ナゾガク2024は無事終了しました!
ステージイベント「クソDMお焚き上げ」
こちらのイベントに応募してくださったDMについて、今回特別にお願いしお焚き上げを行って頂きました。
お焚き上げの様子はこちらをご覧下さい
今回の企画に際し、実行委員会の無茶なお願いをご快諾くださった「Toy×ボーズ」代表の佐藤様からお言葉を頂戴しております。 是非ご覧下さい。
こんにちは!私は、僧侶が作る謎解き制作団体「Toy×ボーズ」代表の佐藤と申します。
ご存じない方も多いかと思いますが、実は私、正真正銘の僧侶でございまして、謎解きを通して仏教の教えを知ってもらうために活動しております。
さて今回、ナゾガクの運営の方から「DMのお焚き上げをお願いしたい」というお話をいただきました。実のところ私の宗派では、お焚き上げというものがありませんので、お引き受けするか少し迷ったのですが、「ナゾガクの企画をご縁として、仏教の教えに少し触れていただくことができれば」という想い、更には「ナゾガクにいっちょ噛みできるのならば」という邪な想いも多少ありながらお受けすることにしました。
多種多様なDMがありましたので、これを一つの要素でまとめてお話するというというのはとても難しいと思ったのですが、今回のDMを送ってくださった皆さんは、「恥ずかしい」とか「腹立たしい」とか、何かしらの感情があって送ってくださったのだろうと思います。その気持ちを色々と考えながら供養させていただきました。
今回は、この「供養」というものについて、少しお話させてください。おそらく多くの方が考えるのは「追善供養」というものかと思います。簡単に言うと、供養をすることで、対象のものが浄化(成仏)されるというイメージでしょうか。対して、私どもの宗派(浄土真宗)では、「讃嘆供養」をしております。こちらは、私に向けられた仏のおはたらきを私がいただいて感謝をしていくというものです。なかなか説明が難しいですね…。
折角なので謎解きで喩えてみましょうか。解けない謎があったとします。これを何とか解けるようにしたいとき、どうするでしょうか?謎の方を変化させて解けるようにする、というのが「追善供養」にあたるかと思います。そうではなくて、ヒントをもらったり、一晩寝かせたりして解けるようになるのが「讃嘆供養」のイメージです。何が言いたいかと言うと、一晩寝たことによって解けるようになったのは、謎が変化したのではなく、私の方が何かきっかけがあって「気付く」ことが出来たからでしょう。悩みというものも同様に、様々な出来事の中で私の中にうみ出される色んな感情によって苦しんでいくものです。それは何かのご縁(きっかけ)で私の見方や考え方が変わることで解決されていくのではないでしょうか。そのきっかけをくれるものの一つが仏教であると私は思っています。
視点を変える、視野を広げるということは、謎解きでは基本中の基本であるかと思いますが、それは人生においても大切な考え方です。今回の供養を通して、少し気持ちが軽くなった方がいらっしゃれば幸いです。そしてそれも、このDM自体が浄化されたのではなく、今回の「ご縁」を通して「私の心」が変化したという見方が正しいのかもしれません。
このお話が、少しでもためになったと思ったら、今度はToy×ボーズの公演にもぜひご参加ください。
(おまけ:LINE謎【突然の贈り物からの脱出】 https://lin.ee/TsgvVne )
今回の企画にご参加下さった皆様やご協力下さった佐藤様に厚く御礼申し上げます。
ありがとうございました。