人狼投影症候群

(関連作品)

1・人狼投影症候群

2・幻ノ涙ハ


(登場人物)

・ルキナ=アルトマン:♀

国家直属特務調査部に所属するエリート。

普段は割と軽い性格だが、仕事に対しては冷淡な面も。

仕事に私情を持ち出さない、はっきりしたタイプ。


・シャル=ハインシュタイン:♂

国家直属特務調査部に最近所属になった新人。

優秀なのだが、ルキナが優秀すぎてこき使われている。

誠実で、何事にも全力で取り組む真面目タイプ。


・マルロ:♂

「港街レンジア」で、20年以上代表を務める。

10年以上前から街を人狼の恐怖に脅かされ、不安な日々を送っている。


・リゼ=ルーデンハイト:♂

普段から、フードとマントで全身を隠している青年。


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(役表)

ルキナ:

シャル:

マルロ/モブB♂:

リゼ/モブA♂:

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モブA:……なあ、聞いたか……

    今度は、イェンさんの奥さんがやられたらしいぞ……


モブB:ああ、聞いた聞いた……

    また「ヤツ」の仕業だろ……?


モブA:ああ……

    遺体も無残なまでにバラバラにされてたそうだ……


モブB:……それもいつも通り……だな……


モブA:ああ……


モブB:イェンさんも気の毒になあ……

    奥さんを「人狼」にやられるだなんて……


モブA:……それは、どうかな……


モブB:え?

    どういうことだよ……?


モブA:……いや、たぶん気のせいだろう……

    なんでもない……


モブB:そ、そうか……


モブA:……ああ……


モブB:なあ……次は、誰がやられちまうのかな……


モブA:……さぁな……

    俺かも知れないし……お前かも知れない……

    「じ、ん、ろ、う、さ、ま、の……い、う、と、お、り」……ってな……


モブB:おい、よせよ……!


モブA:……誰も逃げられないんだよ……奴からは……

    「人狼」からは……!

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ルキナ:ん~~~……っ!

    やーっと着いたわねえ、「港街レンジア」!

    辺鄙だ辺鄙だって散々聞かされたけど、なかなかどうして、イイ街じゃない!


シャル:はぁ……はぁ……

    もーダメ……もー歩けない……


ルキナ:ちょっと、どうしたのよシャル、だらしないわね。

    たかだか2日2晩歩き通しただけで、音を上げてるんじゃないわよ。


シャル:……それくらいだったら、もう慣れっこですから、弱音なんて吐きませんよ……

    今回はルキナさんが、自分の分の荷物まで全部、僕に持たせてここまで来たから、

    もうダメだって言ってるんです!

    むしろ、労られて然るべきだと思うんですけど!


ルキナ:あら、出発する時言わなかった?

    「ジャンケンで負けたほうが荷物持ちね♪」って。


シャル:ええ、聞きましたよ!

    でもまさか、最初のジャンケンが最後のジャンケンだなんて、夢にも思いませんでしたよ!!


ルキナ:それはもう……あれね。


シャル:……なんですか。


ルキナ:あんたが私の助手として、まだまだって事よ。


シャル:……全然意味がわからない……


ルキナ:んー、それにしてもいないわねえ、迎えの人……

    「街の入口で待ってる」って言ってたのになあ。


マルロ:……ルキナ様でいらっしゃいますか?


ルキナ:っ!?


シャル:……あ、電話で聞いた声と同じ声だ。


マルロ:ああっ、驚かせてしまったようで申し訳ありません!

    わたくし、この街の代表を務めさせていただいております、「マルロ」と申します。

    この度は、遠路はるばる御足労頂き、ありがとうございます!


ルキナ:あー……あなたがマルロさんだったのね。

    名前はもう知ってると思うけど、私が今回の調査員の「ルキナ」よ。

    「ルキナ=アルトマン」。


シャル:あ、僕は「シャル=ハインシュタイン」といいまして、ルキナさんの助手をやってます。


マルロ:ルキナさんにシャルさん、ですね。

    この度は、よろしくお願いします。

    さあさあ、立ち話もなんですし、中心街へ御案内致しますよ。

    「ヤツ」に見られる前に……


ルキナ:「ヤツ」?


マルロ:いっ、いえ、なんでもありません。

    どうぞ、付いてきてください。

    向こうに車を待たせてあります。


ルキナ:……ふうん。

    なんか、思ったよりも厄介そうね、このヤマ……

    行くわよ、シャル。


シャル:あ、ちょっとルキナさん!

    自分の荷物くらい持ってってくださいよ!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(執務室)


ルキナ:……じゃ、始めましょうか。

    私達がここに来た理由は、予め簡単に伝えておいたと思うけど、

    なんでも、「街に化物がいる」って噂が流れてきてね。

    事実無根のホラ話だったらいいんだけど、

    如何せん、穏やかじゃない話も、ちょくちょくあるみたいだから。


マルロ:そうですね……

    ……では、お話させていただく前に、これを見て頂けますか。


シャル:うげっ!!


ルキナ:……これは……


マルロ:不幸にも、「ヤツ」の餌食となってしまった方々の亡骸です。

    今月はまだ出ていませんが、これまでにおよそ、200人以上は犠牲になっています。


ルキナ:200人以上……ね。

    単なる連続殺人事件だとしても十二分に話題性のある数字だけど……


シャル:「ワー、ウルフ」……


ルキナ:は?


シャル:ほら、どの写真にも、どこかしらに写ってるんですよ。

    ここにも、ここにもここにも、ここにもここにもここにも。


ルキナ:「werewolf(ワーウルフ)」……ねえ。

    狼男かしら?


マルロ:「人狼」ですよ。


ルキナ:人狼?


シャル:人狼って、狼と人間を足したみたいな怪物っていう、アレ?


マルロ:ええ……

    これらの凄惨な殺人も全て、人狼の仕業なんです。

    人狼の被害に遭っている現場の共通点は、主に二つ。

    一つは、被害者の遺体が、バラバラに切り裂かれていること。

    そして、


ルキナ:もう一つは現場に血文字で、「werewolf」と記されていること、と。


マルロ:……そういうことです。

    いつしかこの街も、「人狼の街」と呼ばれるまでになってしまい、

    今では、興味本位で街に近づく人すら、滅多にいなくなってしまいました。


ルキナ:人狼の街……ねえ。

    ちなみに、最初の被害者が出たのは?


マルロ:おそらく、今からもう、10年以上前だと思います。

    その頃は、いろいろ事情があって、治安も悪かったですから、それはそれは酷い有様でした……


ルキナ:10年……ってことは、同一犯の可能性は薄い……か……

    その頃の街の代表って誰?


マルロ:わたくしです。

    もう20年以上、この役を務めさせて頂いておりますので……


ルキナ:そう。


シャル:それにしても、凄い光景だなあ……気分悪くなってきた……


ルキナ:……ねえ、写真はこれで全部?


マルロ:え?


ルキナ:200人以上犠牲になったって割には、随分少ないけれど。


マルロ:あ、ああ。

    これらは最近のものでして、以前の物は、ちょっと……


シャル:無いんですか?


マルロ:え、ええ。

    死者を写真に収めるのは、失礼にあたると思いましたので……


ルキナ:……そ。

    大体のことは分かったわ。

    その人狼とやらが、何者なのかは知らないけど、そいつさえいなくなれば、問題ないわけね。


マルロ:ええ……

    わたくし達だけでは、手がかりすら掴めず、手も足も出ないのです。

    これ以上、善良な一般市民が犠牲になるのは、わたくしには耐えられない!


ルキナ:……ま、自分達だけでなんとか出来るレベルのヤツだったら、200人以上も殺されないわよね。


シャル:ちょっと、ルキナさん!


ルキナ:あら、失敬。

    ……じゃあ、何はともあれ、まずは聞き取り調査からね。

    ゼロからのスタートの調査なんて、久しぶりだから腕が鳴るわ。

    ほら、行くわよ、シャル!


シャル:あっ、ちょっと!

    だから、自分の荷物くらい持ってって下さいって!!

    じゃ、じゃあマルロさん、なにか進展あったら報告しますから!

    そちらも、なにか分かったら、すぐ教えてください!


マルロ:は、はあ。


シャル:(M)

    この日から、僕達は朝から晩まで、街中をくまなく調べまわり、

    出会う人や、見かけた家に住んでいる人、全員に声を掛け、調査を続けた。

    ……しかし、始めは皆、応対はしてくれるものの、

    「人狼」の単語を出した途端、顔を青くして逃げてしまう。

    話をする人は、悉くそんな調子だったせいで、これといって有効な情報が集まることは、一向に無かった。

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(夜・ホテルの一室)


ルキナ:あーあ。

    結局、今日もろくな情報は無かったわねえ……


シャル:みんな、人狼の名前を出した途端、隠れちゃうんですもんねー。


ルキナ:まあ、それだけ見えない敵の影に、怯えてるって事かしら。


シャル:被害者の情報をざっと洗ってみましたけど、

    マルロさんが言ってた二つ以外の目立った共通点は、まるで皆無。

    無差別殺人、って事くらいしか分からないですね。


ルキナ:………………


シャル:どうかしたんですか?


ルキナ:確かに、分からない事ばっかりではあるけど、引っ掛かるところもあるのよねぇ。


シャル:え?


ルキナ:マルロとかいう人、以前の写真は残ってない、って言ってたでしょ。


シャル:言ってましたね。


ルキナ:あれ、たぶん嘘よ。


シャル:ええ!?

    なんで!?


ルキナ:さあ。

    ただ、わざわざ敢えて隠すだけの理由は、何かあるみたいよね。


シャル:……一筋縄じゃいかなさそうだなあ。


ルキナ:気付くのが遅いわよ。

    じゃ、私シャワー浴びて寝るから、資料の整理よろしくね。


シャル:はーい。


ルキナ:覗いたら、人狼の餌にするわよ。


シャル:覗きませんよ!


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(朝・街中)


ルキナ:(欠伸)……ねむ……


シャル:なんで僕より先に寝て、後に起きたのに、そんな眠そうなんですか。


ルキナ:朝は力入んないのよー……

    少なくとも、正午くらいまでは寝てないと……


シャル:それで貴重な情報取り逃がしたらどうするんですか。


ルキナ:あーはいはいはい。

    全く、バカ真面目な助手持つと大変だわー……


シャル:僕、別に間違ったこと言ってませんからね!


モブA:た、大変だぁあああ!!

    人狼が、人狼がまた出たあ!!


ルキナ:!


シャル:えっ!?


モブB:今度はコールさん家の旦那がやられたぞお!!


シャル:そんな、まさか昨晩のうちに!?


ルキナ:ちょっと、あなた達!


モブA:えっ!?


ルキナ:その現場ってどこ!


モブA:あ、ああ!

    この通りをまっすぐ行って、突き当たりを左のとこだ!!


モブB:また人狼にやられてやがった!!


ルキナ:ありがと!

    シャル、行くわよ!


シャル:はい!


(間)


ルキナ:……ここ、ね。

    生で現場を見るのは初めてだけど、やっぱり、凄い臭いね。


シャル:うわっ……ちょっと僕、無理……


ルキナ:情けないわねえ、それでも男?


シャル:いや、男女関係なく、普通無理ですって。


マルロ:おお……これは……!


シャル:あ、マルロさん!


マルロ:ああっ、シャルさんにルキナさん、先に来られてましたか。

    ……しかし、これは……


ルキナ:見ての通りよ。

    バラバラに分解された遺体に、「werewolf」の血文字……

    人狼ってやつの手口と、全く同じね。


マルロ:なんということだ……

    またしても、犠牲者が増えてしまうなんて……


ルキナ:シャル、カメラ。


シャル:あ、はい。


マルロ:……なにを、なさるおつもりですか?


ルキナ:なにって、決まってるでしょ?

    現場になにか、手掛かりがないかを調べるためにも、写真は撮っておく必要があるのよ。

    特に、こんな得体の知れない現場なら、尚更ね。


マルロ:はあ……


ルキナ:あなたにとっちゃ、気分のいい行為ではないかもしれないけど、

    これも仕事のうちだから、大目に見て頂戴。

    ……ん?


シャル:ルキナさん、どうかしました?


ルキナ:……別に。

    気のせいだったみたい。


シャル:……?


ルキナ:さて、と。

    ひとまず、ここの現場検証は、こんなもんかしらね。

    じゃあマルロさん、悪いけど後任せていい?

    調べる事が、他に出来ちゃったから。


マルロ:え?

    あ、はい、分かりました……


ルキナ:シャル、あんたは引き続き、街で聞き取り調査を続けなさい。


シャル:ルキナさんは?


ルキナ:私はちょっと、野暮用があるから。

    私が見てないからって、サボるんじゃないわよ。


シャル:分かってますよ。


ルキナ:よろしい。

    それじゃ、そういう事で。


マルロ:……どうされたんでしょうか……


シャル:さあ……

 

シャル:(M)

    結局、ルキナさんは、その日は夜までホテルに戻ってこず、僕は一人で調査を進めた。

    ……が、相も変わらずの調子で、一向に成果が上がらない。

    こんな調子で大丈夫だろうか……と思いながら眠っていると、

    もう日付も変わって、だいぶ経ったであろう時刻に、

    何処からか戻ってきたルキナさんに、強制的に外へ連れ出された。

    ……今度はなんだ、一体。

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(夜・街外れの山道)


ルキナ:シャル、もっとキビキビ歩けないの?

    遅いわよ!


シャル:僕はルキナさんと違って、夜型でもなければ、肉体派でもないんですから、しょうがないじゃないですか!

    それより、何だってこんな、夜遅くに……

    どこに向かってるんですか。


ルキナ:容疑者の家。


シャル:は?


ルキナ:ちょっと、アポを取っておいたのよ。

    人目につきたくないからって言うから、こんな時間にしたの。


シャル:あの、容疑者って……え?


ルキナ:あー、あったあった、あの小屋ね。

    随分とまあ、ボロっちいところに住んでるわねえ。


シャル:あのー、ルキナさん?


ルキナ:何よ、さっきからうるさいわね。


シャル:いや、言ってる意味が全く理解できないんですけど。

    ここが容疑者の家って、どういうことですか?

    ていうか、容疑者って誰のことですか!?


ルキナ:呼び鈴も壊れてるのね……全く、めんどくさい。

    おーーーい、来たわよーー!

    いるんでしょーーー!?


シャル:え、いやあの、ちょっと?

    もう少しくらい説明してくれても、罰はあたりませんよ!?


ルキナ:あーもう、うるさい!

    すぐ分かるから黙ってなさい!


シャル:そんなこと言われても!


リゼ:……やあ。

   待ってたよ、ルキナ。


ルキナ:「リゼ=ルーデンハイト」。

    人狼だそうよ。


シャル:…………はい?

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(山小屋内)


シャル:それで、あのぉ……

    未だに、状況が全く飲み込めないんですけど。

    つまり、どういう事なんですか?


ルキナ:どうもこうも、人狼の話は人狼に聞くのが、一番手っ取り早いでしょうよ。

    向こうは向こうで、私達をずっとつけてたみたいだし。

    ちょうどよかったじゃない、話す機会が出来て。


シャル:つけてた!?

    いつから?


リゼ:君達がこの街に来た時から、ずっとだよ。

   もっとも、ルキナのほうは、最初から何となくは気付いてたみたいだけど。


ルキナ:あら、シャル気付いてなかったの?


シャル:全然……


ルキナ:ま、と言っても、私も確信を得たのは、今日の朝だけどね。


リゼ:現場の様子は、僕も興味があったから、軽く見に行ったんだけど……

   運悪く、鉢合わせしちゃったからね。


シャル:はぁ……


ルキナ:瑣末な事よ、そんなのは。

    正直、街の人はてんで役に立たないし、情報提供者として、これ以上の相手はいないわ。


シャル:それはそうでしょうけど、そんな簡単に……

    というか、そもそも僕は、まずその人が人狼って事を、信じられてないんですから。


リゼ:……じゃあ、これで信じるかい?


シャル:(M)

    そう言って、リゼという青年はずっと深く被っていたフードを取り、

    全身を隠すように覆っていたマントを脱いだ。

    ……そこには、確かに人間の顔をしていながら、頭部に狼の耳を生やし、

    犬歯と呼ぶには、余りにも異様に発達した牙、

    そして、やや毛並みの乱れた尻尾を生やした、狼男……

    人狼の姿があった。

    それを目の当たりにした時、僕の思考は数秒、止まっていたのかも知れない。


リゼ:その様子だと、信じてくれたみたいだね。


シャル:……にわかには、信じがたいですけど。


リゼ:そう。

   まあ、信じる信じないは君の自由だからね。

   ……で、さ。

   君は、この一連の人狼事件、どう見てる?


シャル:えっ?


リゼ:ルキナの考えは、もう大体聞いたから、君の考えを聞きたい。


シャル:えっと……

    今のところ、話に聞いてるとおり、人狼ってやつの仕業としか……

    あとは、血文字で「werewolf」 って残したり、遺体をバラバラにするところからすると、

    狂気的な、快楽殺人者っていう線も、あるんじゃないかって。


ルキナ:単細胞。


シャル:ひどい!


ルキナ:ひどいのはあんたのオツムよ。

    目の前の情報を、全部鵜呑みにしてどうすんの。


シャル:それはそうですけど……


リゼ:なるほど、なるほど。

   そう言うルキナの説も、同じようなものだったけどね。


ルキナ:私は、仮説を二つ立ててるって言ったでしょ。

    あんたに話したほうが合ってるなんて、微塵も思ってないわよ。


リゼ:そう。


ルキナ:……改めて、単刀直入に聞くけど。

    あんたはクロ? それとも、シロ?


リゼ:……仮に、クロだと言ったら?


ルキナ:別に、どうもしないわ。

    私達は、お偉いさんからの依頼から、流れで人狼探しをしてるのであって、

    今既に、ある意味目的は完遂してるもの。

    あんたが犯人だったとしても、それをしょっぴく権利も、力も、こっちには無いわ。


シャル:え、ルキナさん、さすがにそれは……


ルキナ:シャル、あんた馬鹿?

    人狼の力をなめるんじゃないわよ。

    リゼの本性がどうだか知らないけど、丸腰の私達二人がかりで戦ったとしても、

    あっさり瞬殺、よくて秒殺よ。

    敵うわけがない。


シャル:じゃあ、なんでそんな相手の本拠地に、いきなり入り込んでるんですか!?


ルキナ:確信があったから。


シャル:確信?


リゼ:………………


ルキナ:……話が逸れたわね。

    私の考えてるとおりなら、リゼ、あんたも被害者なんじゃないの?


シャル:被害者、って……どういうことですか?


リゼ:……当たらずとも遠からず、ってところかな。

   僕だって、決して人に対して、完全無害であるわけじゃないからね。

   過去のこととはいえ、人狼がこの地で、相当な数の人を殺してるのも事実だ。


ルキナ:だとしても、それはあんたじゃないんでしょ?

    仮に、私の仮説が当たってたなら、こればかりは、解決しようが無いわ。

    あんたも報われないし、死ぬまで​……

    いいえ、死んでもそのままよ。

    それでいいの?


リゼ:……僕はね、「捌け口」なんだよ。


ルキナ:捌け口?


リゼ:そう。

   ……まあ、これを説明したところで、君達には分からないよ。

   ここは、「人狼の街」なんだから。

   そういうところなんだよ、ここはね。


ルキナ:……あんたがそう言うんだったら、私ももう、なにも言わないわ。

    自分の仕事だけをするし、同情もしてあげない。


リゼ:それが賢明だよ。


シャル:……すみません、僕には、さっぱり……


リゼ:世の中には、こういう世界もある、って話さ。


シャル:……結局、リゼさんは、どうなんですか。


ルキナ:彼はシロよ。

    まあ、だいたい予想は付いてたけど。

    こんな性格のやつが、あんな悪趣味な事、するはず無いわ。


リゼ:それはどうも。

   でも、いいのかい?

   人狼の、化け物の言い分を、真に受けちゃって。


ルキナ:これでも、人を見る目は鍛えてんのよ、馬鹿にしないで。


リゼ:失礼、馬鹿にしたつもりは無かったんだ。

   ……ま、頑張って。


ルキナ:……いい性格してるわね、容疑者のくせに。


リゼ:生まれつきだからね。


ルキナ:でも、おかげさまで、仮説にほぼ確信が持てたわ。

    あとは、「アレ」さえあれば、決まりね。


シャル:アレ?


ルキナ:帰りながら話すわよ。

    それじゃ、邪魔したわね、リゼ。


リゼ:いいや、久し振りに、人と話が出来て楽しかったよ。

   次は、お茶でも出させてもらうから。


ルキナ:お断りよ。

    なにが入ってるか、わかったもんじゃないわ。


リゼ:ひどいなあ。


シャル:じゃあ、えっと……

    なんか、よく分からないですけど、お邪魔しました。


リゼ:うん。

   ……ああ、そうだ。

   君にだけは、もう一言だけ、付け加えておこうかな。

   ルキナはもう、薄々勘付いてるみたいだけど、君は、理解に時間が掛かるだろうから。


シャル:え?


リゼ:「人狼は、ひとりじゃない」んだよ。


シャル:……それは、どういう……?


ルキナ:シャル!

    何してんのよ、早く来なさいっての!


シャル:あ、はい!


リゼ:……じゃあね、おやすみ。


シャル:おやすみ、なさい……

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(明方・山道)


ルキナ:シャル。


シャル:はい?


ルキナ:今日、もう一回マルロさんのとこ行くわよ。


シャル:え、なんでですか?


ルキナ:例の資料写真、隠してる分も、全部出してもらう。


シャル:例の……って、初日に嘘吐いてるって言ってた、現場写真ですか?


ルキナ:そうよ。

    私の考えが間違ってなければあのオヤジ……なかなかのタヌキジジイだわ。


シャル:って事は……ルキナさん。


ルキナ:ええ、いよいよ大詰めよ。

    「人狼」を騙ってる奴の正体は、だいたい目星もついた。

    街の人が、みんなして人狼の話題を避けるのも、仮説通りなら理屈が通るわ。

    ……全く、大した街よ、ここは。


シャル:…………?


マルロ:わたくしが、どうかなさいましたか?


ルキナ:えっ!?


シャル:うわっ!?


マルロ:ああ、す、すみません!

    驚かせてしまうつもりでは!


シャル:あー、びっくりしたぁ……

シャル:それにしても、こんな時間にどうしたんですか?


マルロ:わたくしは、ただの散歩ですよ。

マルロ:人狼騒ぎが始まってからというもの、ずっと寝つきが悪くて……ははは。

マルロ:それより、あなた方は?


シャル:あ、僕達は、その……


ルキナ:……野暮用よ、大した事じゃないわ。


マルロ:そ、そうですか。


ルキナ:それより、さっさと戻ったら?

ルキナ:こんな時間に外を出歩いて、人狼に殺されても、私達は責任取れないわよ。


マルロ:そ、そうですね。

    では、お先に……


シャル:……どうしたんですか? ルキナさん。

    そんな怖い顔して……


ルキナ:……あいつ……私達をつけていた……?

    いや……まさか、ね。

    でも、万が一、変に深入りをされたら……


シャル:ルキナさん?


ルキナ:……なんでもないわ。

    それより、なんとしても、今日中にケリつけるわよ。

    あんたも覚悟しときなさい。


シャル:は、はい。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【夕刻前・執務室】


ルキナ:と、いう訳だから。

    見せて。


マルロ:そ、そう申されましても……


ルキナ:なに?

    事情はもう、一から説明したんだから十分でしょ。

    あるんでしょ?

    人狼騒ぎが始まった、当初からの写真。

    だいたい、おかしいと思ってたのよ。

    それを隠してたところで、なんのメリットがあるのかって。

    ……でも、もう分かっちゃったから、隠しても無駄よ。

    なにが写ってるのかも、だいたい見当付いてるし。


マルロ:……わ、分かりました。


シャル:ルキナさん、一体……


ルキナ:黙って聞いてなさい、全部説明してあげるわ。


マルロ:か、隠しているつもりは無かったのです。

    ただ、これはあまりにも……


ルキナ:分かってるから。

    いいから、大人しく全部見せてって言ってんの。


マルロ:は、はい……では……


シャル:(M)

    そう言って、マルロさんはおずおずと写真の山を取り出し、僕達の前に広げる。

    ……そこに写っていた光景は、これまで以上に……いや、これまでとは比較にならない程に。

    残虐で、無残で、残酷で、凄惨だった。

    遺体がバラバラになっている、という点は同じだが、

    その「状態」に、全く別物と感じさせる、違和感があった。


ルキナ:やっぱり……ね。


マルロ:やっぱり、と申しますと……


ルキナ:はい、シャル。

    こっちが、人狼騒ぎが始まった当初の写真。

    で、こっちが、初日に見せられた最初の写真。

    これを見比べて、一目で分かることって言ったら、なに?


シャル:ここで僕に振るんですか……気分悪いんですけど……


ルキナ:いいから答えなさい。


シャル:はあ……

    えっと……人狼騒ぎ当初に撮られた写真の被害者は、「引きちぎられるように」解体されていて、

    最近の物は全て、「刃物で切り落としたように」、切断して解体されてますね……

    その違いを鑑みるに、……前者と後者では、犯人の手口が……

    ……犯人自体が、変わっている可能性がある……?


ルキナ:はい、ご苦労様。

    その通りよ。


マルロ:ど、どういう意味でしょうか……


ルキナ:そのまんまの意味よ。

    10年以上前の最初の人狼事件、確かにこれは、本物の人狼によって引き起こされたものでしょうね。

    無差別に人間を食い殺し、現場には、その食べ残しである肉塊や骨、内臓だけが残る。

    人狼なんてもんは、人間じゃ太刀打ち出来ないような化け物だから、

    腕力や咀嚼力だけで、人体を引きちぎる事も容易いんじゃないかしら。

    普通はどうかまでは知らないけど、少なくとも、最初にこの街に現れた人狼は、そうだったみたいね。

    ……でも、退治されたのか、それとも自ら立ち去ったのかは不明だけど、

    数年経つと、この街から人狼はいなくなった。

    それでコトが収まれば良かったのに、ある意味、人狼よりも厄介な事案が発生し始めた。

    それも、個人レベルでなく、集団的な規模で。


マルロ:……!!


シャル:……模倣犯……!


ルキナ:そう。

    マルロさん、最初に言ってたわよね?

    10年以上前、人狼が初めて現れた頃は、酷く治安も悪かった、って。

    ……でも、人間の悪人と、人狼。

    どっちが危険なのかなんて、火を見るよりも明らかでしょ。

    だから、人狼が活動している間は、悪人も一般人も、等しくその存在に怯えるしか無かった。

    結果として、形だけでも、平和な街が出来ていたわけ。

    ……ところが、人狼はすぐにいなくなってしまった。

    これでは、いずれ悪人が活動を再開し、せっかく整った秩序が乱れるのも時間の問題……

    そこで、ある人は考えた。

    「ならば、人狼の恐怖を、永遠に植え付け続ければいい」ってね。


シャル:じゃあ、刃物で遺体が解体されてたのは……


ルキナ:全部、人為的に行われた殺人ってことよ。

    さっきも言ったように、本物の人狼にやられた死体っていうのは、文字通り細切れにされる。

    この写真みたく、力任せに引きちぎられて、欲望のままに食い散らかされてね。

    だから、現場に人体のパーツが綺麗に残る方が、不思議なくらいなはずなの、本来は。

    ……でも、最近起こっている人狼騒ぎ「もどき」は違う。

    死体をわざわざ刃物で切断するなんて発想も、知識も、人間にしかありはしないわ。

    まあ、流石に引きちぎるのは無理でも、死体がバラバラにされるってだけでも十分悍ましいから、

    ただでさえ、人狼という存在に怯えきっている人達にとっては、信憑性は充分あったでしょうね。

    そして、現場にこれ見よがしに「werewolf」の血文字を残させることで、

    街の人々の脳裏に焼きつけられた人狼の恐怖をより強くして、

    無闇に悪事を働くコトが出来ないように仕向ける。

    ……下手な恐怖政治より、よっぽどタチ悪いわ。

    ねえ、そう思わない?

    マルロさん。


マルロ:……そんな……わたくしは、わたくしはそんな事は……


ルキナ:ええ、あなたは「直接は」、手を下してはいないでしょうね。

    だから、街の人々に、こう言ったんでしょう?

    「人狼となるか、獲物となるか選べ」って。

    殺すか殺されるかの二択なら、誰だって殺す方を選ぶものね、自分の命が大事だから。

    それを何年も続けてきた結果、この街に住む人のうち何人が、人殺しをした事が無い人なのかしら。

    全員が獲物であり、全員がまた人狼でもあり、互いが互いの人狼の影に怯え続けている。

    ……「人狼の街」。

    よく言ったものだわ。


マルロ:あぁ……あああぁあぁあ……


ルキナ:……私達は、明日にはこの街から出て行くわ。

    入れ替わりで、うちの執行課が来るだろうけど、捕まるのはあんた一人だから。


マルロ:!?


ルキナ:当たり前でしょ?

    他の人も同罪だとでも思ったの?

    確かに、実際に殺人に加えて、死体損壊まで犯しちゃってるんだから、無実は厳しいだろうけど、

    ほぼ全員が唆されただけの、被害者みたいなものだからね。

    まだ多少は、情状酌量の余地があるんじゃない?

    あなたに比べたら。


マルロ:……そんな、そんな……

    そんなそんなそんなそんなそんな…………


ルキナ:じゃあね、狂人くずれの独裁者さん。

    報酬は、今回は要らないから。

    行くわよ、シャル。


シャル:……はい。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(夜・ホテルの一室)


シャル:……ルキナさん。


ルキナ:なによ、まだ起きてたの?


シャル:これで本当に、一件落着、なんでしょうか……


ルキナ:……そうよ。

    力も無い形だけの支配者が、権力に醜く縋り付いた結果生まれた、責任転嫁の輪。

    彼がどれだけ偉い生まれで、あの地位に居座り続けたのか知らないけど、

    彼さえいなくなれば、あとは、時間が何とかしてくれる。

    それでいいじゃない。


シャル:……でも……


ルキナ:でももヘチマも無い。

    さっさと寝なさいよ。

    私だって本当は、こんなとこでもう一夜明かすなんて嫌なんだから。


シャル:はい……


ルキナ:……どうせ、リゼのこと考えてんでしょ。


シャル:……はい。


ルキナ:あいつは自分で、あのままでいいって言ったのよ。

ルキナ:私達が口を出すような事じゃ、


(遠くで銃声が数発鳴り響く)


ルキナ:っ!?


シャル:ルキナさん、今の音……


ルキナ:……煙……


シャル:煙?


ルキナ:リゼの家の方だわ……!

    シャル、すぐに着替えなさい!

    行くわよ!!


シャル:あっ、はい!!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(街外れ・山中)


シャル:(M)

    無我夢中で走って、走って。

    リゼさんの小屋へとたどり着いた時、僕達の目に飛び込んできたものは。

    紅い炎に包まれて燃え盛る小屋と、猟銃を抱えて、虚ろな目をして立ち竦むマルロ氏と、

    ……血溜まりを作って倒れている、リゼさんだった。


ルキナ:リゼ!!


マルロ:……ああ、ルキナさんにシャルさんじゃあないですか……

    いやはや、ありがとうございましたぁ。

    あなた達のおかげで、この街を脅かす恐ろしい人狼を、倒すことが出来ました。

    かねてから、銀の銃弾を保存しておいて良かったというものですよぉ……


シャル:マルロさん!

    あなたという人は!


マルロ:なんですかあ!?

    全てわたくしが悪いと!?

    わたくしは生まれながらにして街の代表という名誉の座を約束され、

    悪人などという汚物や人狼などという醜悪な生き物がこの街に入り込みさえしなければ、

    わたくしは末代まで褒め讃えられ、この街もより良い素晴らしいものへと昇華していったはずなのです!

    いや!!

    むしろそれらすらも利用したわたくしの叡智のおかげで、

    この街の平和の均衡は保たれ続けていたのですなのに、なのにですよお!?

    あなたがたはつまらぬ詮索ばかりして、そればかりかこの街そのものを潰そうとしている!!

    それはいけないそれだけはいけないそれは許されないそのようなことは断じて許されない!!


ルキナ:……もういい、黙りなさい。


マルロ:しかしわかったのです、全ての悪の権化はこの人狼であると!

    こやつめがわたくしの神聖な脳髄をかねてより侵食し続け狂った政治をさせてきたのです、

    そうに違いないそうでなくてはならないそうでなければおかしいのですこのようなことは!!

    今わたくしがこやつを討ち倒したことにより世界は浄化され、

    わたくしはまたあるべき姿へと戻り、


ルキナ:黙れ!!


(ルキナがマルロの足に銃弾を撃ち込み、マルロは情けなく転倒する)


マルロ:ぎゃあっ!?


ルキナ:……それ以上口を開くんじゃないわよ、徒に風穴を増やしたくなければね。


マルロ:あ、あなたはあなたはあなたは……

    わたくしにあらぬ罪をかけるだけでなく、このようなことを……


(ルキナ、マルロの額に銃口を突き付ける)


マルロ:ひぃッ!!


ルキナ:何か、勘違いしてるみたいだけど。

    私達特務調査部はね、何も、物事を穏便に解決するだけが仕事じゃないの。

    人間だろうが人外だろうが、倫理に、道理に仇成すなら、国家直属の特権を以て、これを排す。

    そして今、この場に於いて、そうされるべき存在は、

    私達か、あなたか、……それとも、人狼か。

    それすらも分からないと言うのなら、私はこの引鉄を引く事に、何の躊躇いも無い。

    でも、あなたにまだ、人の道に戻る意志があるのなら、その手を引いてあげるわ。

    どう?


シャル:………………


マルロ:……わたくしは、……わたくし、はぁあ……!


ルキナ:あなたは、何?


マルロ:わたくしはぁ、何も悪くない!!

    全ては、あの悪しき人狼が仕組んだ罠なのです!!

    わたくしは何も間違った事はしていない!!

    わたくしは、ただ、正しい事を!!


ルキナ:……そう。


(ルキナ、マルロの額を撃ち抜く)


マルロ:わたっ、く…………し……


ルキナ:……やっぱり、あんたみたいな、人間の風上にも置けない下衆に、執行猶予なんて与えた私が馬鹿だったわ。

    あんたなんかに、誰も救えやしないし、……誰も、報われない。


シャル:……そうだ、リゼさん!

    しっかりしてください、リゼさん!!


リゼ:……シャル、君……?


シャル:喋っちゃダメです!


ルキナ:無駄よ、シャル。

    ただの銃ならともかく、銀の弾丸で撃たれてしまったのなら、助かる手立てなんて無いわ。

    ……彼は、人狼なんだから。


シャル:ルキナさん!


リゼ:……最後の最後まで、残酷で……優しい人、だね……君は……


ルキナ:うるさいわね。


リゼ:……ハハ……まいったな。

   じゃ……僕の最後のお願い……これだけ、聞いて……くれるかい。


ルキナ:……ええ、最期くらいなら、聞いてやるわよ。

    なに?

    言っとくけど、私の肉はあげないわよ。


リゼ:……あの……街の人狼騒ぎは、全て僕がやった……と……

   そう、処理してくれ……


シャル:なっ……


ルキナ:……分かった。

    それでいいのね、あなたは。


シャル:ルキナさん!

    それじゃ、リゼさんは!


ルキナ:あんたは黙ってなさい!!


シャル:だって!!

    ……だって……そんな、こと……


リゼ:……いいんだ……言ったろ……僕は、捌け口なんだ、って……

   人は……自らが抱えきれない罪を、擦り付け合わなければ……潰れてしまう、弱い、生き物だ……

   ……人ならざるものに生まれた僕が、……その役目を、負う……

   人狼の街の咎は、人狼が、背負う……

   その役目を、はたせるの、なら…………

   ………………


シャル:リゼ……さん……?


ルキナ:……死んだわよ、もう。


シャル:………………


ルキナ:ほら、さっさと帰るわよ。

    聴いたでしょ。

    私達の役目は、まだ終わってないんだから。


シャル:……ルキナさん。


ルキナ:なによ。


シャル:こんなときくらい、泣けませんか。

    泣いちゃいけませんか。

    泣くのが、そんなにもいけないことですか。


ルキナ:泣くなら、役目を全部終わらせてから泣けって言ってんのよ。

    ……それに、私だって、半分は人間なんだから、

    泣くのがいけない事だなんて……言える立場じゃないわ。


シャル:………………


ルキナ:……帰るわよ。


シャル:……はい。

 

シャル:(M)

    こうして、この一連の事件は、「人狼による大量無差別殺人」として、上層部に報告され、

    一般市民へは公開されない極秘事項として処理された。

    ……その報告書に、「リゼ=ルーデンハイト」の名前は無かった。

    何も言わなかったが、これはきっと、ルキナさんなりの、手向けの形なのだろう。

    これも、僕達の任務の一つ。

    人ならざるモノの存在を、世間から秘匿し、明るみに出さぬよう努め、徹底すること。

    その存在が周知になることで、リゼさんのような、「捌け口」を増やさないために。

    ……僕達、特務調査部は、異端な存在だ。

    人から見ても……おそらく、人外のモノから見ても。

    中立の立場を主張してはいても、理解される日は、きっと……まだまだ遠い。


ルキナ:……ほっときなさいよ、他の奴らの言うことなんか。

    結局連中は、自分の「無知」が怖いだけよ。

    「無知」が、「無知」のままである幸福がある事も知らずに。

    私達は「知ってる」からこそ、その「無知」を、守り通す義務がある。

    そう教えたでしょう。


シャル:(M)

    これも、ルキナさんの口癖だ。

    彼女は、自分の仕事に、人一倍の誇りを持って、日々任務にあたっている。

    ……人の身でも、人ならざるモノの身、でもない者として。

    人の身である僕にも、いつか、彼女の真意を知れる日は、来るのだろうか。

    そんな事を考えながら、僕は、密かに建てられたリゼさんの墓前で、手を合わせた。


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