タイトル:百千金字塔香合
作家 :池田 晃将
会場 :日本橋髙島屋(高島屋)
展示会 :池田晃将展
購入日 :2022年 9月19日
技法画材:漆・螺鈿・蒔絵
*『超絶技巧、未来へ! 明治工芸とそのDNA』出品作品(岐阜県現代陶芸美術館、長野県立美術館、あべのハルカス美術館、三井記念美術館、富山県水墨美術館、山口県立美術館、山梨県立美術館)
タイトル:百千金字塔香合
作家 :池田 晃将
会場 :日本橋髙島屋(高島屋)
展示会 :池田晃将展
購入日 :2022年 9月19日
技法画材:漆・螺鈿・蒔絵
*『超絶技巧、未来へ! 明治工芸とそのDNA』出品作品(岐阜県現代陶芸美術館、長野県立美術館、あべのハルカス美術館、三井記念美術館、富山県水墨美術館、山口県立美術館、山梨県立美術館)
2022年9月に日本橋高島屋で開催された「池田晃将展」は、普段は伝統工芸に関心がなさそうな若者で賑わっていたことに驚かされた。しかし、残念ながらその足で同時期に催されていた日本伝統工芸展に行こうという声は聞こえてこなかった。日本伝統工芸展にも珠玉の作品が陳列されていたが明らかに客層は異なる。なぜ池田晃将さんの作品は美術や伝統工芸への関心が薄い人たちをも虜にするのだろうか。言うなれば池田晃将さんの作品は“刺さる”のである。刺さるとは、心に突き刺さるに由来する俗語で、意味合いとしては、琴線に触れるに近い。共感する状況にありながら、自分には及びもつかない「畏怖」という側面も強いように思われる。
漆器は日本の伝統工芸であることは誰もが知っているが、もはや身近な存在ではない。漆器の工程を知っている人は少ないだろうし、ハレの日だから漆器を使う習慣も廃れつつある。また、漆芸で表現される花鳥風月や伝統的装飾はどこか遠い存在で、重苦しいイメージがつきまとう。それに対して、池田晃将さんの作品を見たとき、ほとんどのひとはサイバー空間をイメージするであろう。現代人は一日の大半をサイバー空間で過ごす。情報収集の主たる手段はインターネットであり、SNSで素性の知らない人達と会話することに違和感を持たなくなった。さらに、写真や行動が記録されたスマートフォンなどは自分の分身とさえ言って良い。誰もが「共感」できる舞台であるサイバー空間と漆器を結びつけたことが一つ目の鍵である。
個展作品①
サイバー空間は見ることができない。しかも、無限とも言える情報はすべて0と1で構成されている。ほとんどの人にとってサイバー空間の本質を理解することはできないだろう。ゆえに「畏怖」すべき空間でもある。そもそもサイバー空間自体に色彩は存在しないのだから、黒というよりは理解できる範疇を超えた象徴としての闇、すなわち漆黒である。漆黒を辞書で引いてみると興味深い解説があった。『黒漆塗りの漆器のように、つややかな黒色をさす。<略> まったく光が存在しない世界をイメージしているのは「黒」と同じ概念だが、実際にあらゆる光を吸収する物質は存在しないとされる。ただし黒が概念にとどまっているのに対し、漆黒は漆器の黒という物質を提示しており、無彩色でありながら、光の反射による微妙な彩りを否定しない[1] 』つまり、黒は光を吸収することを本質としながら、漆黒は自らの光による色彩美を内包している。実態をもたないサイバー空間に囚われるのもある意味大いなる矛盾である。単に漆の黒という色がサイバー空間に似合うのではない。漆こそサイバー空間を最も的確に表現できるマテリアルである、そのことに気づいたのは二つ目の鍵と言えよう。
なお、漆はウルシオールという樹脂分を主成分とする。採取したばかりの生漆はやや茶色く濁った透明である。赤い漆は顔料を混ぜたものであるが、黒は鉄分を混ぜることで酸化し、漆自体が変色したものである。漆黒とは漆の固有の色なのである。
[1] 講談社 色名がわかる辞典について コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%BC%86%E9%BB%92-192802
個展風景・作品②
三つ目の鍵は数字の用い方である。数字は身近な存在というだけでなく、あらゆる経済活動の基盤であり、言語と並ぶ文明の始まりである。しかし、芸術はどこか数字を避けてきたきらいがある。様々な書体が生み出され、書道のように芸術に取り込まれてきた文字とは明らかに違う。芸術は曖昧な部分を好む。完成形がないからこそ、人々はあらたな芸術を探求し続ける。一方、数字は全てを瞬時に明確に切り分けてしまう。さらに数字には文脈がなく、その数を示すこと以外は何の意味を持たなかった。ところが、デジタル化社会において、数字は従来とは異なる次元で存在意義を獲得した。数字は中世のキリスト教社会のように我々を規律している。となれば、数字をアートに取り込むことは容易に思いつくだろう。しかし、誤読しないよう数字の形は単調であり、変化や抑揚をつけにくい。何らかの方法で数字を表現すると、浮ついたポップアートになってしまう。ところが、池田晃将さんが描く数字は、数字として見せられている気がしない。花鳥風月を描くように数字を芸術のモチーフにしているのである。高層ビルを描くときにコンクリートを描こうという作家はいないだろう。同じようにサイバー空間は数字でできている。だから、数字を描いている。これは作家自身もあまり意識されていないことかもしれない。数字は木の葉のようなものであり、樹木、そして森へと広がりうる。池田さんの作品は一つの空間なのだ。この数字の芸術への取り入れ方は、あるものをあるがままに表現するという伝統工芸の在り方が自然に結びついた結果とも推察できる。
四つ目の鍵は螺鈿にある。数字の意味は明白であるが、目に映らない。空気ですら吸えばその存在を感じることができるのに、数字は概念でしかない。にもかかわらず数字が束縛する力は絶対である。この本質を表現するにもっとも相応しいのが螺鈿なのだ。螺鈿は夜光貝、白蝶貝、アワビなどの貝殻の真珠層と呼ばれる光沢のある部分を薄く切ったものを使う。薄膜の上下の境界で反射された光波が互いに干渉し、特定の波長の反射光を増強又は低減させることを薄膜干渉という[2] 。真珠層は屈折率の異なる薄膜が重なり、多数の反射層を形成されることで多彩な色が生み出される。光が当てられた瞬間、数字は明瞭に輝くが、角度を変えるだけで、途端にその姿は消えてしまう。しかも、均一に輝くのではなく、ある螺鈿が極めて鮮明になる。そのため鑑賞者はあらゆる角度から作品を眺めようと試みる。容易にはここから立ち去ることはできない。サイバー空間、漆、数字、螺鈿、この4つの鍵を組み合わせることで、伝統工芸から比類なき現代アートに生まれ変わったのだ。
[2] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%84%E8%86%9C%E5%B9%B2%E6%B8%89
個展作品③
次に《百千金字塔香合》の特徴について考えてみよう。まずは形である。底面は正方形で、側面は全て二等辺三角形から構成される正四角錐である。この形の魅力はやはり頂点だろう。土台から頂点まで自然に視線が流れていく。ピラミッドのような権力の象徴として用いられるのも、ピラミッドパワーという疑似科学が流行するのも形の美しさが根源にある。そして、サイバー空間という未知の領域にも符合する形である。もう一つ形で注目したいのは、底面が浮いていることである。サイバー空間を想像してみよう。そこは宇宙のように重力を感じることはない。正四角錐を俯瞰して眺めれば正方形となり、ピラミッドは鋭い先端と安定性のある底面を併せ持っている。現実の世界ではピラミッドが浮遊することはない。しかし、あたかもSFの反重力のような概念を形にすることで、サイバー空間のイメージは増幅される。浮遊するピラミッド《百千金字塔香合》はサイバー空間を象徴する形なのである。
個展作品④
《百千金字塔香合》は池田さんの作品の中でも圧倒的な螺鈿の密度を誇っている。埋め尽くされていると言っても過言ではない。遠目から眺めたときの輝きは群を抜いている。さらに近づいて観察してみよう。意外にも数字の配列には規則性が見られない。螺鈿の大きさはランダムである。池田さんのHPに掲載されている《Neoplasia-engineering》というピラミッド型の作品は、底面の螺鈿は大きく、頂点に向かうにつれて小さくなっていく。高さを強調するための手法であろう。《百千金字塔香合》はより鋭い形をしていることから、次第に螺鈿を小さくするのは難しく、面としての輝くに力点を置いているように思える。また、横向きになっている数字も多い。《百千光絵素小中次》のように一定の方向に規則正しく配列されている作品が多い中で、珍しい部類になる。一定の方向に数字が並ぶ場合、流れというものが意識されやすい。高速でプログラムが読み込まれるサイバー空間のイメージが思い浮かぶ。一方、大きさも向きもランダムである《百千金字塔香合》は、閉じ込められたサイバー空間である。人類が自ら制御することができないほどに膨張した叡智の塊としてのサイバー空間として鑑賞者はその神々しさに息を呑む。現代に突如として出現したオーパーツを思わせる。
この作品の色彩を説明するのは非常に難しい。というのは正確な色彩を捉えることができないからだ。ところで、画廊や百貨店での写真撮影の可否は展示によるが、不可とされるのは著作権や作品の保護又は作者の意向等によるのだろう。「池田晃将展」は撮影可のため、多くの来場者が作品を写真に収めていた。これは作家さんの御厚意によると思われる。しかし、別の観点で考えると、多くの人が撮った写真をSNSで共有するほど、作品の真の姿を理解することができるのではないか、ということに気づいた。《百千金字塔香合》は少し角度がずれるだけで、ある側面は漆黒になり、数字の輝きは消えてしまう。また、淡く光ったかと思えば、次の瞬間に強烈な光を放つ。主には緑であるが、赤や青が強く出現することもある。つまり、どの写真も作品の真実であるが、全てを表現することはできない。飽きることなく眺めたくなる秘密はここにある。
個展作品⑤
鏡の上にのせることで、作品の魅力は倍増する。まさに複製し、増殖し続けるサイバー空間そのものである。面白いことに瞬間的なきらめきは鏡面の方が勝っている。イルミネーションの如く鏡面は輝く。さらに鏡があることで作品の浮遊感が増すことも見逃せない。鏡を展示台にすることは他にも見受けられるが、ここまで作品を引き立てる例は希であろう。最後に、多くの人はこの作品の内部が気になるだろう。香合であるのだから、当然、開けることはできる。隠すものではないので、想像以上の漆器の軽さに驚きながら、蓋を持ち上げると、内部は梨地の輝きに満ちていた。これもまた一つの宇宙のようである。《百千金字塔香合》はサイバー空間という新境地を開拓しながら、どこまでも日本の伝統工芸の心と技を引き継ぐ作品でもあるのだ。(2022年12月25日)
《百千金字塔香合》内部