カワニナ科のカワニナ属 Semisulcospira Boettger, 1886 は日本を含む東〜東南アジアの淡水にすむ貝類のなかまです.日本では,河川や水田などでカワニナ属をふつうに見ることができますが,日本でもっとも大きな湖である琵琶湖(びわこ)水系では,そこにしかいない多くの固有種が見つかっています.現在は,43種の現生種と化石種がカワニナ属のメンバーと考えられており,そのうち18の現生種と10の化石種が琵琶湖・古琵琶湖水系の固有種です [引用1, 引用2].琵琶湖水系ではそれぞれのカワニナが独特の彫刻を持っており,すむ場所も違っていて,殻のかたちや暮らしかたに興味深い進化が起こっています.
この研究では,カワニナ属の分類を見直したり,殻のかたちや暮らしかたを比べることで,どのようにして琵琶湖でカワニナが多様化したのかを調べています.この研究では,次のような成果が得られました.
①分類の見直し.カワニナ属の12種で過去の分類に問題があることが分かり,種の定義や境界,異名関係の改訂を行いました.そして2021〜2023年にコンペイトウカワニナ Semisulcospira salebrosa Sawada, 2022 など,6種を新種として記載しました.改訂には,学名の基準となるタイプ標本の見直しと,遺伝解析と形態解析を合わせた統合的手法を用いました.さらに琵琶湖の固有種は二つの単系統群を構成することが知られており [引用1],それらをヤマトカワニナグループ,ナカセコカワニナグループとして分類学的に定義しました.
イボカワニナ S multigranosa,サザナミカワニナ S. davisiの分類
イボカワニナ S. decipiens,タテヒダカワニナ S. arenicolaなどの分類
②多様化パターン.ヤマトカワニナグループ,ナカセコカワニナグループの種分化パターンや,殻のかたち,暮らしかたの進化パターンの共通性と多様性が明らかになりました.どちらのグループも,湖沿岸の岩礁や砂浜,沖合の泥底,湖内の島,湖の下流河川に異なる種が進出しており,それぞれの環境で平行的な種分化が起こっていることが分かりました.また沿岸の非岩礁地では,種間の殻のかたちと,生息する水深と底質の粒度に密接な関係があり,カワニナの殻が生息環境に応じて多様化していることが判明しました.
[論文2, プレスリリース] [論文3, プレスリリース] [論文準備中]
③殻形態の種内変異.ヤマトカワニナの殻のかたちを調べ,かたちが雌雄で異なること(性的二型),分類に重要な形質の状態が成長とともに変化することを明らかにしました.かたちの種内変異がどこで生じているのかを理解することで,形態解析に適した標本を選び,種間のかたちの違いを正確に比べることができます.かたちの種内変異は他のカワニナでも調べられています [引用3].
[論文6]
④移入個体群の種同定.琵琶湖水系や国外のカワニナ属が,もともと分布していなかった全国の湖沼や河川からも見つかっています [引用4].それらの記録をまとめ,種同定を行うことで,カワニナ属の移入状況を整理しました.その結果,琵琶湖や朝鮮半島の複数の固有種が全国の19地点に持ち込まれており,ホタルの保全を目的としたカワニナの放流,魚類の種苗や食用貝類への混入が主な移入の要因であることが分かりました.
⑤過去のカワニナ相の推定.琵琶湖水系には大規模な人為的影響を受けた水域があり,例えば水系の下流に存在していた巨椋池は1942年までに埋め立てられ,1800年代には大津市から京都市を流れる疏水が建設されています.これらの水域から得られた博物館標本を調査することで,過去のカワニナ相の推定を行いました.その結果,巨椋池は絶滅危惧種の主要な生息地であったこと,疏水はカワニナが人工的な環境へ進出する実験場となったことが示唆されました.
[論文9]
カワニナ属以外の淡水・陸産貝類にも注目して分類・多様化パターンを調べています.現在は,主にドブシジミ科 淡水貝類,タワラガイ科 陸産貝類が日本列島でどのくらい多様化しているのかを明らかにすることを目的として,サンプル収集と解析を進めています.全国からサンプルを募集中です!
イトカケマイマイ科 陸産貝類の分類
東〜東南アジアに分布するイトカケマイマイ属 Sicradiscus Páll-Gergely, 2013 の分類を見直しました.日本では,イトカケマイマイ属は八重山諸島の宮古島から1種のみが見つかっていました [引用1].しかし,この研究で西表島にもこの属が分布することが分かり,統合的手法を用いて,2021年に新種ヤエヤマイトカケマイマイ Sicradiscus pallgergelyi Sawada & Nakano, 2021 として記載しました.[論文1]
ニワコウラナメクジ科 陸産貝類の再発見
1900年代に関東からの不確実な記録があった移入種ニワコウラナメクジ Milax gagates (Draparnaud, 1801) を東京で再発見し,解剖形質と遺伝的特徴から種同定を行うとともに,日本に定着していることを明らかにしました.[論文2]