エルの疑問符 ~「エルとカゾク」編~

(関連作品)

1・エルの疑問符~「エルとカゾク」編~

2エルの疑問符~「エルとバレンタインデー」編~


(登場人物)

・伊月(いつき):♂

バカと天才の紙一重の研究学者。

特に専門分野は無く、やりたい時にやりたい事をやっているだけ。

時々ネジが外れたような事を言うが、基本的には妹思いのいい兄。


・深月(みつき):♀

伊月の妹。苦労人。

毎度毎度の兄の謎かつ無駄かつ騒々しい研究に睡眠妨害をされている。

気が強く、結構容赦ない言葉も多用する。低身長がコンプレックス。

なんだかんだで兄を慕っている。


・エル:♀

伊月に創られた女性型アンドロイド。命名は深月。

最低限の言語と一般常識しかプログラムされておらず、知らない単語がほとんど。

不気味なほど人間味溢れる見た目と淡々とした口調が特徴。

深月の妹分となるが、深月よりも15cmほど背が高い。


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(役表)

伊月:

深月:

エル:

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伊月:出来たぁーッ!!


深月:っるさいわね、バカ兄貴!!

   何時だと思ってんのよ!!


伊月:午前2時だが?

   まだ寝ていなかったのか?


深月:……むかつく。

   どの口が言うの、それ。


伊月:そんなことより、我が妹、深月よ。

   こいつを見てくれ。


深月:……なにこれ、ダッチワイフ?

   うわぁ……最悪ね、兄貴。

   いくら彼女が出来ないからって、こんなもの作るなんて……


伊月:最悪なのはお前の思考回路だ!

   なんでこの俺が、ダッチワイフなんて作らなきゃならんのだ!

   ていうか、どこでそんな、ダッチワイフなんて単語を覚えたんだ!?

   ダッチワイフなんてのは、男としても相当のレベルに至っていないと手を出そうとも思えない、

   そもそもダッチワイフってのはだな……


深月:わかったから、ダッチワイフを連呼しないでよ!

   ……で?

   結局、これはなんなのよ?


伊月:「これ」とか言うな、「彼女」と言え!

   こいつはなぁ、俺がここ半年、寝食をそこそこにしか取らずにずっと没頭していた、

   アンドロイド研究の成果、その結晶なんだ!


深月:ダッチワイフをアンドロイド化したの?

   ……最低ね。


伊月:違うっつってんだろ!

   もういいよ、ダッチワイフのくだりは!


深月:冗談だってば。

   ……それで、なに、この子はアンドロイドなの?

   とてもそうは見えないんだけど……


伊月:そりゃあそうだろうなあ。

   なにせ、人工物、と見せかけて本物の皮膚に、本物の肉、本物の毛髪を、

   超精密な素体の上から、本物の人間そっくりに……


深月:あ、もしもし警察ですか?

   うちの変態マッドサイエンティストが、ついに猟奇殺人者になっちゃったみたいなんで、


伊月:やめろォオ!!

   冗談に決まってんだろ!

   イッツ・ア・サイエンティスト・ジョーク!


深月:あー、ハイハイ。

   でも、さっきからうんともすんとも言わないじゃない。

   やっぱりこれ、


伊月:ダッチワイフではないと言っているだろうが、断じて違う!!

   まだ電源を入れていないだけだ。

   いかんせん、今しがた完成したばかりで、試運転もまだだからな。


深月:じゃあなんで、「出来た」なんて大声で叫んだのよ、夜中の2時に。

   か弱い妹が、ぐっすり眠りこけてたというのに。


伊月:一人で自己満足に浸るより、まずお前に見てもらいたかったんだ。

   ……ほら、俺ら、小さい頃から親無くしちまって、可愛がられるなんてこともなくてさ、

   唯一の肉親である俺自身もこんなんで、お前にも、だいぶ窮屈な思いをさせてきちまったと思うんだ。

   だから、な。

   作り物の命ではあるけど、お前の親とまでは行かなくとも、

   まともな家族って奴が、一人でも増えればいいなって思ったんだ。

   ……ま、結局俺自身の自己満足であることに、代わりはないんだけど。


深月:兄貴……


伊月:……しんみりさせちまったか。

   ははっ、俺らしくもないな。


深月:いや、兄貴。

   私らの両親、まだ普通に生きてるんだけど。

   海外出張が多いから、家にいない事も多いけど、毎日連絡とってんじゃん。

   最近はブログまで始めた、ハイカラな両親よ?


伊月:ちっ……


深月:え、今舌打ちした?

   ねえ、舌打ちしたよね今!?


伊月:さーて、何はともあれ試運転だー!


深月:ちょっと!


伊月:あ、間違っても変な言葉教えるんじゃないぞ、めんどくさいことになるから。


深月:……はあ?


伊月:スイッチオーン!!


(間)


エル:………………


深月:おぉ、目が開いた。

   すごい、本物みたい。


伊月:そうだろうそうだろう。

   どうやって作ったとかは、この際聞くなよ?


エル:ここは……?


深月:喋った!


伊月:驚きすぎだろ、いちいち。

   えーっと、おはよう。


エル:……オハヨウ、……ございます。


伊月:……うん、挨拶は良し。

   俺は、お前の作り主の、伊月。

   わかるか? い・つ・き。

   伊藤の伊に、月と書いて、伊月だ。


エル:伊月……様。

   はい。


伊月:あー……

   「様」って付けられるのも、変な気分だなあ。


エル:なぜですか、伊月様?


伊月:……ま、まあいいや。

   とりあえず、覚えといてくれな。


エル:了解しました、伊月様。

   人物リストに、新規保存します。


伊月:で、こいつが俺の妹の……

   あれ、どこ行った?


深月:………………


伊月:……なに隠れてんだよ。


深月:……ねえ、それ、ほんっとうにアンドロイドなのよね?

   実はどっかの子の頭をいじくり回して、都合のいいように扱ってるわけじゃないのよね!?


伊月:我が妹ながら、本当に思考回路が物騒だな……

   そんな事するかよ。

   だいたい、俺は女体に興味は無いと、何回も言ってるだろうが。


深月:じゃあ、なんでその子は、そんな恐ろしい程リアルな女性型なのよ……


伊月:男が男型のアンドロイドなんて作って、その絵面を見て誰が喜ぶか!

   勉強したんだよ、少しでも人間の形に近づけられるように、興味もないジャンルの本を買ってな!


深月:あ、じゃあ、兄貴のベッドに置いてあった、あの妙に肌色比率の多い本は……


伊月:参考資料に決まってるだろう、なにを想像したんだお前は。


深月:……ああ、兄貴は若くして、春に興味を失ってしまったのね……

   お母さん悲しい。


伊月:誰がお母さんだ、妹だろお前。

   それよりほら、自己紹介しろって。


深月:自己紹介……ってなによ。


伊月:いや、インプットしてんのよ、こいつの頭に。


深月:なにを?


伊月:名前。


深月:なんで?


伊月:いや、言語はあらかじめ、ある程度しゃべれるようにはしてあるんだけど、

   言葉が分かっても、単語の意味が分からない、っていうのが、一番しっくりくる説明かな?

   辞書まるまるインストールするわけにもいかなかったし、一つ一つ言葉を覚えさせなきゃいけないんだよ。


深月:なんでそんな二度手間を……

   ロボットみたいなもんなら、知識が有り溢れてそうなもんなのに。


伊月:あのなぁ深月。

   俺は、なにも完璧なアンドロイドを作りたいわけじゃない。

   これは言わば、「いかにアンドロイドが人間に近づけるか」というテーマを、具現化した形なんだよ。

   組み込まれたプログラムによってではなく、

   自ら学び、自ら考え、自ら行動してこそ、自己進化できるってもんだ。

   赤ちゃんだって、生まれた頃からペラペラ喋ったりしないだろ。


深月:まあ、それは一理あるけど……

   ていうか、結局名前をインプット? させる理由の説明になってないんだけど?


伊月:住むから。


深月:……は?


伊月:こいつ、今日から俺らと同居するから。


深月:はぁああ!?


伊月:嫌なら、勝手に俺がするまでだけど。

   こいつは深月、俺の妹な。


エル:ミツキ様……はい。


深月:ちょっと!


伊月:なんだよ、まだ受け入れられないのか?

   お前はこいつの姉にあたるんだから、いつまでも常識に囚われて我が儘言うなよ。


深月:我が儘って……

   今の私の反応は、極めて一般的だと思うけど!?


伊月:姉とはいっても、お前のほうが、15cmくらい小さいけどな。


深月:うるさい、黙れ、コロスゾ。


伊月:すまん。

   ……まあ、あれだ。

   俺は、お前がいつもバカ兄貴バカ兄貴というように、そのとおり、バカな兄貴だ。

   勉強も出来ない、スポーツも出来ない、研究だなんだと理由をつけて、同居人の妹と関わることすら稀。

   俺は、お前が昼夜研究に没頭しているこんなバカ兄貴のせいで、寂しい思いをしていると思ってな?

   少しでもそれを和らげられたらと思って、少しばかり形は歪んではいるが、これも俺なりの、愛の形だ。

   ……まあ、どうしても嫌と言うなら、俺だって強要はしないさ。

   何度も言うが、これは俺の、自己満足みたいなもんだからな。


深月:……そういうとこ、ずるい、兄貴って。


伊月:なにが?


深月:なんでもない!

   ちょっとあんた!


エル:はい?


深月:私は深月!

   深い月って書いて、深月!

   わかった!?


エル:深月様……はい。

   人物リストに、新規保存します。


伊月:おお!

   わかってくれたか、マイ・スイート・シスター!!


深月:なにそれキモい。

   ……まあ実際、確かに家族が増えるのは嬉しいわけで……うん……


伊月:なにごにょごにょ言ってんだー?


深月:なっ、なんでもない!

   それはそうと……あれ?


伊月:どうした?


深月:兄貴、この子の名前無いの?


伊月:……あ、しまった失念してた……

   思いのほかトントン拍子で設計がうまくいきすぎて、大事なこと完全に忘れてた。

   家族になるんなら、名前が無きゃな。

   なにがいいかなぁ……なにがいい?


深月:直接聞いてどうすんのよ……


エル:ナマエ……

   それは、私にも必要な項目でしょうか?


深月:そりゃ、そうでしょ。


エル:なぜ?


深月:なぜって……ほら。

   名前ってのは、私が私で、兄貴が兄貴で、あなたがあなたでいられる、

   証明というか、一つの理由みたいなものなの。

   それに、これから家族になるって言ってんのに、「あなた」なんて呼び方、窮屈だし私が嫌だわ。


伊月:同感だな。

   名前で呼ぶのが、家族として当たり前のことだ。


エル:そう……ですか。

   では、その……カゾク、とはなんですか?


深月:それは……えっと……

   ……兄貴、バトンタッチ!


伊月:え、俺!?

   ……あー、えーっと……家族ってのはぁ~……

   こ、これから一緒に生活すれば、なんとなくわかるようになるさ!

   たぶん!


エル:そういうものなのですか?


伊月:そういうもんだ!


エル:なるほど。

   カゾクとは、奥深いものなのですね。


深月:うわぁ……苦しい。


伊月:そ、それより名前だ、名前!

   せっかくだから、深月、お前考えてやれ。


深月:はぁ!?

   なんで私が!?


伊月:お前はお姉さんになるからだ。

   それに、俺のネーミングセンスの無さ知ってるだろ。


深月:そうね、確かに。


伊月:少しは否定しろよ……


深月:じゃあ……

   「エル」、ってのはどう?


エル:エル、ですか?


伊月:そりゃまた、どうしてだ?


深月:え、えっと……

   ほら、まだ言葉とか、まともにわからないんでしょ?

   だから、色々な経験とか体験を「得る」、知識を「得る」……

   だから、エル……みたいな……


エル:………………


伊月:………………


深月:な、なによぉ!

   センス無くて悪かったわね!


伊月:採用!!


エル:私の名前は……「エル」。

   登録しました。


深月:へ?


伊月:いやー、よかったなあエル。

   お姉さんに、素敵な名前つけてもらえて。


エル:ありがとうございます、深月様。


深月:べっ、別にお礼を言われる程のことじゃ……


伊月:あー、「深月様」ってのも、やっぱり固いなあ。

   エル、試しに今の言葉を敬語抜いて、「深月お姉ちゃん」って言ってみ?


エル:はあ。

   ありがとう、深月お姉ちゃん。


深月:~~~~っ!?


伊月:おーおー、深月が茹でダコみたいになってらあ。

   平均的な成人女性の体格を模して作ったから、敬語のほうが似合うと思ったんだが、

   今のは今のでアリだなあ。


エル:あの、深月様、体調でも優れないのですか?

   お顔が……


深月:う、うるさいうるさいバカバカバカ!!

   私はなんでもないから!!

   もう寝るから!!

   おやすみ!!


エル:……行ってしまいました。


伊月:あー、ちょっと虐めすぎたかなー。


エル:私、嫌われてしまいましたか?


伊月:んー?

   大丈夫だろ、あれはただの照れ隠しだ。

   ちゃんと、エルのことを歓迎してるよ、きっとな。


エル:そうですか、それなら安心です。


伊月:あ、しばらくはやっぱり、「深月様」のままでいいからな。

   あいつがいずれ、自分から望んだら、好きなように呼び方を変えればいい。


エル:了解しました。


伊月:さて、と……

   徹夜続きで、俺もさすがに限界だし、時間も遅いし、そろそろ寝るかね。

   ……んじゃ、改めて、明日からよろしくな、エル。


エル:はい。

   おやすみなさいませ、伊月様。


伊月:ああ、おやすみ。


深月:(M)

   こうして、私と、バカ兄貴と、そしてエルとの生活が新たに始まった。

   兄貴が結局、本当はなにを考えて、エルを作ったのかはわからないけれど、

   やっぱり私は、内心、少しだけ嬉しかった。

   新しい出会い、新しい家族。

   突っ込みたいところは山ほどあるけど、こんな非日常的な日常もいいかも、なんて思ってしまうあたり、

   だいぶ考え方が、毒されていると思う。

   ……明日の朝は一番に起きて、一番に挨拶をしよう。

   家族らしく、当たり前のように。

   「おはよう」、と。


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