タイトル:女鶴織戯
作家 :熊谷 曜志
画廊 :靖山画廊
展示会 :熊谷曜志 日本画展
購入日 :2019年2月18日
サイズ :10
技法画材:日本画
女鶴織戯、すなわち「鶴の恩返し」である。翁が約束を破って機を織る姿を覗いてしまう物語のクライマックスである。鶴の恩返しは、桃太郎や白雪姫といった子どもに読み聞かせる絵本の印象が強く、絵画のモチーフとするには難しい。ユーモラスな雰囲気を強調させたり、ポップな図案によって、おとぎ話をアートに仕立てるパターンは散見される。しかし、この作品は、おとぎ話を洗練された絵画に昇華させ、いわばファインアートのような作品に変貌させていることに驚かされる。おとぎ話であっても美しい場面は、絵画として魅力的な素材であることに気づかされた。また、今回の熊谷曜志展では、「女鶴織戯」の隣に「八重葎の園」という源氏物語をモチーフにした作品が展示されていた。源氏物語といえば土佐派のやまと絵のような様式を思い浮かべがちだが、見切れの構図を大胆に用いることで、登場人物の心象に迫る作品であった。
ところで、鶴の恩返しは、「見てはいけない禁忌」のパターンに含まれる。見てはいけない禁忌は世界各地の神話や伝説に見られる。黄泉の国を訪れたイザナギがイザナミとの約束を破って後ろを振り返る場面、滅ぼされるソドムとゴモラを振り返ったがゆえにロトの妻は塩の柱にされてしまう創世記の場面などは有名であろう。いずれも見てはいけないという約束を破り、罰を被ることになる。なぜ見てはいけない禁忌が世界の神話や伝説に広まっているのかはともかく、禁止されるとより強い欲望を生むカリギュラ効果は物語を盛り上げることは間違いない。この作品も「見てはいけない場面」であることを再認識し、禁忌を破って鑑賞してみると美しさが増してこよう。画面右はじの障子を開けて部屋をのぞく翁は、禁忌を破った鑑賞者を示しているとも考えられる。
この作品が洗練されている理由の一つはこの女性の姿勢にある。右腕を高く上げた姿勢は、鶴に似せたものだと誰もが思うだろう。横糸を通す道具である杼を持つ右手の指先は、しなやかな一瞬を捉えると同時に鶴の頭を思い起こさせる。S字に伸びる糸も美しい。右手を頂点に扇形の構造が見て取れる。絵画のバランスが保たれているかは、モチーフを幾何学模様に置き換えて簡略化した場合に構造的な美しさを維持できていることが重要となる。この作品は女性が扇形となり、さらに雲のような気流で二重の扇が構成されている。また、背後の障子は四角形の枠となり、画面を安定化させている。
女性は、姿勢のみならず、髪型と着物も入念に検討されていることが伺える。たなびく髪は空を舞うかのようである。平安貴族を思わせる垂髪は優美であり、頬にかかる髪をカットした鬢そぎの揺らめきが「動」を演出させる。着物は鶴に合わせて白と黒を基調とし、グラデーションをつけ、金粉を部分的に散りばめている。物語のイメージを阻害せずに絵画としての美しさを保つには、かなり試行錯誤したのではなかろうか。モノトーンの着物は柄を入れないと重く地味になってしまう。一方、柄を入れれば鶴のイメージから離れてしまう。白黒のグラデーションは鶴のイメージを失わせず、着物の動きは蝶のような生命力を感じさせ、袖の金粉は星空のような優雅さを醸し出している。人間ではない主人公の吸い込まれる美しさは誰をも魅了する。
機織り機についても十分に調査したうえで描かれている。作者にお伺いしたところ、機織りには大型の「高機」と古代より伝わる「いざり機」と呼ばれるものがあるらしい。鶴の恩返しは裕福ではない農家が舞台であることから、高機ではなくいざり機の方が適しているというお話だった。また、大型で構造が複雑な高機を描くと、画主人公の存在感が薄れてしまう欠点があろう。一方、いざり機は、長く伸びる2本の招木が織機の構造としてわかりやすく、綜絖を手繰る足の動作を伴うことから臨場感が増す。力の入った左足に注目したい。左手に持つのは刀杼であろう。織られている白い糸は一本一本細密に描かれ、鶴の羽からなる美しさを表している。
人間ではない鶴が機織りをする様子をどのように表現するか、次のポイントは女性を取り巻く煙のような気流である。これにより現実と空想が混ざり合う不確かな世界が演出されている。透き通った白い布は天使の羽衣といって良い。白い靄はわずかばかり翁の方に流れている。これにより障子を開けて翁への鑑賞者の視線を誘導させる。また、部屋に散る鶴の羽が悲しさを誘う。羽毛は細かい産毛まで丁寧に描かれており、一枚一枚の向きを変ることで、空気の流れを感じることができる。床に落ちた羽毛もあることに気が付く。
身を削って機を織る女性は、いつかは秘密を知られてしまうことを予感しながらも懸命に糸を通す。その表情はおとぎ話というには切なすぎる。障子に映る鶴の影も上手い。カラヴァッジョやジョルジュ・ド・ラ・トゥールのように西洋画では、明暗を対比させるという手法は多く用いられてきた。日本画でも月夜のような場面は描かれるが、全体をぼんやりと闇が覆い、光源というものを意識し、物理的な法則に従って明暗をつける作品は少ない。この作品でも蝋燭のような光源は描かれておらず、着物の白い部分が最も明るくなっている。しかし、それは欠点というより女性を引き立たせ、幻想的な完成度は増している。まさに禁忌を犯した者のみが目にする美しさであろう。(2021年2月22日)
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