タイトル:秘密、盲点の窓
作家 :中島 綾美
画廊 :柴田悦子画廊
展示会 :中島綾美個展 水脈
購入日 :2018年10月13日
サイズ :10
技法画材:日本画
抽象画と具象画を厳密に区別することは難しい。著名な抽象画家としては、カンディンスキー、モンドリアン、ポロックなどが挙げられる。抽象画の本質を突き詰めていくと、シュプレマティズムのように純粋に表面と色彩から受ける視覚的な感覚に収斂してく。他方、具象画を定義するのも困難な側面がある。例えば、古代の用途不明な道具というのは、人工物という形を理解しているに過ぎないし、西洋宗教画におけるアトリビュートを十分に知らずして絵画を鑑賞していることも多いだろう。
この作品は、多数の触手を持つ実在はしない生物、月のような球体、窓又は門のような入口が描かれていると認識される。抽象画ではないが、モチーフの詳細は多義的であり、一般的な具象画とは趣を異にする。抽象画の類は、鑑賞者の直感によって楽しむ方法もあるが、現代の作品の場合、直接に作者に話を伺った上で、自分なりの鑑賞を深めていくのも有益である。また、タイトルは言語によって絵画の面白さを引き立たせるスパイスであり、作品解釈の重要な鍵となる。
「秘密、盲点の窓」というタイトルは、いわゆる「ジョハリの窓」に由来している。「ジョハリの窓」とは、①開放の窓:自分も他人も知っている自己、②秘密の窓:自分は知っているが他人は知らない自分、③盲点の窓:自分は気づいていないが他人は知っている自己、④未知の窓:誰も知らない自己に区分する心理学的分類である。②③を減らし、①を増やすことで相互理解に務めるのが望ましいというコミュニケーションの方法論として用いられることも多い。
ところで、今回の個展「水脈」では、「箱庭の天使」という作品が展示されており、「秘密、盲点の窓」の対になるという話を聞くことができた。「箱庭の天使」は淡い水色を主体とし、タイトルのとおり純粋で軽やかな雰囲気に包まれている。「秘密、盲点の窓」は群青を主体とし、触手や尾鰭は不気味さを備えつつも神々しさが感じられる。「秘密、盲点の窓」を通じて、「箱庭の天使」のように自己を昇華させたとも考えられよう。また、この作品の窓と月は、鑑賞者を窓の外へ導くようにも見えるし、反対に通過するのを阻むように見える。秘密の窓も盲点の窓も一定ではなく、揺らぐものであって、単純に区別することはできず、「箱庭の天使」が真理であったとしても、人間は「秘密、盲点の窓」の世界で日々、不確かな自己と向き合って生きることを暗示しているようにも解釈できる。
この作品で描かれている生物は、ミノカサゴをイメージして創られている。ミノカサゴは、優雅に泳ぐ姿から「海の貴婦人」とも呼ばれ、他のカサゴと同じく背鰭に毒を持つ。この作品においては、ミノカサゴが海で泳ぐ浮遊感、鰭がゆっくりと覆いかぶさり包み込んでいく姿を援用していると思われる。便宜上、この作品で描かれている生物を以下ミノカサゴと呼ぶ。画面下は窓及び月とする。
この作品を鑑賞していく中で、眺める角度が大切であることをあらためて気づかされた。正面から眺めると、ミノカサゴの流線型の体や植物文様に目が行き、装飾的な印象を受ける。しかし、角度をつけて眺めると、窓と月が合わさって、立体感が強まり、画面に吸い込まれるような感覚になってくる。また、光の加減によって、胸鰭の所々にある金泥が煌き、海の中でミノカサゴを発見したとき同じく、もっと近くで鑑賞したいという誘惑に駆られる。そして、作品に近づくと、截金のような優美で繊細な波紋が浮かび上がり、驚かされる。胸鰭は単なる濃淡ではなく、葉脈のような文様が映り、一つ一つが意思を持って動いている如く思えてくる。
ミノカサゴをどのように描くかという点について、入念に検討していることが推察される。まず特徴があるのは、勢いよく張った尾鰭である。如何にも推進力がありそうであるが、図鑑で調べてみると、現実のミノカサゴの尾鰭とは様相を異にする。このミノカサゴの尾鰭はどこか古代魚を彷彿とさせる。丸みを帯びた体に対して、尾鰭の先は鋭く尖がり、緊張感をもたらす。尾鰭の先にまで鑑賞者の視線を誘導させ、視野を広げる効果も見て取れる。尾鰭に近い部分は、鯉のように鱗が強調されているが、本来ミノカサゴの鱗はあまり目立たない。おそらくこのモチーフが魚類であることを鑑賞者に示すとともに、リアリティのある下半身から、装飾的な図柄を持つ上半身との融合を意図していると思われる。私には植物の文様と一体化した胴体は、ミカズキモを顕微鏡で覗いたような雰囲気が感じられた。近くで眺めると体のラインには刺繍のような文様が刻まれていることがわかる。これは鑑賞における距離を適切に活用していると言えよう。次に、腹鰭は、尾鰭とは対照的に脱力させることで、浮遊感を増している。また、視線が画面の中心をなす胸鰭へと移る前に、一旦停止させることによって、胴体に描かれた文様をじっくりと鑑賞する時間が与えられる。さらに画面左の短い背鰭も絵画として有効に機能している。例えば、風景画では画面の端に樹木や建築物の一部を描くことで、視覚的な安定感が生まれる。この作品でも左の背鰭がなければ、間が抜けた感じになってしまうだろう。画面右に向かって伸びる胸鰭とのバランスが上手く取られている。首から先が胸鰭に隠れており一見しただけではわかりにくいが、人間の頭部が見て取れる。無表情の顔は人間の知性を超えた理性を感じさせる。
この作品を解釈するうえで、窓と月の存在は重要なモチーフである。どのように解釈するかは「ジョハリの窓」を手がかりに個々に委ねられよう。しかし、絵画として客観的にどのように描かれているのかを分析することはできる。この球体の表面にはクレーターが見られることから、地球ではなく月又は惑星と考えられる。興味深いのはミノカサゴとの位置関係と大きさである。あえて月を小さくし、窓を下に位置することで、通過することができるのかという関心を抱かせる。また、月の下には影がある。つまり光が上から注いでおり、月の下には地面があることになる。意図したものかは不明であるが、影があることで空間が生まれ、窓の外との往来を意識させる。ミノカサゴに比べ窓は小さく、暗い。その先に何があるのかは予測がつかない。まさに盲点の窓と言えよう。
この作品は、和紙にシミや破れといった処理を施し、古文書を紐解くような心地にさせてくれる。「秘密、盲点の窓」を通じて、未知なる自己の精神世界を旅するのも一興であろう。(2021年4月18日)
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