タイトル:氷菓
作家 :やちだけい
画廊 :The Artcomplex Center of Tokyo(アートコンプレックスセンター)
展示会 :やちだけい個展「夏香」
購入日 :2023年7月18日
サイズ :4号
技法画材:絹本、墨、アクリル絵具
タイトル:氷菓
作家 :やちだけい
画廊 :The Artcomplex Center of Tokyo(アートコンプレックスセンター)
展示会 :やちだけい個展「夏香」
購入日 :2023年7月18日
サイズ :4号
技法画材:絹本、墨、アクリル絵具
魅力的な絵画を眺めると、その情景が自然と膨らんでいく。夏の湿気を帯びた空気が否応なしに肌にまとわりついてくる。エアコンを止めると直ぐに汗が流れてきた。アイスの棒を手にした彼女はどこか虚ろな表情をしている。ソーダ風味のアイスは溶けかかり、今にも床に落ちそうである。声をかけようと思いつつ、赤らんだ頬と氷のアイス、どちらが勝つかなと妙に面白くなってしまい、しばし幸せな時間に留まることにした。
やちだけいさんの作品は、いわゆる日本画の美人画に類するが、どこか趣が異なる。その理由の一つは、日常の生活で感じられる美しさを描いていることであろう。着物や浴衣姿であっても非現実的な空間ではなく、身近にある美しさを再認識させてくれる。彼女が描く女性は、所作の美はもとより内に秘められた感情が際立つ。また、絹本特有の滲みを活かしつつ、アクリル絵具の発色の良さを巧みに利用している。さらに、日本画と言えば線が重要とされるが、やちだけいさんの線は、他の作家の美人画と比較すると控えめである。《氷菓》を見ると、右手や顔の肌は輪郭線が用いられているものの、少し距離をとって眺めれば「線」という感覚は薄れていく。日本画の線というよりグラデーションの一つのようにも見える。洋服に輪郭線はない。その代わり陰影を強めることで臨場感にあふれている。和洋折衷とも言えるスタイルながら違和感はなく、リアリズムに優れた美人画の新境地を切り開いていると言えよう。
個展風景①
《氷菓》を眺めていると、シャツのボタンが右についていることに気が付いた。一般的に右ボタンは男性用である。暑い夏はゆったりとした服装で過ごしたい。部屋の中であれば男性用でも構わないだろうと手にとったシャツを着たのだろうか。ただ、シャツは彼女に馴染んでいるようにも見え、ファッションとして好んで着ているのかもしれない。同居する人のシャツを自分のものにしたパターンも想像しえる。背景は描かれておらず、彼女がいる場所は鑑賞者に委ねられる。湿気と汗ばむ雰囲気からすれば、エアコンが効いた涼しい部屋ではない。もし部屋にいるとすれば、うたた寝をしている間にエアコンが消え、暑さで目が覚めてしまい、未だまどろみの中でアイスを手にしている場面が思い浮かんできた。私は丁度帰宅したところに出くわした場面ということになる。散歩中の出来事と考えるのも面白い。昼下がりに湖を望む公園を散歩していたものの、思いのほか厳しい暑さに木陰のベンチで涼をとる。肌にまとわりつく夏の暑さは屋外が似合う。どこにいようとも彼女の視線はアイスに向けられてない。視線の先をイメージするのも鑑賞の醍醐味である。
構図について考察してみよう。右手、アイスの棒、そして首筋に続く斜めのラインが基軸となる。指の位置もラインを補完している。髪を後ろで縛っているのは、首筋を涼やかにするためであろうが、鑑賞者の視線が髪で遮られることなく、背景に抜けていく効果をも持つ。これに対して、彼女の視線は画面の左側、基軸となる横のラインに対して鋭い三角形を描くように向けられている。視線とアイスのラインが適度に交錯し、鑑賞者の視線を上手く誘導している。ただし、右目と左目では焦点を少しずらすことで、彼女の心ここにあらずという表情が生まれる。
個展風景②
鑑賞者からすると、薬指の指輪も直ぐに目に留まるだろう。これは指輪をつけることで物語性を与えるというより、絵画における視覚な意味合いを考慮したものと推測される。もし指輪がなければ、鑑賞者の視線は画面の外に直ぐに飛び出てしまいかねない。彼女の視線が外に抜けているため、鑑賞者もつられてしまう弱点があるのだ。指輪をつけることで、鑑賞者は外にある光景を想像すると同時に、彼女の指先で一旦視線を止めることになる。複雑な指の動きも同様に鑑賞者の視線を受け止める役割を果たす。金属をモチーフに加えることで質感の幅を広げることもできる。
彼女はアイスの棒先を人差し指と親指でつまむように持つ。溶けたアイスが滴るのを防ぐためであろう。所作としても上品さがある。美人画は「気品」を失ってはいけない。また、アイスの重みが伝わってくるのも良い。アイスは溶けかかっており、雫が落ちそうになっているところまで丁寧に描かれている。さらに、アイスと唇の距離も絶妙である。唇に触れようとする瞬間を描くことで、アイスの冷気が伝わり、緊張感のある作品になっている。
次に色彩に注目してみよう。女性が着るには大きめのシャツ。うなじを覗かせ、首筋から鎖骨のあたりの肌を広く描いている。くだけた印象を与えるものの、襟付きのシャツは型崩れしておらず、品の悪さは感じられない。夏らしさを表現したものと思われるが、首筋から鎖骨にかけての白い肌が、頬の赤らみを強めている点も見逃せない。ソーダ風味のアイスは水色である。つまり、白い肌、赤い頬、水色のアイスをバランス良く三角形に配置することで、相互に引き立てあっている。いずれも淡い色彩であるにもかかわらず、服の色に負けない芯のある美しさが表現されている。
色彩という点では、肌の表現ほど難しいものはないであろう。個々人において肌の色は均一ではないものの激しく変化するものではない。かといって同じように塗ってしまうと人間味が消えてしまう。肌の白さも難題である。実際に肌を観察すると、白というのは不自然であるが、化粧をしていなくとも白は印象に残りやすい。やちだけいさんの作品では、白さを感じる部分に白の絵具は用いられていない。白は絹の色である。白の下地に別の色が加わり、少しづつ色味が生まれているのだ。さらに、今回の個展「夏香」に出品されていた《匂紫》を眺めていた時、ふと肌に青みを感じた。静脈がくっきりと見えるのではなく、肌の下にあるぼんやりとした青さである。目の錯覚かと思ったが、作者に尋ねたところ、わずかに青を置く部分があると言うことだった。塗るというより置く、見えるのではなく感じるかもしれないという程度である。《匂紫》に限らず、《氷菓》でも肌に青を用いているところはあるらしい。肉眼でもすぐに識別できるものではなく、写真ではなおさら気が付かないだろう。しかし、この細やかな色彩がリアルさを生み、臨場感のある世界に鑑賞者を引き込むのは確かである。
《匂紫》
絹本の要は、裏彩色にある。やちだけいさんの作品では、背景の霞んだ空気感はほぼ裏彩色による効果である。また、全体を通しても彩色は表と裏で半々くらいということであった。日本画でも絹本を使う作家は少なくなっているが、美人画では今なお主要な支持体として用いられている。絹本は扱いが特殊であり、滲みを制御するのが難しいが、この空気感は所作の美しさをより魅力的に映してくれる。
服のリズミカルなデザインも楽しい。夏であれば白い生地のシャツをベースにしたくなるが、アイスの冷たさが弱まってしまう。黒地に薄い黄色、青、橙赤の縞模様を幾何学的に形であしらった斬新なデザインと色彩。夏祭りにも似合う。また、生地の質感が伝わってくるところに卓越した技術を感じさせる。やや厚みがあり、心地よい感触。しかも第一ボタンを外すことで見える生地の裏側は、表と微妙に質感を変えている。袖をまくった皺の表現も優れており、西洋画に劣らないリアルさがある。
声をかければ彼女は振り向くだろう。と同時にアイスを落としてしまうかもしれない。そのとき彼女はどんな表情を見せるのだろうか。驚きか、笑顔か。このような作品が描かれるのであれば、暑い夏も悪くはないと思えてきた。(2023年8月27日)
個展風景③
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