タイトル:柔らかな祈り
作家 :山本 有彩
画廊 :美岳画廊
展示会 :ー銀座・小町通りー 百美人画展 Galaxy of Beauties
購入日 :2020年6月14日
サイズ :F6
技法画材:日本画
美人画は、浮世絵における鳥居清長や喜多川歌麿、近代では上村松園や鏑木清方に代表されるように日本画のジャンルとして時代による浮き沈みはあるものの一つのジャンルを確立しています。古今東西、女性の美しさは、絵画の主要なテーマであって、日本画に限定されるものではありません。そもそも美人画の様式とはどのようなものでしょうか。美人画を一言で定義するのは非常に難しいのですが、姿勢や仕草という一瞬を重要視しているように思います。一般的な容姿の美しさよりも、姿勢や仕草から感情が表され、その精神性に美しさを感じるわけです。ファションモデルのポージングとは趣を異にするのは、所作に内在する美しさに依拠しているためでしょう。
この作品は、祈りを捧げる所作の美しさに焦点が当てられています。女性の視線は、瓶に活けられたオリーブの小枝に注がれ、表情は実に穏やかです。鑑賞者はこの作品を前にして思わず息を呑むはず。敬虔な祈りは、本人だけでなく周囲の人間をも雑念のない研ぎ澄まされた雰囲気で包み込んでしまうものだと実感しました。
このような美人画はゆっくりと時間をかけて、所作の美しさを熟考しましょう。この作品で目を引くのは、小瓶を持つ指です。特に右手と左手の薬指が重なる箇所は、「触れる」という感触とともに淡い熱量を感じませんか。複雑な指の形や動きに意識を集中させることで、自己の存在を再認識させるのかもしれません。人間は無意識に手を動かしたり、何かを掴んだり、手を組んだりしています。さらに、不安に苛まれると指を鳴らしたり、面白ければ手を叩いたり、手の動きは感情を暗示しています。この女性の指の動きを細かく観察すれば、まず三本の指で小瓶を支えることで、瓶の中を隠さず照らすことができるとともに、「持つ」という行為を強く感じることができます。瓶の上ではなく、下から支えることで、大地から伸びるようなイメージになることにも気が付きました。また、左手を全体的に開かせることで、薬指を目立たせるとともに、祈りという静寂のなかに「動」を感じさせる仕掛けになっています。
ところで、オリーブはと言えば、私にはイタリアの地中海性気候の眩しい太陽の下、まだらに植えられたオリーブ畑のイメージしかありませんでした。高さは3メートルほどでしょうか。実際のところ、オリーブは定期的に剪定しないと10メートルくらいまで成長することもあり、種類も多く、挿し木で増やすこともポピュラーのようです。オリーブをモチーフに選んだのは、ゲッセマネの祈りに由来するものかもしれませんし、平和や安らぎといった花言葉にちなんだものかもしれません。オリーブは幸せを呼ぶ木とも呼ばれます。ノアの方舟伝説で、鳩がオリーブの葉を加えて戻ってくる場面も有名ですね。西洋史においてオリーブは特別な意味合いを持っています。この作品は額と合わせると西洋の宗教画のような趣もあり、柔らかに小瓶を摘む指は、クリスチャンが十字を切る際の形にもどこか似ているように思いました。
オリーブは祈りという主題に相応しい植物と言えます。ただ、それはオリーブにまつわる説話や意味合いだけではなく、絵柄としてもこの作品を際立たせていることも見逃せません。一輪挿しの花を描けば色彩は華やぐと思いますが、どうしても花弁に視線が集中し過ぎ、祈りという淑やかさは相殺されてしまったはずです。一方、深い緑のオリーブの葉は心を静め、安らかな心地にさせてくれます。丸みを帯びた一枚一枚の葉は動きがあり、鑑賞者の視線が適度に揺らぐことで、生命力を感じることができます。金泥が施された葉は、裏箔と相まって清らかな明るさを放つのもポイント。鑑賞者は、小瓶に透ける小枝の先にまで目が行くことでしょう。瓶の底は僅かに光に照らされていることが分かりました。切花は、今は華やかでも直ぐに枯れてしまいます。「祈り」とは何かを達成したい又は満たされた現状が続いて欲しいという未来に向けられたものですので、これから成長する苗木の方が似合っていると思いました。
浮世絵に出てくる女性の顔は、特別な場面でもない限り、現代人の感覚からすると押し並べて同じように見えてしまいます。これは私たちが区別し難いだけなのか、もともと同じ規範で描かれているのかはともかく、現代の美人画は顔も様々であり、表情で作品の善し悪しが決まるとしても過言ではありません。普通、祈るときは目を瞑ります。しかし、目を閉じてしまうと表情は分り難くなってしまう欠点があります。オリーブを眺めながら祈るのは、仕草としても美しいだけでなく、自然な形で瞳を開いた表情を描ける利点があります。「柔らかな祈り」とのタイトルのとおり、優しさに満ちた表情です。何を祈るのかは鑑賞者の解釈に委ねられますが、私的な願い事というより、万人に向けられた平和や安寧のように感じました。作品を間近に観察すると、瞳、睫毛、眉と非常に細かい線で描かれているのがよくわかります。表情は僅かな線の違いが大きな影響を与えるため、描く際には緊張を強いられたことでしょう。
姿勢という点では、やや前傾であること、膝を丸めて座っていることから、全体的に丸みを帯びた印象に仕上がっています。注意して眺めていると、特に左腕は強めに曲げられていることに気が付きました。肘と手の遠近感を考慮しても、手首の曲がり方は窮屈であり、実際にこのような姿勢を続けるのは苦労を伴うはず。しかし、第一印象ではこの窮屈さは意識されず、むしろ完成された姿のように感じられました。これは女性のオリーブを見つめる視線を端緒とし、オリーブが活けられた小瓶から左右の薬指を通り、左腕、そして女性の髪の毛へと続く円環が成立しているためです。円という図形に対して人間は無意識に調和を感じてしまう傾向があります。白いレースのブラウスと装飾的なトップスはファッションとして可愛らしいだけではなく、姿勢を意識させる効果を与えています。円環の魅力を巧みに利用しているのがこの作品の特徴と言えるでしょう。
絹本の性質を活かしている点にも注目。和紙とは異なる絹本の滲みが、淡い雰囲気を情勢し、女性の美しさを引き出していますね。また、金の裏箔を効果的に用いています。裏箔によって金の華美な色調が和らぎ、上品な光沢が生まれ、厳粛な祈りの場に相応しい背景になっています。裏箔の跡が女性の額の前に十字架が交わるような線になっているのも素晴らしい。いつの時代も人間は安らぎを求めるものです。(2021年3月6日、2021年10月23日修正)
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