを取り出して中央部分を押します。しゅん、と音がして、私どもはボールに収まりました。
ご主人様もお気の毒に、と妻が囁くのを、ボールの中で聞きながら私は諦めて目を閉じました。まあ、そういう日もございましょう。お二人はお若く、まだまだ蜜月の最中でございますから。
END.