予測進化生物学:進化の予測を通じて自然界の生命システム進化のルールを探る
生命はとても複雑なシステムです。遺伝子間、細胞間など様々なレイヤーでの相互作用によって一つの細胞・個体が成立しています。さらに、それらが個体間・種間で相互作用することで生態系が形作られています。
このよくできた生命システムはいかにして成立したのか?なぜ現在のような姿・形・システムに進化したのか?その過程には、何らかのルールが存在するのか?――分厚い生物学の教科書を開く度に気になります。
これらの疑問を抱きながら、私は「生命システム進化の予測可能性」の研究に取り組んでいます。もしも進化を高解像度で予測できるモデルを構築できれば、そのモデルを通して進化のルールを理解できると考えているからです。特に以下の3つのテーマを柱として研究を進めています。
1. 大規模情報からの過去の進化過程の解明 これまでに、膨大なDNA配列情報から高解像度かつ巨大な進化系統樹や細胞系譜を高速に推定する、並列計算技術「FRACTAL」を開発しました (Nat. Biotechnol. 2022, Science 2022)。進化のルールを発見するための巨大な「学習データ」の構築に向けたフレームワークを構築しています。
2. 未来の生命進化を予測する方法論の構築 これまで、原核生物のゲノム進化(遺伝子獲得/欠失進化)を対象に、系統比較法と機械学習の技術を組み合わせて進化予測モデル「Evodictor」を開発しました (Science Advances, 2023)。 Evodictorを用いて微生物ゲノムの進化予測可能性や、その背後にある進化ルールの発見に取り組んでいます。今後、ステップ3で見つかる新たな進化のルールを取り込みながら拡張していきます。
3. 未開拓の進化のパターンの探索 これまで、様々なスケールで見られる収斂進化に着目した進化のパターンの探索に取り組んできました。乳酸菌のゲノム収斂進化に見られる遺伝子欠損順序の法則性 (Comm. Biol., 2024)、収斂的な遺伝子融合がタンパク質立体構造の収斂に繋がる進化パターン (Nat. Comm., 2025)を発見しています。最近では、微生物生態系における進化のルールを探るため、ジェネラリスト-スペシャリスト進化と種内協力機能の進化の因果関係を明らかにする研究 (bioRxiv, 2024)や、広宿主域・狭宿主域プラスミドにおける遺伝子水平伝播の順序パターンの解明 (bioRxiv, 2025)にも取り組んでいます。
予測進化生物学の対象は、進化を予測することだけに留まりません 過去の進化におけるパターンやルールがわかると現生の生物の理解・予測にも繋がります。例えば、タンパク質の立体構造を予測するAlphaFoldはアミノ酸残基の進化のパターンに基づいていますし、遺伝子間の機能関係を予測する系統プロファイリングは遺伝子獲得・欠失の進化のパターンに基づいています。これらの技術をフル活用することでまだ見ぬ遺伝子機能の予測が可能になってきます。実際にこれらの技術と実験検証を組み合わせ、アルコール代謝に関わる新規酵素遺伝子の構造機能解析 (Nat. Comm., 2025)、微生物の光環境適応に重要な色素合成遺伝子の機能解析 (学術変革研究B)を行なっています。さらに、進化のルールを解明することは新規酵素・代謝経路・ゲノムの設計や、効率的な遺伝的改変といった幅広い応用にもつながります。基礎・応用の両面から面白さを見出して研究を進めています。
博士課程までは原核生物を研究対象にしてきましたが、ポスドクではさらに動物に対象を広げ、スタンフォード大学 Xiaojie Qiu研究室にて発生における細胞分化過程の進化の制約や予測可能性を探る研究を始めています。