タイトル:ひと足お先に
作家 :由良 薫子
ギャラリー:花影抄
購入日 :2025年6月14日
種別:根付・陶器
初めて根付を購入しました。根付とは印籠、煙草入れ、巾着などの小物を携行する際の留め具です。江戸時代は町人が華美を誇るのは差し控えるべきであり、幕府のお咎めを受ける恐れもあるので、手のひらよりも小さい根付はお洒落アイテムとして好都合かもしれません。また、小さきものや目立たないもので美を競う趣向は、江戸時代の粋な文化を象徴しているように思います。根付を芸術として鑑賞する視点を考えていたとき、日本刀の芸術性は①機能性、②装飾性、③象徴性にあるという話を思い出しました[1] 。今回はこの視点を応用しながら、個展「いきものをすきにつくる」で展示されていた《ひと足お先に》と《魚探し》 を鑑賞していきましょう[2]。
最初は①機能性です。根付は机に置いて楽しく眺めることもできますが、携行することを前提にしているため、堅牢であることが求められます。《魚探し》はサギの体を丸めるポーズを活かし、全体的に楕円の形に仕上げています。また、二羽のサギを重ねることで尖った嘴を自然に連結させ、堅牢性を高めていると思われます。台座を大きくすれば安定しますが、それでは置物と見做されかねません。携行するには台座は小さい方が見栄えが良く、大きい台座は落下した際に付け根が破損しやすくなります。設置と携行を両立させるギリギリの形状を追求したと言えるでしょう。《ひと足お先に》は底が広く浅い鉢の形をしているので、堅牢性に優れています。やや縁を厚めにしているのは、もともとのデザインだけでなく丈夫さも考慮されているのかもしれません。
《魚探し》
底を見る
根付は丸みを帯びた作品が多いのは、着物や帯に引っかからないようにするためです。さらに紐孔を設けるという根付にとって最大の仕様が課せられます。根付のサイズは4~5㎝程度であることから、紐孔を作るのはデザイン的にも技術的にも制約が生じることになります。糸ではなく紐を通すので孔もそれなりの大きさになります。《ひと足お先に》を裏返してみましょう。よく見ると二重底になっています。おたまじゃくしが泳ぐ底で一旦蓋をし、さらに器の底が接合されています。作者のお話ではここが難しいということでした。あらためて底面を眺めても後から接合したようには見えません。では、おたまじゃくしがいる側を後から接合しているのでしょうか。しかし、上から眺めても接合の跡は見えません。どうやって二重底にしているのか首をかしげてしまいます。直ぐには気付かない技術が格好いいのです。
次は②装飾性です。根付を芸術たらしめる最大のポイントになりますので、じっくり観察していきましょう。まずこの作品を見たとき、誰もがおたまじゃくしが何匹いるのか数えてしまうはず。1匹、2匹、3匹…と数えていくと、水草に隠れているので、無意識のうちに根付を傾けていきます。すると外側にいるカエルに気づく!という仕掛けです。なので、もし誰かにこの作品を見せるときは、カエルのいない側を向けて置いておくのがお作法なのかもしれません。おたまじゃくしは全部で6匹いました。この小さい鉢の中に6匹もいるとは驚きです。しかもおたまじゃくしは水草の上を泳いでいます。二重底になっているため、鉢は必然的に浅くなってしまいます。そこでおたまじゃくしを水草の上に持ってくることで、深さを演出しているように思いました。私は作者からお話をお伺いするまでは二重底に気づかず、上から見える底が鉢の底と勘違いしていました。
おたまじゃくしは水草に隠れている
ところで、私はおたまじゃくしを見る機会はすっかりなくなってしまいましたが、このおたまじゃくしは背の部分が白くなっています。おたまじゃくしは何色をしているのか。調べてみると一般的には黒や茶褐色で、胴体と尻尾で色が明確に違うわけではないようです。ただし、もともと色素が薄いため、内蔵のない尻尾は胴体に比べると、透明っぽく見える傾向があります。この作品のおたまじゃくしの白は透明感を表現しているのかもしれません。それに加え私には別の効果もあるように思いました。もしおたまじゃくしの全身を黒にし、6匹も入れてしまうとやや重苦しい印象を与えるおそれがあります。鉢と同じ乳白色にすることで保護色になり、おたまじゃくしを探し難くなる効果もありそうです。さらに、おたまじゃくしが泳いでいる感じが強まるように感じました。光のきらめきや屈折、反射によっておたまじゃくしが白く輝いているようなイメージです。一匹一匹のおたまじゃくしの姿もかわいい。キョトンとした目が何とも言えません。実際、おたまじゃくしは目の周囲が透けており、黒い瞳が目立っています。
鉢の周囲には水草が浮いています。上から眺めると丸い形をしていますが、ハスの類ではなく球体っぽい水草ということでした。薄い緑と濃い緑を使い分けることによって、視覚的な階層が生じ、真上から眺めても平面的にならず遠近感が強まります。これも浅い底を深く感じさせる理由かもしれません。また、水草と水草の隙間に金色に輝く部分があります。水面の輝きを示しているのでしょう。眩しさが良いアクセント。円環の水草は、おたまじゃくしの泳ぎと連動し、楽譜のようなリズミカルな空間が形成されています(おたまじゃくし♪)。
水草を観察していると、鉢に接しているのは二か所しかないことに気づきました。水草と鉢の間にはほんの少しですが空間があります。その方が技術的に都合よいのか、意図があるのかは尋ねていません。ただ、縁の周囲に水草がべったりと付着していると一つ一つの水草の円はつぶれてしまうことになります。また、隙間があることで水草が浮いている感覚が明瞭になるように思いました。僅かな隙間からみえる磁器の白が美しく、縁の内側にある染付の青い線が映えるのです。
鉢のデザインに注目してみましょう。「S」字をくずしたような文様です。一般的な文様のようにも思いつつ、かといって焼き物で似たような文様があるかと言えば頭に浮かばず。ポイントは銀色と青が混じった細い線です。隣り合う色のためか灰色っぽく見えます。微妙に輝きを帯びているためか、現代的な色味に感じられます。この色彩は古い焼き物にはあまり見られないように思いました。底に近い部分は青海波です。遠目には蓮華台にも見えますね。側面のS字のような文様は滝をイメージしているのかもしれません。すると青海波は滝つぼにも喩えられます。人間からすれば滝というより穏やかな川の流れでしかない高低差もカエルにとっては大いなる壁。もっとも人間も仏様の視点から眺めれば、井の中の蛙であり、どこまでも続くマトリョーシカと言えるでしょう。少し鉢を傾けて見ると縁の下には黄色い線が走っています。もともとの模様かもしれませんが、長い間、外に置かれていたことによる水垢の汚れようにも感じました。年季の入ったこの鉢からは何世代ものカエルたちが巣立っていったのかもしれません。
陶器なので水を入れることもできると教わったので実験。水面の揺らめきがきれい!
《魚探し》はサギの羽の表現が秀逸でした。色味だけでなく、細かい線によって羽の質感が表現されています。写実的な一面を持ちながら、サギの表情は漫画チックな表情をしているので、鑑賞者も一緒に魚を探したくなりますね。側面のカキツバタも装飾性に優れています。見る側によっては完全に隠れてしまうので、《ひと足お先に》のカエルと同じく回転させていくと気が付く仕掛けです。しかもカキツバタによって、この場所が水辺であることを教えてくれます。緑色は視覚的なアクセントとしても効果を発揮しています。
日本刀の芸術性の3点目は象徴性にありますが、根付では「小噺」に置き換えられると考えました。今回の由良薫子さんの個展では《命拾い》という落語の「後生鰻」を題材にした作品がありました。《蜘蛛と駕籠》も落語の演目です。《華麗な座布団》は大きなカレイは「座布団カレイ」と呼ばれることから、つまりは駄洒落です(しかも座布団の模様はインド更紗という二重の言葉遊び!)。由良さんの作品は思わずくすりと笑ってしまうネタが仕込まれています。この感覚は「をかし」と「可笑しい」の間にあるように思いました。趣があって美しい。愛くるしくどこか滑稽。眺めているだけで不安と緊張が消えていく。知的好奇心を刺激し、明るい気持ちにしてくれます。落語をテーマにした作品はもとより、どの作品からも小噺が浮かんできます。《おすましネコ》はあくせく働く人間に何か語りかけてくるような気がしてなりません。そのうち話のネタに困った落語家が、由良さんの作品を見てネタを考えるという立場が逆転する小噺もできそうです。
《命拾い》
《蜘蛛と駕籠》
《華麗な座布団》表
《華麗な座布団》裏
日本刀の芸術性の3点目は象徴性にありますが、根付では「小噺」に置き換えられると考えました。今回の由良薫子さんの個展では《命拾い》という落語の「後生鰻」を題材にした作品がありました。《蜘蛛と駕籠》も落語の演目です。《華麗な座布団》は大きなカレイは「座布団カレイ」と呼ばれることから、つまりは駄洒落です(しかも座布団の模様はインド更紗という二重の言葉遊び!)。由良さんの作品は思わずくすりと笑ってしまうネタが仕込まれています。この感覚は「をかし」と「可笑しい」の間にあるように思いました。趣があって美しい。愛くるしくどこか滑稽。眺めているだけで不安と緊張が消えていく。知的好奇心を刺激し、明るい気持ちにしてくれます。落語をテーマにした作品はもとより、どの作品からも小噺が浮かんできます。《おすましネコ》はあくせく働く人間に何か語りかけてくるような気がしてなりません。そのうち話のネタに困った落語家が、由良さんの作品を見てネタを考えるという立場が逆転する小噺もできそうです。
最初に《魚探し》を見たときはサギの親子かと思いましたが、アオサギとゴイサギということでした。親子ですと一緒に餌を探す微笑ましい場面になります。ところが別の種類となれば、どちらが先に餌を見つけるかの競争と解釈することもできます。水面に近いのはゴイサギですが、体大きいアオサギは遠くまで嘴を伸ばすことができますね。そう考えながら根付を回転させると、魚は後ろに隠れているわけで…魚は我が身を狙うサギに気づいているのか否か。三人の知恵比べの小噺になりそうです。
《ひと足お先に》はどんな小噺になるのでしょう。それにしても鉢にくっつくカエルの出来栄えは秀逸です。体と足で色合いが異なり、目の光彩は金色をしています。鼻孔から目の後ろにかけて黒い線もあります。そればかりか目の後ろにあるオレンジ色の点は鼓膜ということも分かりました。可愛さとリアリズムが同居しています。久しく本物のカエルを見ていなかったので、調べて見るとニホンアマガエルの特徴を適確に表現していることに驚きました。さて、おたまじゃくしからひと足に成長したカエル。タイトルからすると自慢しているのかなと思いました。しかし、だんだんと鉢の中の安全な棲み処が名残惜しいようにも見えてきました。外の広い世界は何が起きるか分かりません。一人で旅立つには心細い。次にカエルになる仲間を待っているようです。もっとも鉢の中にいるおたまじゃくしはまだ足が生えておらず、成長するには時間がかかりそう。鉢中ライフを満喫しています。そこで、何とか早く成長してもらおうと外の世界の素晴らしさをおたまじゃくしに語りかける。もちろんこのカエルは怖くて遠くには行っておらず、外の世界のことは知りません。そこで根も葉もない嘘を重ねていく…という小噺です。と、オチが思いつかないまま…紙幅が尽きてしまいました。こうして私は根付の世界にひと足、踏み込むことになったのです。(2025年10月26日)
しれっと泳ぐお魚
《おすましネコ》
[1]佐藤寛介氏 東京国立博物館 月例講演会 長船則光の注文打太刀にみる日本刀の特質 2025年9月13日
[2]購入したのは《ひと足お先に》ですが、《魚探し》も素晴らしい作品ですので、合わせて紹介します。