タイトル:漆貫入彩白磁茶盌
作家 :氏家 昂大
場所 :日本橋髙島屋(高島屋)
展示会 :氏家昂大 個展 Crossbred
購入日 :2023年4月5日
種別 :磁器
《漆貫入彩白磁茶盌》は《漆貫入彩御深井茶碗》と同じく氏家昂大さんの作品になります。茶盌と茶碗の意味に大きな違いはないようですが、《漆貫入彩白磁茶盌》は抹茶を飲むための器としてより実用性を考慮しているということでしたので、「茶盌」としたのかもしれません。実際に手に取ってみると、《漆貫入彩御深井茶碗》に比べてすっぽりと手におさまることが分かりました。高台が見えるくらいに腰は浮いているので、そこに小指を引っかけるように茶盌を持ち上げることができます。また、口縁の形は滑らかさを重視しています。
御深井焼ではなく白磁となっています。白色磁胎に透明釉をかけて高温で焼き上げた磁器を総称して白磁と言います。白磁を作るには鉄分などの不純物が少ない素地が必要となりますが、カオリンの存在を知らなかった西洋では代わりに牛の骨を用いたボーンチャイナと呼ばれる磁器も作られていました。貫入を漆で彩る手法は共通していますが、《漆貫入彩白磁茶盌》は緑と紫の線を用いており、作品から受ける印象は異なるのではないでしょうか。
私はこの作品は山水画のように自然を描いているように感じました。山の稜線を駆け抜ける風、湿気を帯びた大気、光が乱反射することで生まれる輝き。《滝雲》と銘するのが相応しいと思いました。滝雲とは山の稜線を越え、山肌に沿って滝のように流れ落ちる雲を言います 。それではじっくりと鑑賞してみましょう。茶盌は立方体に近い形をしていますので、正面、裏面、左右、さらには天と地とざっくり分けることができます。便宜上、左右は左隻、右隻と称します。どの面を正面とするかは個人の好みで構いません。どこから鑑賞するかも自由です。正面はクライマックスでもあるので、《漆貫入彩白磁茶盌》は私が裏面とする面から屏風を眺めるように鑑賞していきましょう。
個展風景
裏面は紫色の貫入が特徴になっています。貫入は細やかに密集するのではなく、力強い線です。白い絵具をドリッピングしたような文様が施されており、これが貫入と混じり合い景色が生まれます。裏面は蓄積された水蒸気が雲として沸き立つ様を表現していると解釈してみました。茶盌を90度回転させてみましょう。右隻は一転して穏やかな景色が広がっています。やや淡い緑の貫入は静寂な森を表しているように感じます。安らぎを意識しているのかもしれません。一つ深呼吸をして正面に向かいましょう。
正面は滝雲が稜線を流れゆくさまを描いていると感じました。腰の部分は大きく垂れ込み、雪崩れ込む雲の勢いを感じる造形になっています。正面もドリッピングのような白が効いています。そして、正面の左部分から急激な切れ込みがあり、鑑賞者を左隻へと誘ってくれます。この切れ込みは、樹木が崩れ、岩肌が露出した崖のようにも見えます。堀の深さはこの作品の見どころ、クライマックスと言っても過言ではありません。黄色の縦線も意図したものと思われます。正面には僅かですが青色の部分も見られ、色彩に幅を持たせていることにも気づきました。森を駆け抜けた滝雲が水として蓄積され、川に流れていくようにも感じます。この作品は楕円形をしており、左隻は右隻に比べて、突き出た形をしています。そのため、左隻の面積は小さいものの形を引き締め、正面と裏面を繋ぐ大事な役割があります。正面から続く切込みは腰にかけて、すっと流れていきます。造形としては上中下と三つのラインを形成しており、他の面と比べてもリズム感に溢れていると言って良いでしょう。その流れは裏面へと続き、生々流転の如く終わることがありません。
ひっくり返して、地を見て見ましょう。重量感のある茶盌を支えるため、高台はどっしりと構えています。高台の中心はうねりが強く、大地の起伏を感じさせます。今度は反転して、天から眺めてみます。上から鑑賞するのは、お茶を飲むときに見える景色でもあります。この作品の内側は、外側に比べて落ち着いた雰囲気を感じるのではないでしょうか。ドリッピングのような白はほとんど見当たりません。また、緑と紫の貫入の割合も同程度であり、調和を重んじているように見受けられます。凪のような時間。とは言え、丁寧に鑑賞すると指で盌を押し込んだ跡が見えたり、縦に強い緑の貫入が走ったり、興味深い特徴を持っています。抹茶であれば、最初は見込みの中心である茶溜りは見えません。最後に見える景色です。見込みの底は青色に輝いている部分が目を引きます。空に舞い上がった水蒸気は、雲となり、山の稜線を駆け抜け、大地の奥へと染み込んでいく。この作品は、人の意識は消えてしまいそうなほど繰り返される悠久の自然を示しているのかもしれません。(2023年6月26日)
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