タイトル:幾何文螺鈿八角茶入
作家 :山村 慎哉
ギャラリー:しぶや黒田陶苑
展示会 :山村慎哉 作品展
購入日 :2025年10月25日
種別 :メキシコ鮑貝、夜光貝、金粉
海に潜っていく感覚がした。円、三角形、四角形の文様は水面へと上がっていく泡であり、その隙間にある微細な光は海中のプランクトンや粒子が輝いているように見えた。平面的な幾何学文様であるにもかかわらず、無限の奥行きを感じさせるのは様々な大きさの文様を雪が降るように散りばめているからであろう。円、三角形、四角形は寸分の狂いもない。相似の図形であるため、それぞれの元々の大きは同じであるが距離があるがゆえに大小違って見えると認識してしまう。螺鈿を平面的な装飾ではなく空間を創造する芸術に昇華させているのだ。小宇宙という言葉はこの作品にこそ相応しい。
幾何学文様を観察してみよう。輪郭線の中に円、三角形、四角形の面が施されている。他の作品を調べると《夜光貝同心円紋四方箱》はその名の通り夜光貝が用いられ、《耀貝六角振々小箱》は主にメキシコ鮑貝を用いていることから、本作の輪郭線は夜光貝、面はメキシコ鮑貝と考えられる。凛とした輪郭線と複雑な色面を融合させた美しさがこの作品の醍醐味である。輪郭線と面の間にわずかな隙間があることも見逃せない。漆の黒によって夜光貝の輝きが強調され、輪郭線は浮き出るように見える。メキシコ鮑貝の波打つグラデーションが視認しやすくなり、色合いに深みをもたらす。一つ一つの文様が平面的ではなく立体的なのだ。もし輪郭線と面がぴったりと接合していれば、輪郭線はぼやけ、面の繊細な輝きは埋没してしまっただろう。本作の文様は何かを包み込むような印象を与えている。封じられたと言っても良い。例えるなら色の輝きからするとシャボン玉である。想像を膨らませていくと、夏祭りで見かける金魚が入ったビニール袋が思い浮かんだ。水中の光の屈折や反射が螺鈿と類似するのかもしれない。シャボン玉は触れると割れてしまうが、この文様からは弾力性という触覚値も感じさせる。シャープでエッジのある三角形と四角形の直線にしなやかさが生まれるのは不思議である。
《夜光貝同心円紋四方箱》
この作品を見て漆器と気づかない人も多いのではなかろうか。漆黒の闇と言われるように大半は艶やかな黒で覆われ、その一部に花鳥風月などの螺鈿細工を施すのが漆芸のイメージである。この作品では黒そのものは目立っていないが、漆の黒を最大限に活用している。その一つは先に述べた輪郭線と面の狭間にある黒が螺鈿の美しさを引き立てることである。次に漆は下地として螺鈿の見え方に重要な影響を与えている。厚い螺鈿を貼るとその下にある漆は見えなくなる。しかし、貝を極めて薄く削っていくと透過性を持つ [1]。0.1mm以下の薄貝に加工された貝は相当程度に光を透過する。メキシコ鮑貝を調べるとパープル、ブルー、エメラルドグリーンと様々であり、研磨の程度によっても色合いや輝きは異なるが、本作のような深みのある色は見当たらない。単純に光が反射してキラキラしているのではなく、螺鈿の下地ある漆を通じて湧き上がってくるように見えるのである。朧気ながらも絶えることのない輝き。黒い漆は光を吸収するはずなのに奥底から放出されているように見えるのは面白い。漆器や螺鈿においては「底光り」という言葉が用いられるが、日本の美意識の一つとしての奥ゆかしさに結び付けられることもある。
《耀貝六角振々小箱》
回転ディスプレイに載せて鑑賞すると別の美しさが見えてくる。八角の面は緩やかな曲線を描いており、一つの面に施された螺鈿がすべて輝くわけではない。つよく煌めく文様もあれば、ひっそりと闇にたたずむ文様もある。最初は青や紫色に輝く輪郭線に目がいく。輝く星を探すように視線は遷移する。しかし、しばらく鑑賞しているとやや淡く沈んだ文様が気になってくるのだ。
この作品は極めて現代的である。デザインも理由の一つであろう。しかし、従来の漆芸や螺鈿とは決定的に違う何かがあるのではないか。その理由を制作過程から探ってみることにした。2025年のしぶや黒田陶苑の個展に合わせてYouTubeで制作過程の映像が公開されている [2]。まず驚いたのは設計や加工に情報ソフトや精密機械を積極的に活用していることである。図面の設計だけではなく、加工方法と制御を行うため3台のパソコンを連動させている。しかも高価な最新のソフトを用いるのではなく、安価なソフト(無料のものもある!)を自己流で改善しながら使用しているという。工芸作家というのはアーティストであると同時にエンジニアなのである。工芸の美とはものづくりの楽しさが根底にあるのかもしれない。精密機械だけでなく、貝や金粉を作るために薬研(生薬を磨り潰して粉末にする道具)を使うのも面白い。粉末にする機械とは異なり独特のムラが生じることで複雑な輝きが生まれるのだ。逆に精緻さを追求する場合はレーザー加工を施す。漆の研ぎはイメージ通りの手仕事である。インタビューのなかで「貝が一番綺麗に見える方法を考える」という言葉は工芸の核心を突いていると思った。精密機械、伝統工具、そして手仕事は対立するものではない。
蓋を開けた姿
山村慎哉さんの制作過程のポイントの一つは、本体と蓋の合口をダイヤモンドワイヤーで切断していることである。本体と蓋の文様は完全に合致し、一体性が失われることはない。ひとつの塊としての圧倒的な存在感。それは蓋を開けるときの緊張感を高めてくれる。内部は光が降り注ぐような梨地が施されている。面に蒔かれた金粉は荘厳な一つの空間を生み出す。私は面を見ているのではなく空間を眺めているのだ。蓋の裏側を見て見よう。大きさの違う金粉が蒔かれている。形も一様ではない。粉雪にも鳥の羽にも喩えることができる軽やかさ。天からの神々しき恵み。その美しさをもたらすのもまた漆の黒なのである。
山村慎哉さんは金沢美術工芸大学の学長(2026年2月時点)であり、以前に「MY ARTROOM・観想芸術の間」で紹介した《百千金字塔香合》の池田晃将さんとは師弟関係にある。レーザー加工などを駆使する池田さんの制作方法は山村さんの指導の賜物と言って良い。池田晃将さんと言えば数字をあしらったサイバー螺鈿であるが、デザインの源流は山村慎哉さんにあるように思えた。漆芸の底光りという概念は昔から存在するため、山村慎哉さんの作品から感じられる新しさは別の角度から求める必要がある。そのモダンなデザインの本質とは何かを考えたとき、「私たちはデジタルに郷愁や愛着といった感情を持つようになった」ということに辿り着いた。《幾何文螺鈿八角茶入》はテクノロジーを操る人々と、テクノロジーの間を生きる人々がデジタルを一つの美として捉えることができた瞬間なのかもれない。(2026年2月28日)
手前は池田晃将さん《百千金字塔香合》
[1]この性質を応用して貝の裏に金や銀を貼ることで輝きを増したり、朱漆や青漆を塗ることで色味に変化を与える伏彩色(裏彩色)という技法がある。