2026年1月2日
令和八年元旦、天理市にある石上神宮にお詣りしました
この神宮の御祭神は七支刀です
以下、天理大学名誉教授近江先生の講義(令和6年10月)もとに説明します
七支刀には金象嵌で文字が刻んであります
この文字が令和6年奈良国立博物館130年記念特別展「超国宝ー祈りのかがやき」で精密に調査された結果この刀の制作年代が確定しました
西暦369年百済王の注文により中国で作られたのです
更に百済王は倭王の御恩に報いるために作ったと明記されています
この当時百済は新羅、高句麗に攻められ倭の支援を求めていたのです
一方日本書紀の神功皇后52年の項には百済の使いが日本にきて「七枝刀」を献じたとあります この七枝刀が七支刀に相当します
このことは大きな意味をもっています
日本書記の記述だ正しいこと、神功皇后の実在が確かなこと
神功皇后52年は西暦369年に相当すること
卑弥呼の邪馬台国の時代と120年位しか離れていないのに日本は大きな軍事大国になっていたこと
この刀はそれ以来宮中に「天皇の権威の象徴」として大切に保管されていましたが継体天皇の崩御による宮中の混乱期期(540年頃)に物部氏の氏神である石上神宮に移されました
それ以来今日まで1500年以上石上神宮の御祭神として祀られてきたのです
九州福岡市にある香椎の宮
仲哀天皇と神功皇后が住んだ所で10年に一度勅使がくる格式の高い神社ですが、大変かわいらしく美しい神社です
神功皇后像(神宮徴古館蔵)
仲哀天皇は早く亡くなりますので後の応神天皇を宿したまま朝鮮半島へ渡ったとのことです
又永く応神天皇の摂政を努め七支刀を受け取った人物です
石上神宮では毎年6月30日 「神剣お渡り」と称し七支刀を木の支え、袋にいれお渡りの先頭を行きます
太鼓を「でんでん」と打ちながらいくので「でんでん祭」と言われています
このような御祭りを1,500年間もやっていたのでしょうか?