タイトル:Human Shadow
作家 :木原 健志郎
画廊 :ARTDYNE
展示会 :木原健志郎個展「ヒーロー」
購入日 :2023年6月4日
サイズ:F50
技法画材:油絵
おそらく多くの人、特に日本人のほとんどはキャプチャーを読まずとも、作品に描かれた巨大なキノコ雲を見れば、原子爆弾を想像するだろう。光が凝縮されたような雲、その周囲は青、紫、黄緑と変化し、時間と空間が捻じれた宇宙を思わせる。ある種の美しさを纏うと言っても過言ではない。
戦争や原子爆弾を絵画のテーマに据えるのは難しい。戦後78年を迎える現在においても、太平洋戦争がもたらした甚大な被害や失われた人命を考えると、我々は思考停止に陥ってしまう。鎮魂や反戦という命題から逃れられないのだ(無論それ自体は大切である)。2023年5月13日から6月4日にARTDYNEで開催された木原健志郎さんの個展「ヒーロー」は、太平洋戦争をテーマとし、戦時中に描かれた戦争画やウルトラマン、仮面ライダーなどの特撮ヒーローを取り込んでいる。実際の戦争に特撮ヒーローを重ねるのは不謹慎との批判を受ける恐れもありそうだが、なぜこのような手法に挑むことができたのだろうか。個展のアーティスト・ステートメントには「ごっこ遊びのように作り出したジオラマには、自分の中にある暴力性が無邪気さと表裏一体となって現れる」との一文がある。特撮ヒーローには少年が憧れる純粋な格好良さがある。一方で、ウルトラマンは勧善懲悪を出発点としながら本質的な問いを投げかけてくるのも魅力だ。戦争を捉え直す手段として、戦うことを宿命づけられた特撮ヒーローを用いるのは逆説的である。しかし、戦争が内包する諸要素を特撮ヒーローが持つエネルギーによって還元し、ジオラマにより再構成したシーンによって俯瞰的に戦争を見つめる試みは、鑑賞者を過去という束縛から解放し、少年に戻ったように思考を活性化させる。
個展風景①
巨大なキノコ雲を目にして仰け反るのは、ジャミラというウルトラマンに登場する怪獣である。初代ウルトラマンは1966年に放送が始まっており、当然ながら作者はリアルタイムで番組を視聴しているわけではない。しかし、独特なフォルムとストーリーからウルトラ怪獣の中でもバルタン星人やゼットン、ツインテールに並ぶ人気の高さと言って良いだろう。この作品を見たとき私もこの後ろ姿はジャミラだなと一気に作品の世界に引き込まれた。
木原健志郎さんの制作スタイルは興味深い。個展の開催案内には「木原は集めてきた画像やフィギュアからジオラマを作成し、それを写真に撮って絵画に起こすという過程を経て制作を行っています」と解説されている。木原健志郎さんの作品を見ると、彼自身の脳内でイメージされた世界がそのまま描き出されているように思われやすいが、一旦、ジオラマにするという迂遠にも思える工程を踏む。ジオラマは子どもだけでなく大人をも魅了する。日常の視点では見られない俯瞰的風景や統一された世界観はもとより、錯覚をもたらすギミックや書割も独特の味わい醸し出す。大人からすると黄昏に佇む懐かしさもあろう。さらに、作者はジオラマを見る、鑑賞者はその絵画を見るという視覚の重要性を再認識させる。ジオラマを作成することは「見る」という行為の復権が感じられる。西洋の絵画史を紐解くと、描くことは、見ることと想像することの間を揺れ動いてきた。偶像崇拝を禁止するキリスト教では宗教画という概念に矛盾があり、見える世界を描いたものではない。中世では意図的に奥行きを否定した平面的な宗教画が制作されることもあった。時代が下がると、クールベに代表される現実に見たものを描く写実主義が台頭し、さらに産業革命による社会の変貌は絵画に多大なる影響を及ぼす。科学的な色彩理論は「見る」ことの意義を問い直す契機となった。印象派とそれに続くキュビスムやフォービズムもこの延長線上にある。人間の内面を描く抽象絵画は見ることと常に対峙している。絵画史とは「見る」ことの意義をどのように捉えるかの変遷でもあった。
個展風景②
ジオラマを作成するということは、作者が集めたものと記憶や想像を見える形に具現化することである。それを二次元に変換するわけであるが、鑑賞者はその逆を辿ることになる。作者が現実の世界に構成したジオラマを媒介に鑑賞者は絵画に表現された写意を求めていく。ジオラマ自体は鑑賞者に提示されていないものの、作者が現実にあるものを見るという行為は、鑑賞者が絵画を見るという行為と密接に結びつく。三次元に再構成したものを描くことは木原氏に限ったものではないであろうが、一つの潮流として美術史を牽引していくかもしれない。具象と抽象という対立構造から、アナログとデジタルという区分けがされやすい現代アートにおいて、ジオラマによる再構成という手法は古典的ながら面白い視点を付与してくれる。しかも、日本ほど完成された特撮ヒーローを生み出した国はないであろう。その点からも今後のアートシーンにどのような影響を与えるのか楽しみである。
ジオラマによって構成された世界は、絵画では構図として顕著に表れる。《Human Shadow》の構図について考察してみよう。前景は、瓦礫に覆われた道路に原子爆弾にジャミラが慄く。周辺にジオラマのキットは置かず、書割を遠目に配置することで、広い空間を確保している。鑑賞者はジャミラの影に意識しやすくなる。さらには彼の孤独を暗示しているのかもしれない。鮮烈なキノコ雲に比べると、ジャミラの影は儚さすら感じられる。同時に、淡くも消えることのない影は原子爆弾の恐ろしさを示す。画面の下、視覚的には手前になる部分の瓦礫は大きく、ピントを暈かして描いている。これにより鑑賞者とジャミラに適度な距離感が生まれ、奥行きが生まれるだけでなく、鑑賞者を舞台に引き込む装置となる。小さいカメラを使ってジオラマに接近して撮影したとき、鑑賞者がそこに立っているような感覚になるのに近い。
平和記念像(長崎市)
中景の背景は廃墟となった広島の写真が用いられている。書割の面白さは、三次元の空間にそれとは別の遠近感を持った絵や写真が平面的に設置されることである。一点透視図法からするとジャミラの視線と中景及び遠景の書割は完全には符合しないだろう。書割はその写真の中での遠近感に依拠している。書割の風景はジオラマに突如として出現するとして良い。この作品では中景(広島)と遠景(長崎)の空の色を変え、境界線をつくることで、異なる景色が重ねられていることがわかる。しかも丁寧に見ると、縁(ふち)に白い線が塗られ、書割の厚みまでも強調されていることに気づいた。書割の存在を意図的に目立たせ、レイヤーを意識させることで、鑑賞者は作者の脳裏を再構成したジオラマの世界へと誘われる。解説を読まなくとも鑑賞者はジオラマであることを察し、大人なら懐かしさ、子どもであれば興奮を隠せないであろう。一方で、ジオラマの一体感を保つ工夫も凝らしている。中景の書割は左にある建物がメインであるが、その背景に電柱が立ち電線が伸びている。この電線が遠近感を補完してくれる。さらに電線、中景の建物、ジャミラの両腕が同じような角度の斜線を描いていることに気づいた。画面全体を見ると、キノコ雲とジャミラを通る縦のラインが中心となる。中景の書割は真横に伸び、安定した十字型の構図となる。そこに斜めのラインを加えることで、画面に動きが生まれ鑑賞者の視線を回遊させることができる。
遠景は長崎に投下された原子爆弾の写真を元にしており、作品の上半分を占める。ジオラマでは奥に位置するキノコ雲が、手前に迫ってくるように感じるのは何故であろうか。大きさや沸き立つ形も要因であろうが、色彩感覚による点も大きい。一般的に青などの寒色系は遠く(後退色)、黄色やオレンジの暖色系は近く(進出色)にあるように見える。また、黒いものは小さく(収縮色)、白は大きく(膨張色)に感じてしまう。遠くのものは淡く、近くのものは濃く見えることを利用した空気遠近法も基本的な技法である。キノコ雲の中心は白ともクリーム色とも言い難い光と熱の色である。つまり遠近感を反転させる力を持つ。中景の書割を飛び越えて迫りくる原子爆弾の雲に、鑑賞者はジャミラと同じように立ちすくむ。
長崎の被爆当時の地層
ところで、原子爆弾は地上にぶつかって爆発するのではなく、衝撃波の効果を最大限に発揮させるため空中で爆発させる (1)。そして、局所的で強い上昇気流が、外気を巻き込み、キノコ状の雲が形成される(2) 。長崎に投下された原子爆弾は、高度503メートル付近が爆発点と推定されている。キノコ雲は、30秒後に高度3,000メートル、8分30秒後には9,000メートルに達した。意外にも爆心地に比較的に近い距離に居た者には、キノコ雲は見えなかったと証言する人が多いらしい(3) 。《Human Shadow》のキノコ雲とジャミラは、作品において最も印象を強める場所に位置したものと考えられる。直感的には、ジャミラは爆心地にかなり近い位置にいるように見えるが、爆発点と雲の大きさから推定するとかなり遠くにいるようにも思われる。中景の書割はジオラマ固有の遠近感を生む。原子爆弾の威力はもはや日常的な距離や空間感覚に収めることはできない。時間の概念も同様である。廃墟にいることから衝撃波は過ぎ去っているのだろうが、時は止められたようにも感じてしまう。
色彩について考えてみよう。キノコ雲の膨張色による効果は先に述べた通りである。原子爆弾による雲が、黄色み帯びた白で描かれることに違和感はなく、時間が経てば巻き上げられた土や塵によって灰色になることも想像はつく。しかし、この作品の雲の周辺は紫、青、赤、緑とオーロラのような美しさを放っている。宇宙への扉をこじ開けたような不穏な色に彩られているのは何故であろうか。実は当時、原子爆弾の雲を実際に見た人からは「全体的に淡い色で紫、赤、青や緑もあった。部分部分で違う色だった。」「全体がダイダイ、緑、黄、紫などの色のついた炎で覆われたようだった。毒のある雲だと思い必死で逃げた。」との証言が残されている (4)。この作品の空は必ずしも宇宙的な雰囲気を演出しているのではなく、現実に見えた空を描いているのかもしれない。原爆が投下された時間は広島が午前8時15分、長崎は午前11時2分であるが、この作品は昼とも夜とも違う時間にいる感覚になる。
私はジャミラは薄い灰色だったように記憶していた。円谷プロダクションのホームページ(5) に掲載されている画像は、くすんだ灰色に薄く青が混じっているように見える。もしかするとリメイク版等で緑色のバージョンがあるのかもしれないが、色彩的には緑色の方が相応しい。灰色にすると全体がモノクロ写真のようになってしまう。カラーにすることで過去の出来事という意識は弱まり、没入感は増す。例えば、ジャミラを青にすると空と重なり、黄色では雲の色に吸収されてしまう。赤では爆発と対峙する力を与えることになりかねない。緑は絶妙である。ジャミラは水のない星で生活していたため、全身に干からびたような傷跡がある。皮肉にもそれが両生類の血管のように輝く。背中にあるオレンジの斑点は、光が透過したのかもしれない。怪獣が爆発する瞬間の一歩手前を彷彿とさせる。
長崎市松山町防空壕群跡
左の建物に視線を移してみよう。キノコ雲の輝きとジャミラのインパクトが大きいため、最初は気づき難いが、建物は赤く焼け焦げた色をしている。この作品は時間をかけて鑑賞するほど色味の存在を感じるようになる。色彩の配置も見事である。目を凝らすと建物の傍に人影のようなものが見えてきた。錯覚なのだろうが、廃墟には人の痕跡が感じられるのだ。事実、瓦礫の山には多くの人が埋まっていたはず。
個展風景③
あらためて作品が意図するものを考えたい。ジャミラは「棲星怪獣」という異名を持つ。ジャミラはもともと「宇宙飛行士であったが、事故により宇宙を漂流、過酷な環境に耐えるため姿が変化していった。人々が自らの事故を隠蔽したことを恨み、復讐するために再び地球へと戻ってきた 」(6)というストーリーである。木原健志郎さんは「科学の犠牲者という意味でジャミラと原爆の被害者を重ねました」「ジャミラは被害者でもあり加害者でもあるため、戦争の複雑な構造を内包できる存在」と述べている。作者が意図しているかは別として、当時の日本の置かれた状況、アジアの植民地化を進める西洋諸国に対抗するべく日本を中心とした大東亜共栄圏構想は、重なって見える面がある。開戦当時、日本は自分たちをヒーローと認識していた。戦争ほど善と悪、勝者と敗者、加害者と被害者を明確に分かつものはないが、どちらに属するのかは「分からない」。特撮ヒーローは正義が悪を力によって倒すという単純な構造に見えるが、真実は「分からない」のである。特撮ヒーローは主人公よりも、敵役に人気が集まることも多いが、それは怪獣にも理があるためであろう。個展のタイトルである「ヒーロー」とは何か。この作品を鑑賞するなかで、私の結論は、テレビを眺めジオラマで遊ぶ少年が格好良いと思った瞬間、それは「ヒーロー」になる。善悪でも強弱でも勝敗でもない。純粋な暴力性にはヒーローになりえる種がある。地中に埋まったその種が芽を出したとき、たとえ咲く花は分からなくとも、それは「ヒーロー」なのだ。(2023年8月11日)
*1 中国新聞社 https://www.hiroshimapeacemedia.jp/hiroshima-koku/exploration/index_20090323.html
*2 ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%8E%E3%82%B3%E9%9B%B2
*3 ながさきの平和 https://nagasakipeace.jp/search/about_abm/scene/1102.html
*4 中国新聞社 https://www.hiroshimapeacemedia.jp/hiroshima-koku/exploration/index_20080128.html
*5 円谷プロダクション https://m-78.jp/character/ultraman_jamilar/
*6 円谷プロダクション https://m-78.jp/character/ultraman_jamilar/
■木原兄弟の他の作品を見る
・木原幸志郎 《First Town》