街はクリスマス・ホリデー一色に染まっている。街路樹さえも電飾でめかしこんで、ちかちかと楽し気に明滅を繰り返していた。ダンデはどこか浮かれたこの時期の空気が苦手だった。年を重ねるごとに苦手になっていく。マフラーに顔を埋めるようにして、ナックルの大通りを大股で行く。
「あ、ダンデさーん!」
不意に呼ばれて足を止める。振り向くと、小さなチャンピオンが屈託なく笑いながら手を振っていた。彼は仕立ての良いロングコートを着ているが、彼の私服を思い出すと明らかに趣味ではなさそうだった。きっと母親に見立ててもらったのだろう。
「マサルくん。……君も晩餐会に招待されてるのか?」
「はい! ダンデさんもですよね、一緒に行きましょう」
ああ、と短く返事をしてまたマフラーに顔を埋める。マサルはちょこちょこと小走りになりながらダンデについて来た。彼のそういうところはソニアのワンパチに似ている気がする。あのワンパチも人懐っこく笑いながら誰かの足元をじゃれるように走り回っていた。
「なんか、今日の晩餐会ってすごいんですよね? それ聞いて、僕マナーとか大丈夫か不安になっちゃって。それでキバナさんに相談したんです。そしたらダンデさんの隣の席にするから、カンニングしとけって言われました。今日はよろしくおねがいします」
マサルは早口にまくしたててきた。まるでクリスマス・プレゼントを前にした子供のように興奮している。そう言えば、マサルは他地方出身だったか。それならあの大晩餐会の凄まじさを知らなくても仕方がない。ダンデはこっそりとマフラーの中で溜息を吐いて、顔をもぞもぞと出した。頬が寒気に晒されて一気に冷える。
「……言っとくが、俺もマナーは別に完璧じゃないぜ」
ダンデがぼそぼそと否定すると、マサルは大袈裟に驚いて見せた。
「えっ、じゃあどうすれば……」
「俺たちは上座に一番近い席だ、ちょっとのことをわざわざ指摘してくるような奴もいないと思うぜ」
「え、上座!? 聞いてませんよ!」
マサルは驚きに目を白黒させているが、ダンデはこの小さなチャンピオンの能天気さに少々呆れている。招待状には席次についてもきちんと書かれていたはずだ。それなのに確認していないとはどういうことだ。
ダンデは半眼になってマサルを見下ろす。はじめてあの晩餐会に招かれたのは10歳のときだった。チャンピオンになった直後。はじめてのポケモンが絡まない行事に出席したのがこの大晩餐会だった。あの頃のダンデは右も左も分からぬような少年だったが、それでも会の重みをもう少し理解していたと思う。席次は末席も良いところだったが、あれは田舎出身の無作法な少年が悪目立ちしないようにという高配だったと聞いている。ダンデからしてみれば余計なお世話だと一笑に付すようなご高配だ。
「キバナに揶揄われたな。君はもうちょっとキバナを疑っても良いんだぜ」
「……今度からそうします」
マサルは目に見えて怯えた表情で視線を上げた。ダンデも釣られるようにして顔を上げる。ナックルの大通りを歩いていると、どこからでもナックルスタジアムの偉容が望める。冬の日暮れは早く、もうナックルスタジアムは赤と緑でライトアップされていた。今日と言う日は、ナックル城までクリスマス仕様の赤と緑のライトが使われている。ダンデは静かに眉を顰める。どうもこの浮かれた街は好きになれなかった。
いつものナックルスタジアムの正面入り口。跳ね橋を渡ってすぐのところでスタッフとキバナが何事か話し合っていた。今日のキバナは、ナックル城主が代々騎士や軍人であったことに由来して中世の軍服に似たものを着ていた。それにいつものあのロザリオが胸辺りで光っている。これがナックルの主としてのキバナの正装だった。金の肩章に彩られた紺の軍服は長身のキバナを威圧的に見せた。
キバナはダンデとマサルに気付くと、会話を切り上げてスタッフに短く指示を飛ばす。スタッフは一礼してスッとスタジアムの奥に消えていった。その姿はスタジアム所属のスタッフと言うよりもイエッサンの雄を思わせた。
「クリスマス、おめでとうございます」
「お招きありがとう、キバナ。メリークリスマス」
マサルに続いてダンデも挨拶すると、キバナはにっこりと笑って軽く手を挙げた。
「メリークリスマス! ようこそ、ミスタ・ダンデ。それにリトル・チャンプ。二人揃ってご到着とは思ってなかったぜ」
軽口を言いながら、スマートに扉を開ける。マサルはそれに少し戸惑ったような顔をした。そう言えばこういうときの振舞いを全然教えてこなかったな、とダンデは独り言つ。マサルが助けを求めるようにダンデを見た。軽く目で合図して、先へ行くように促してやる。マサルは恐る恐ると言った風情で扉を潜り、ダンデがそれに続く。最後にキバナが扉を閉めて、先導するために二人を追い越していった。追い越しざま、特徴的な匂いが鼻をついた。それにダンデの気分が沈む。いつものキバナの体臭とは似ても似つかないフランキンセンスの匂い。ミサでよく焚かれる香木の香りだ。
最後尾になったダンデは首を振る。やめよう。今夜くらいは。
「キバナ。似合ってるぜ」
雑念を振り払ってにこやかに声をかけると、キバナの足がぴたりと止まった。
「カッコいいです!」
マサルも褒めると、キバナは振り返って苦く笑った。
「そりゃどーも」
「気に入ってないのか?」
問えば、キバナは口元を歪めながら袖口を引っ張って見せる。そうすると肩が窮屈そうだし、本人の趣味でもないのだろう。こだわりの強い男だ。ナックルジムリーダーの伝統と言われなければ、絶対に袖を通さなかっただろう。
「危うく銀髪巻き毛のカツラまで被らされるところでさあ。こんな似合わないもん被るならナックルジム辞めるって言ってようやく免除されたんだよ」
キバナは冗談とも本気とも分からないことを言いながら、扉を開ける。小さいテーブルとソファと、あとはコート掛けくらいしかないシンプルな客間だった。ダンデとマサルが部屋に入らせると、キバナが手ずから二人のコートを取り上げてコート掛けにかける。それにダンデは内心驚いていた。ホスト役自らそこまでするとは甲斐甲斐しい。例年はポケジョブから借りてきたようなイエッサンが紅茶を淹れてくれるくらいだったのに、随分と待遇が違う。これがキバナに最も近いところに座れる人間の特権か、と驚嘆していた。
キバナは軽くコートの裾を伸ばしながら話し始める。キバナが大きく動くたび、狭い室内に軍服に染みついたフランキンセンスの匂いが漂う。神聖な匂いとされているらしいが、匂いに崇高なものを感じられるような感性はダンデにはなかった。
「悪いな、ちょっと待っててくれよ。挨拶回りが終わらねえの」
「ジムトレーナーはどうした?」
「聖歌隊とミサの補助に殆ど駆り出されてるよ。おかげで座ってる暇もない忙しさだぜ」
キバナは何でもないようにさらりと言ったが、キバナ自身も晩餐会まで出席するべき行事が目白押しの筈だ。ミサの出席に始まり、ナックル主催のクリスマス・マーケットの運営、スタジアムでのチャリティー・バトル、通例に従えば聖歌隊に交じって聖歌も何曲か奉納するはずだ。その合間を縫ってこうして来賓を迎えているのだから恐れ入る。座る暇もないというのは比喩表現でも何でもない事実なのだろう。
「ゆっくり暖まっててくれ。言っとくが晩餐会の会場はちょっと冷えるからな、今のうちにモルドワインでも飲んどくのがオススメだ」
キバナが指さすと、いつの間にか扉の横にイエッサンの雌と雄が控えていた。木製のティーワゴンには、客人のリクエストに応えるために酒のボトルやジュースも置かれている。そのティーワゴンもかなり年季が入っており、透かし彫りがふんだんに使われている。こんなティーワゴンが出てきたのもダンデにとっては初めてである。イエッサン二匹は丁寧に礼をすると、ピシッと再び気を付けの姿勢に戻った。よく訓練されている。その様子に満足そうに頷くと、「それじゃ」と言ってキバナは颯爽と立ち去って行った。
残されたマサルは深々と溜息を吐いた。その溜息には感嘆めいた雰囲気があった。
「忙しそうですねえ」
「そうだな」
ソファに腰掛けると、イエッサンに合図をする。イエッサンは従順にごろごろと重たい音を立てながらティーワゴンを押してダンデの横までやってきた。ダンデはワインボトルをひとつ取り上げ、「モルド」と短く告げて雄の方に渡した。キバナがわざわざ薦めたのだ、はずれではないだろう。雄は恭しく一礼してボトルを置くと、小鍋を取り出してはちみつや香辛料をいくつか入れる。そこへワインを注いでマジカルフレイムで小鍋を温めはじめた。鮮やかなオレンジ色の炎は幻想的で美しい。時折紫の色が爆ぜるように炎に混じった。
「君も飲むか?」
ダンデが聞くと、マサルはひどく困った顔をした。もしかしたらモルドワインを飲んだことがないのかも知れない。
そう言えば実家でもモルドワインは滅多に飲まなかったことをダンデはふと思い出した。モルドワインの味をダンデに教えたのはシュートシティに住む大人と、ナックルの厳めしい伝統行事だ。彼らとの付き合いは全く建設的なものでもダンデの人生にプラスになるようなものでもなかったと思っていたのだが、それでもこうして教えられたものはあるらしい。
「えーっと……あの、僕はホットミルクでも良いですか?」
「じゃあ、それを」
ダンデが注文すると、イエッサンの雌がにこりと笑って別の小鍋を用意し始める。くつくつとワインが温められる匂いが漂ってきた。同時にキバナが残していったフランキンセンスの香りが薄れる。ダンデは思い切り息を吸って、吐いた。ようやく息ができるようになってきた。無意識にあの匂いを嗅がないようにしていたらしい。
マサルがソファに座ると、しばらく室内には沈黙が下りた。別にそれを重苦しく思うことはないが、相手の方が気にするようだった。少年はそわそわと落ち着きなく手を揉み、こちらの顔色を窺ってくる。ダンデの顔を見てはすぐに下を向くのを繰り返していた。そういう素振りを認識はしていても特段何かを話そうという気にもなれず、ダンデはその様子を見守っていた。
どれだけ時間が経ったのだろう。やがてマサルは意を決したように顔を上げた。
「……良かったんですか?」
「何がだ?」
あまりに唐突に投げ出された質問にダンデは首を傾げる。良かったとは、いったい何にかかっている言葉だろう。
「えーっと……邪魔だったかなって。せっかくのクリスマスなのにダンデさん、キバナさんとあまりお話出来てなかったし……」
最後はごにょごにょと言葉を濁している。それにダンデは笑った。あまりにも幼い。恋人になるということが幸せ一辺倒だと信じ切っている子供にどう言えば良いのだろう。
付き合っていること自体は隠すようなことでもないと思ってずっと振舞ってきた。声高に二人の仲を喧伝もしなかったが、それはお互いに立場があるからだ。キバナもその点だけは同意見という態度を取っている。キバナとダンデの仲は周知の事実ではあるものの、正面からはっきりと言及されることも稀なのだ。そして、二人の間には微妙な緊張感があるという事実を見抜いている輩はもっと限られてくる。
「そんなの毎年のことだ。君が気にすることじゃない」
「でも、」とマサルが言い募るのを手で制す。ダンデはソファにどかりと身を預けて足を組む。少々柄の悪い振舞いだが、かしこまって話すのも気恥ずかしかった。常はもう少し、いや折に触れてキバナとの仲をアピールしたいと思っていても、実際に話し始めると何やら尻の座りが悪いものだった。
「実際、こんなものだろ。君がいてもいなくても変わったことはなかったと思うぜ」
イエッサンはこの会話が分かっているのかいないのか、淡々とした表情でモルドワインをダンデの前に差し出した。マサルにもホットミルクが給仕される。
「ま、晩餐会がはじまったら精々たっぷり独り占めさせてもらうさ。君も話しかけられないくらいにな」
「ダンデさんのそういうところ、ホントどうかと思うんですよね」
少々意識して悪い顔で笑って見せると、マサルは呆れた顔でそう結んだ。モルドワインを一口飲む。シナモンの風味が強いのがナックル流だ。シュートではナツメグが強くなる。味の違いも分かるくらいにはダンデもモルドワインに親しんできた。
雌のイエッサンがマサルにティースタンドから何か選ぶように促す。少年は少し悩んで、オーソドックスなジンジャーブレッドメンを選んだ。窪みで顔とシャツのボタンが描かれているだけのシンプルなクッキーだ。昨今はレーズンやアイシングで華やかに飾ることが多いことを思うと、ナックルの伝統主義もここまで来たかとダンデは内心で呆れるしかない。昔懐かしい朴訥とした笑顔のクッキー。さぞかし味も懐かしかろうと思わされた。
「キバナといるための権力だぜ、こういうところで使わなきゃ何時使うんだ」
マサルは呆れた顔をしながらカップに手を付けた。そしてふうふうと中身を冷まし始める。その仕草が酷く幼い。ガラルの人間じゃなければこの稚い少年がチャンピオンなどと誰が思うだろう。
「ホップも来れたらよかったのになあ」
ぽつりと呟きながらクッキーに手を伸ばす。そして一口齧って、すぐに顔を顰めた。どうやら予想していた味わいではなかったらしい。マサルは最初の一枚をミルクを挟みつつ食べきり、そっとクッキーの乗せられた皿を遠ざけた。
「言っとくがマサルくん。ここの晩餐会は楽しい食事会じゃないんだぜ」
「分かってますよ。ソニアさんにも散々注意されました。マナーが大事なんでしょ?」
「そうだな。あとは何を出されても食べきる根性だ」
ダンデは言いながら、ティースタンドを上から下まで検分した。ケーキ、サンドイッチ、クッキー、スコーン、フルーツ。スコーンもサンドイッチも悪くはなさそうだが、晩餐会の前とあっては少々手が伸びにくい。それ以外ではずれのないのはカットフルーツだろう。
「それ、必要ですか?」
マサルが呆れた顔で聞く。大方ホップから「アニキは味に頓着しない」とかなんとか聞いていたのだろう。それは間違っていないが、正しいところとも言えない。チャンピオンのダンデには不味いと言う権利がなかったのだ。多少のマナー違反があっても咎めてくるような人間はいなかったが、「不味いからいらない」と突っぱねることだけは許されなかった。出されたものは全部食べなければならなかった。毒じゃなければダンデは出されたものは全て文句なく食べる。親にもローズからもそのように躾けられた。
「ここのクリスマスディナーは凄いぞ。シェフが心血注いで中世ナックル宮廷の料理を再現してるからな。味は二の次だぜ」
その精神を鍛え上げたのはこの大晩餐会に他ならなかった。つまらない上にダンデにとって何の益もなく、更に不味いと突っぱねることも出来ないものが目白押しにテーブルに並べられる。ダンデにとっては拷問だったが、招待されることは名誉なことだということで欠席することは出来なかった。
特にデザートのプディングは定番ながら最低最悪だ。砂糖が貴重だった時代が長かったために、これでもかと砂糖を入れた一品になっている。そして出される量も容赦がなかった。ゴブレットに盛られたそれを食べきるようにローズから言われた時は、本当に涙が出そうになった。キバナは遠目に見る限り涼しい顔でこれを食していたが、ダンデは一匙で胸やけがした。
ここの料理は万人に美味いと言わせる気はない。分かる人間だけが楽しむものだ。
「……マジですか?」
マサルの顔が引きつっている。ダンデは苦く笑いながらマサルが遠ざけた皿を指した。
「クッキー、美味かったか?」
「………」
返答がない。つまりはそういうことだ。
「まあ楽しみにしてると良い。あれを食べられるのも希少な体験だぜ」
「やだー! それならホップとバーガーショップのチキンでも食べてたいです!」
マサルが大袈裟に泣くふりをしてみせる。それにダンデは笑った。
「ははは。オレの次にキバナに近い席に座れる名誉な立場で今更欠席なんて許されるはずがないだろ。それともキバナに恥をかかせる気か?」
少し圧を掛けるとマサルはすぐにソファの上で小さくなって騒ぐのを止めた。分かりやすい。
「うわあ……。ヤクザの言いようですよぉ……」
「ヤクザ? カントーマフィアがどうしたって?」
ダンデが首を傾げた瞬間、部屋の扉が開かれた。ダンデとマサルは扉の方を向く。振り向かずとも分かっている。賓客の待合室にノックもなしに入って来る人間など、ナックルの主人しかいない。
案の定、キバナが扉をくぐるようにして部屋に入ってくるところだった。
「よう、そろそろ食堂に案内するぜ……って、どうした?」
マサルとダンデの間にある妙な緊張感を感じてか、今度はキバナが首を捻った。マサルはキバナの姿をみとめるとすぐに立ち上がってキバナの元に走っていく。
「キバナさん! あの、僕、食事が不安で……」
マサルが限界まで首を伸ばしてキバナを見上げた。マサルの頭はキバナの胸近くにも満たない。まるで保父と園児だ。
「だから席はダンデの傍にしてやったろ?」
「そうじゃなくて! あの、すごい再現率だって!」
「再現率?」
マサルの容量の得ない訴えにキバナが首を傾げる。そしてダンデを見た。ダンデは笑いを堪えるのに必死だ。今代のチャンピオンは随分と素直で、人を疑うことをしない。キバナはダンデの顔を見てピンと来たらしい。
「そりゃお前、ダンデに揶揄われてるんだよ。やめてやれよ、可哀そうに」
呆れ半分、もう半分は笑いを堪えながらキバナはダンデを嗜めた。ダンデは笑いながら肩を竦めて見せる。キバナに言われたくない。最初から席次はちゃんと決まっているのに恩を売るようなことを少年に吹き込んで、どちらが揶揄っていると言うのだ。
それにダンデの忠告は正しくなるだろう。少なくともマサルにとっては。ジンジャーブレッドメンが苦手なら、あの香辛料をたっぷりと入れた料理が美味いと感じる舌ではないだろう。
「ほらマサル、行くぜ。お前が入場しなきゃダンデもオレさまも会場に入れないんだからな」
「そうなんですか?」
「最初にうちのジムトレーナーが入って、あとは下座から順番に入場するのが慣例でな。主賓と主催は最後にご入場さ」
主賓、と言うところで雑に指でダンデが示される。その扱いにムッとしたのでキバナの指を掴んだ。キバナは何事もなかったかのようにダンデの手を振り払う。
「そら、いったいった」
キバナがマサルの背中を押し出すと、給仕をしていたイエッサンの雄がマサルの手を取る。そしてそのままマサルの手を引いて食堂へと向かっていった。部屋にはダンデとキバナが残される。
ダンデは横に立っているキバナをちらりと見ると、そっと体を寄せた。キバナもそれを拒むことはない。ダンデは少しだけ背伸びをして、キバナの耳元で囁く。
「正直、この入場がやりたかったんだ。君にまたエスコートしてもらいたくて」
あの昼食会を思い出す。晩餐会は趣味ではないが、見せつけるようにたっぷりと時間をかけて堂々と入場したキバナをもう一度見るのも楽しみだった。今夜、キバナはダンデを伴ってナックルスタジアムの主が誰かを顕示する。その姿を誰よりも近くで見ていられるというのはダンデにとっても悪くないと思えることなのだ。
キバナはくすぐったそうに笑うと、ダンデの腰を抱いた。ぴったりと密着すると、あの匂いはキバナの髪に染みついていることがよく分かった。クリスマスだとは言え、無粋だ。ダンデとキバナの間に十字架が挟まる。いつものことではあるが、それは二人の間のしこりの象徴だった。こんなに簡単な触れ合いの瞬間にあっても、どうしても意識せざるを得ない。努めて気にしないように振舞ってはいるが、それでもダンデの方から若干身を引いた。
「それじゃ、腕でも組んで入るか?」
キバナが悪戯っぽく笑いながらそんなことを言う。家に帰ったらすぐに念入りにシャワーを浴びせよう。そうして、あの匂いを早く落としてもらうのだ。
「良いのか?」
ダンデが色めき立つと、キバナが笑って腰を離した。そして軽くダンデの頭を叩く。
「馬鹿言え。バージンロードじゃあるまいし。……そういうのは別の日にな」
今度はキバナがダンデの耳元で囁く。甘い響きに、ジンと頭の裏側から熱を帯びた。完全に体が離れていく直前に、かすめるようにして頬にキスをされる。思わず頬を押さえると、キバナはしてやったりと言う顔で笑った。
「さ、いくぞ」
キバナがダンデに向けて手を差し出す。ダンデも笑ってその手を取った。食堂に着くまで、その手はしっかりと握られていた。