タイトル:漆貫入彩御深井茶碗
作家 :氏家 昂大
場所 :日本橋髙島屋(高島屋)
展示会 :氏家昂大 個展 Crossbred
購入日 :2023年4月5日
種別 :磁器
茶道具、酒器や刀剣などの類には銘をつける習わしがある。銘は来歴や逸話に基づいて後世の人がつけることもあるが、それが放つ気のようなものが根幹にはある。私はこの茶碗から連想されるものを思案してみた。色彩の中心をなすのは白と濃淡のある青である。しかし、最も強い印象を与えるのは赤であろう。紅といよりはピンクに近いが、鮮やかで発色が良く細い線でありながら作品の印象を左右する色彩である。その縦横に張り巡らされた赤い筋は毛細血管を思い起こさせる。鑑賞者の多くはこの赤い線に生命的なものを感じると言って良い。一方において、この作品は磁器であり、ひび割れたような形は鉱物としての荒々しさを存分に残し、大地の断片のように無機的な感覚を纏っている。茶碗を上から覗くと、釉薬が溜まった見込み(茶溜まり)は紺色であり、深い海の底を思わせる。そして、胴の内側である茶巾摺れから茶筅摺れの間には、赤い貫入の線が広がっている。色彩という点では、外側よりも内側の方がダイナミックであることに驚かされた。生命と非生命がせめぎ合う境界線。外側は形や表面の凹凸、内側は対立する色彩美を主眼として作者は構成したのかもしれない。
海底にある熱水噴出孔、それが私のこの作品に対して連想した姿である。ゆえに《深海熱孔》と銘を与えたい。熱水噴出孔とは「海底から地熱で熱せられた熱水が噴出する孔。セ氏300度以上の熱水に溶け込んだ金属やその硫化物が析出して煙突状に*1」 なったものであり、チムニーとも呼ばれる。熱水に鉛・銅・鉄などの硫化物が多く含まれると黒色のブラックスモーカー、硫黄が多く含まれると白色のホワイトスモーカーと言われることもある。深海の熱水噴出孔は、生命が誕生した場所の候補の一つとして研究対象にされているだけでなく、熱水に含まれる硫化水素や二酸化炭素等をエネルギー源とする細菌を中心とした生態系を形成している。チューブワームやそれを捕食するとされるユノハナガニ等は一般にも知られる存在になってきた。
もちろん深海であるから太陽の光は届かない。深海は闇に包まれた漆黒である。しかし、見込みに広がる濃紺は光を吸収し、見る者は深海に誘われる感覚になる。碗の口縁は白が目立つ。これは見込みと色彩の対比を狙ったものであろう。色彩は隣にある色との相互作用の連鎖により、全体として形成されることを実感する。やはりこの青は深海のイメージが似合う。そして、深海の熱水噴出孔は生命が誕生し育まれる世界ではあるが、太陽と酸素を中心とする地上の生態系とは本質を異にする。磁器でありながら生命と非生命がせめぎ合う境界線を描いたようなこの作品にとって、深海の熱水噴出孔は何よりも近い存在ではなかろうか。
*1https://kotobank.jp/word/%E7%86%B1%E6%B0%B4%E5%99%B4%E5%87%BA%E5%AD%94-1715282
個展風景
茶碗には平形、椀形、筒形、鉄鉢形、杉形などの形がある。この作品の腰と胴は直線的であり、傾斜はほとんどない。口縁部分に若干の反りが見られる程度である。厚みのあるボディのためか高台周りは垂れ、高台そのものは隠れて見えない。屹立する壁のような印象をもたらす。また、上から眺めると、正円ではなく特異な楕円であることが分かる。しかも、かなり平面に近い側面もあり、円と直線を対比しているようにも思える。実際に手にしたときの感触を確かめてみよう。難しいのはどこを持つかである。長辺に手を添えると、一方は曲線、もう一方は直線を感じる。手にすっぽり収まるというよりは、持つことを意識する。短辺も左右で湾曲の仕方が異なる。片方が突き出たような形をしているため手のフィット感は少ない。実用よりも鑑賞に重きを置いていると思われるが、純粋なオブジェではなく、実用性も考慮されていることにも気づいた。口縁部分の反りやその下の凹みは、持ち手が碗を落とさないためであろう。手の大きさによって、持ちやすい部分を見出すことができるよう曲線と直線が入り混じっていると考えられる。手の大きさによってしっくりポイントは違ってこよう。しかも、その動作によって作品を異なる角度から付随的に鑑賞することになる。アンバランスな形であるがために、「持つ」という感覚が強まることは意外であった。
表面の凹凸は海底から突き出た柱を連想させるものがある。岩がぶつかり合い、ある面では亀裂を起こし、ある面では隆起する。エネルギーの凝縮と発散である。あらためて全体の形を俯瞰すると、一方に重心が寄っていることに気づく。外側は最も濃い青色をしていることも見逃せない。青は力の凝縮とも捉えることができる。うねった形は崩壊を予兆させるが、一方では内部の赤い貫入が顔を覗かせ、むしろ無機的なものから生命的なものにエネルギーが変換されているように感じられる。作り手の意思と炎が生み出す超然としたフォルム。均一性やシンメトリーを超えた不完全なるものが調和した造形美と色彩がこの作品の醍醐味なのである。口縁部分の亀裂もこの作品の特徴である。実用性という点からすれば、口縁部分の亀裂は口当たりを害し、望ましいものではないように思えた。しかしながら、実際は磁器の滑らかさがあり、口当たりは悪くない。実用性を兼ね備えた茶碗である。それどころか、手に取ったときと同じように「飲む」という意識が強まり、緊張感から心地よさへと変化していく。
個展作品
この作品の名称は、《漆貫入彩御深井茶碗》である。御深井焼(おふけやき)とは、「尾張徳川家の御庭焼で、名古屋城内の御深井丸に窯が築かれたところからこの名がある。」また、「美濃窯、瀬戸窯で江戸時代初頭から使い始めた灰釉系の透明度の高い、いわゆる御深井釉」に特徴がある*2 。名称の元になった窯は明治維新に伴い廃された。この作品においても釉薬の特徴を示したものであろう。また、「漆貫入彩」は「梅花皮」と並んで氏家さんの作品の大きな特徴である。梅花皮とは「茶碗などの釉が焼成不十分のために溶けきらず、さめはだ状に縮れた状態*3 」を言う。主には茶碗の腰部や高台に見られるが、現代では表面全体にちりばめたり、厚みを帯びたりした梅花皮をデザインに取り入れる作家も見受けられる。素材が多様化している現代アートにおいて、梅花皮は陶磁器のマチエールとしてフィーチャーされやすいのかもしれない。ただし、氏家さんの作品では、貫入に漆を施す技法を合わせることで独特の情景を表している。表面の造形は荒々しくも、釉薬による光沢により気品がある。さらに貫入の色彩が繊細な姿に昇華させる。よく見ると貫入のすべてに色彩を施しているわけではない。素地の色もあれば、青、そして赤もある。それらの色をどのように入れていくのか、それにより作品の印象は大きく変化するだろう。その意図を解釈していくのも鑑賞の楽しみでもある。最後に器の高台裏を鑑賞したい。重量があるため腰の部分が沈んだような形をしており、高台裏を中心に大きな窪みの円環が生まれている。火山口のような跡。大地が伸縮した痕跡とも言うべきであろうか、鑑賞の楽しみは尽きない(2023年6月12日)。
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