タイトル:真似ゑもん 汐干狩りを覗く
作家 :泉水
展示会 :泉水 陶根付展 江戸のお暇(いとま)
ギャラリー:花影抄
購入日 :2025年11月2日
種別:根付・陶器
海岸に落ちていたら誰もが拾ってしまう美しい貝殻です。でも、その貝殻を持ち上げて中を見た瞬間、思わず放り投げてしまうでしょう。小さな男が隠れているのですから。根付の観賞ポイントは、①機能性、②装飾性、③小噺にあるということは前回の由良薫子さんの回でお話ししました。今回は順番を逆にして鑑賞していきましょう。
■求道者、その名は「真似ゑもん」
私は「真似ゑもん」は今回の個展で初めて知りました。真似ゑもんは江戸時代中期の浮世絵師である鈴木春信の春画に登場する人物です [1]。仙薬によって豆のように小さくなった真似ゑもんが好色道楽の修行のために人の情事を覗き見る物語。幕府の機密情報を盗み聞きしたり、金銀を盗んだりもっと仙薬の能力を有効活用?すれば良いのにと思うのは私だけでしょうか。覗き見している悪者ながらどこか憎めないキャラクターなのは、純粋に好色を学ぶ滑稽感かもしれません。ところで、2025年のNHKの大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」では、「風流艶色真似ゑもん」がお武家に献上される場面があったそうです。また、蔦重や山東京伝、唐来三和らが黄表紙のネタ出しをしている際に「(吉原で)一寸法師になって…」という台詞に「真似ゑもんじゃねぇか」というツッコミする場面もありました。私は「真似をするな」と言っていた記憶はあるのですが、真似ゑもんに掛けていたことは知りませんでした。知っている人はニヤリとしたことでしょう。
「追羽子」東京国立博物館所蔵・筆者撮影
さて、鈴木春信の「風流艶色真似ゑもん」に潮干狩りの場面は描かれていません。しかし、勉強熱心な真似ゑもんならこの機会は逃さなかったはず。「潮干狩りは江戸時代も春先に楽しむ年中行事」と泉水さんの作品解説に記載されていました。江戸の人々は旧暦の3月から4月(現在の4月から5月)になると芝浦、高輪、品川などの海岸にこぞって潮干狩りに出かけていました。潮の干満差が大きくなる春の大潮は、絶好のタイミングになります。楊洲周延「江戸風俗十二ケ月の内」の三月は潮干狩りを題材にしていますが、女性たちは着物の裾をたくし上げ、美しい生足を露出していますね。実際、麗しき女性たちを目当てにやってくる輩も多かったことでしょう。この根付の面白さは、鈴木春信の春画をモチーフにしているだけでなく、江戸時代の生活や娯楽にも通じているところです。
楊洲周延「江戸風俗十二ケ月の内」[2]
今回の個展では、《矢場を覗く真似ゑもん》という作品も展示されていました。矢場(楊弓場)とは小さな弓で的を射る遊技場で、縁日の射的場のように的に当てると景品が貰えましたが、矢を拾う女性たちが春を売る場所でもありました。《汐干狩りを覗く》では真似ゑもんはサザエの中に隠れていますが、《矢場を覗く》は普通に体が見えてしまっています。人が来たら矢を入れる箱の中に隠れるつもりでしょうか。いくら体が小さいとは言え、お客さんが後ろを振り返った瞬間に見つかってしまいそうです。「ヤバイ」ことにならないことを祈ります[3] 。
《矢場を覗く真似ゑもん》
■世にも美しき貝殻
もし何も知らずにこの作品を後ろから見たら、とても美しい貝殻の工芸品と思うでしょう。潮干狩りに訪れた女性と同じく貝殻の中に人間が隠れているとは予想できません。手に取って初めて面白さに気づくわけです。貝殻が美しく精緻に作られているほど「真似ゑもん」とのギャップが生まれ、面白さが増します。逆に言うと貝殻の出来が悪ければ笑い話で終わってしまいます。どうすれば真似ゑもんの滑稽さに負けない美しい貝殻になるのか、この作品の秘密を探っていきましょう。
キラキラのサザエ
サザエの貝殻は茶色いイメージがありましたが、この作品では白を基調としています。どうやら餌としている海藻の種類によって貝殻の色が変わるようです。紅藻類のテングサを主に食べると茶色、褐藻類のアラメを主に食べると白っぽくなるという情報がありました [4]。茶色の貝殻では野暮ったい感じになってしまったはず。白い綺麗な貝殻だからこそ、滑稽感が出てくるのです。白を基調にしながら、緑や紫がほどよく散りばめられています。青みがかった部分があることにも気づきました。微妙な色彩の変化が天然の色合いを感じさせます。緑色は自然に藻類が付着したように見えます。薄い紫はアクセントになるとともに海の宝物らしい高級感を演出してくれます。さらに黒や茶色い点々がリアル。御伽噺に出てくる宝物と実際に海岸に落ちている貝殻のいいとこどりです。
貝殻の見た目はガラス質の釉薬によって艶やかですが、触ってみると貝殻特有のザラザラしたリアルさに驚きました。近づいて観察すると貝殻の表面は小さな粒々があることが見て取れます。サザエの形は螺旋の美です。なぜ人間が螺旋を美しいと思うのかは解明されていませんが、ランダムな世界に突如として現れる規則的なリズムは無意識に人の心をひきつけます。そこにサザエのトゲが新たなリズムを生む。なんとも完成度の高い姿。巻貝であるサザエのフォルム、トゲ、表面の粒という三つの要素が美しい貝の秘密と言って良いでしょう。サザエは波の荒い外洋で育つとトゲが発達し、穏やかな内湾で育つとトゲは無くなるという説があります [5]。するとこのサザエはアラメを主食とし、やや波の荒い磯浜に生息していたのかもしれません。砂浜にいるハマグリやアサリならともかく、磯にいるサザエは波にもまれて沖に流される危険があり、真似ゑもんは怖いもの知らずなのか、好奇心が勝ったのでしょうか、方向さえ間違わなければ尊敬される人物になったはず。
喜多川歌麿「潮干のつと」[6]
泉水《尾、いらん?》
次は、その美しい貝殻に気づかない真似ゑもんを観察してみましょう。実にいい顔をしていますね。ピラミッドに隠された宝箱を発見したように大きく目を開け、口を広げています。目の下がチークを入れたようにピンク色になっています。恍惚とした表情とはまさに。眉毛や丁髷もちゃんと描かれています。両手を大きめにしているのもポイント。しっかりと貝殻の縁を掴んでいる様子が伝わってきますね。最初は貝殻の中で寝そべって隠れていたものの、よほど美しい女性に出会えたのでしょうか、背がエビ反りになり、だんだん外に這い出てくる感じになっています。前に出すぎて着物の襟元が緩んでいるように見えます。体の下に青い線が入っていることに気づきました。貝殻の奥を覗いてみると青い帯が見えます。なんと帯までしっかり描かれているのです。真似ゑもんはお腹の帯が見えるくらい仰け反っていることが分かります。また、貝殻の内側は外側と違ってツルツルになっています。実に細やかな仕事ですね。
■紐孔はどこに
印籠や巾着などを着物に吊るす留め具である根付には、必ず紐孔を施す必要があります。最初にこの作品を見たとき、紐孔がどこにあるのか直ぐには気づきませんでした。作品を回転させても紐孔は見当たりません。実は、真似ゑもんの直ぐ隣に紐孔が施されているのですが、この作品の置き方と回転させる方向がポイントなのです。
最初にサザエの突端を手前にして置いておきます。手にしたとき中を見たくなるので、自然とサザエの突端を上に少し持ち上げます。すると殻の中になにかが潜んでいることに気づきます。何だろうともっとサザエを回転させると真似ゑもんのお出ましという流れです。つまりサザエを一方向に回転させるため紐孔が視界に入らないのです。しかも、貝殻の縁は厚みがあるため、紐孔が丁度隠れているのです。もちろん縁を厚くすることで堅牢性が増す目的もあるでしょう。サザエを横に回転させると紐孔が目に留まりますが、貝殻が横に広がっているので、上から眺めて見つけにくい位置にあります。紐孔を発見しても、どこか自然にできた穴のようで違和感がありません。紐孔のとなりに作家の刻印があるのも粋です。この作品は縦に回転、横に回転させるコマ撮りをすると面白そうです。研究熱心な真似ゑもん、次はどこに覗きに行くのでしょうか。(2025年12月21日)
■参照情報
[1]鈴木春信の春画「風流艶色真似ゑもん」は国際日本文化研究センター(日文研)の「艶本資料データベース」などで閲覧することができます。https://lapis.nichibun.ac.jp/enp/Cover/List/224
[2]楊洲周延『江戸風俗十二ケ月の内 三月 潮干狩の図』,横山良八,明治23. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1307024 (参照 2025-12-07)
[3]矢場(楊弓場)はヤバイの語源という説があります。
[4]小林商店 https://www.akauni.com/unitoha_13.htm
[5]山口県漁業協同組合 https://www.jf-ymg.or.jp/zukan/sazae.html
[6]あけら菅江 [編] , 喜多川歌麿 [画]『潮干のつと』,耕書堂蔦屋重三郎,[寛政初期]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1288344 (参照 2025-12-07)
回転させてみよう