たとえば,コップのイメージを思い浮かべてくださいと言われれば,私たちはその場にコップがなくてもコップの像を心内に思い浮かべることができます。そういったイメージがどのように作られているのか(生成過程),どういった機能をもち,どういった特性があるのかなどを研究しています。 以下のようなアプローチで今まで研究をしてきています。
イメージを想起すると視覚像が形成されるだけでなく,快・不快といった感情も喚起されます。この形成されるイメージ像と感情の関係について研究してきました。
本山宏希・宮崎拓弥・菱谷 晋介 (2008). イメージの視覚情報と感情情報の共起性に関する研究. 認知心理学研究, 5, 119-129.
イメージを思い浮かべるとき,とても鮮やかに思い浮かべられるものもあれば,あまり鮮明には思い浮かべられないものもあります。また,人によっても非常に鮮明なイメージを想起できる人とあまり鮮明には想起できない人がいることが知られています。なぜ想起されるイメージ像の鮮明さに違いが生じるのでしょうか。さまざまな原因が考えられます。その一つに,イメージの想起を抑制する心的機能があるのではないかと考えています。 たとえば,感情的に不快なものは快なものと比較してイメージが不鮮明になることが報告されています (Motoyama and Hishitani, 2016)。先行研究では,不快なイメージが鮮明に想起されてしまうのは,好ましいことではありません。そこで,不快イメージが鮮明につくられないよう,自動的にイメージ想起を抑制する機能があるのではといった推測がなされています (Hishitani, Miyazaki, & Motoyama, 2011)。この不快なイメージの想起を抑制する心的機能が実在するか検討してきました。具体的には,不快なイメージを想起している間の脳活動と快なイメージを想起している間の脳活動を測定し,快なイメージを想起しているときよりも不快なイメージを想起しているときにより活動する脳部位を探索しました。不快なイメージを想起している間はイメージの想起を抑制する心的機能が働いていると考えられますから,上記の条件で賦活する脳部位の中にイメージ想起を抑制する機能を担う脳部位が含まれていると考えられます。その結果,左後帯状回という部位が不快なイメージの想起を抑制する機能に関連することが示唆されました(Motoyama and Hishitani, 2016)。また,イメージの想起が抑制されるのは不快なイメージを想起するときだけでなく,外界の視覚対象を観察しているときにもイメージ想起は抑制されていると考えられます。もしそうなら,左後帯状回は,快なイメージを想起しているとき(イメージ抑制機能が働いていない条件として)と比較して,外界の視覚対象を観察しているときにも有意に賦活すると考えられます。実験の結果,(快なイメージを想起しているときと比較して)外界の視覚対象を観察しているときは,左後帯状回に有意な活動が生じることが示されました(Motoyama and Hishitani, 2024)。これらの結果から,左後帯状回がイメージの想起を抑制する機能と関連しているのではないかと考えています。
Motoyama, H. & Hishitani, S. (2024). The Neural Basis of a Cognitive Function That Suppresses the Generation of Mental Imagery: Evidence from a Functional Magnetic Resonance Imaging Study, Vision, 8, 18. https://doi.org/10.3390/vision8020018
Motoyama, H. & Hishitani, S. (2016). The brain mechanism that reduces the vividness of negative imagery. Consciousness and Cognition, 39, 59-69. https://doi.org/10.1016/j.concog.2015.11.006
Hishitani, S., Miyazaki, T., & Motoyama, H. (2011). Some mechanisms responsible for the vividness of mental imagery: Suppressor, Closer, and other functions. Journal of Mental Imagery, 35, 5-32.
Motoyama, H. & Hishitani, S. (2011). An fMRI study of the brain area that involves suppression of mental imagery generation. International Journal of Bioelectromagnetism, 13, 268-273.
たとえば,イメージと感情の関係を検討する研究として,快や不快な感情を伴うイメージを想起してもらい,快なイメージと不快なイメージで思い浮かべたイメージ像の鮮明さが異なるか否かを検討したとします。このとき,実験参加者には快や不快な感情を伴うイメージを想起してもらう必要がありますが,参加者がイメージを想起したときに快や不快な感情を喚起していると仮定するためには,多くの人が一致して快あるいは不快と感じる対象(名詞,文章等)をイメージ想起の対象として用いる必要があります。以下の調査によって,多くの人が感情的に快,中性,不快と感じる名詞や名詞句を作成してきました (宮崎・本山・菱谷, 2003; 本山・宮崎・菱谷. 2024)。名詞については,それらの刺激がどの程度イメージしやすいかの指標となるイメージ価も測定しています (本山・宮崎・菱谷, 2007)。
さらに,近年では,快,中性,不快な感情をともなうイメージを想起したときに,各感情価間(快,中性,不快)で思い浮かべるイメージ像ができるだけ異ならないような刺激を作成しています (本山・宮崎・菱谷, 2024)。仮に,快なイメージと不快なイメージで,思い浮かべたイメージ像の鮮明さが異なるという実験結果が得られたとします。この結果は,快・不快という感情の違いが思い浮かべるイメージ像の鮮明さに影響を及ぼした,すなわち,感情がイメージの鮮明さに影響を及ぼすことを示しているとも考えられます。しかし,そもそも快と不快で,イメージのしやすさが異なるものをイメージ対象として用いていたのかもしれません。つまり,快なイメージの対象として非常にイメージしやすいものが選ばれており,不快はイメージの対象はイメージしづらかったとしたら,そのイメージのしやすさの違いで両者の鮮明さに違いが生じていたのかもしれません。その場合,感情が思い浮かべるイメージ像の鮮明さに影響を及ぼすとはいえなくなります。そこで,イメージを想起したときに,喚起される感情は快,中性,不快と異なりますが,思い浮かべるイメージは異ならないような刺激の作成を試みました。たとえば,おいしいワイン,ふつうのワイン,まずいワインのイメージを想起すると,おいしいワインは快な,ふつうのワインは感情的には中性な,まずいワインは不快な感情を伴うイメージが想起されると思います。ただし,おいしいワイン,ふつうのワイン,まずいワインから思い浮かべるイメージ像はあまり変わらないのではないでしょうか。もし,快と不快なイメージを想起させるときに,両者で思い浮かべるイメージ像が同じであり,それにも関わらず両者でイメージ像の鮮明さに違いが生じていたのなら,それは感情が鮮明さに影響を与えたとさらに確信を持っていえると考えています。もちろん,感情の違い以外の想定していない別の要因によって,快と不快なイメージの鮮明さが異なった可能性もありますが・・・。これらの刺激を使用することによって,各感情価で思い浮かべるイメージ像に違いがなく,喚起される感情は異なるイメージを比較することが可能となり,快,不快といった感情の違いが思い浮かべるイメージ像に与える影響をより正確に把握できるようになると考えています。
本山宏希・宮崎拓弥・菱谷 晋介 (2024). 修飾語付加による感情刺激作成の試みーーイメージ像変化の少ない刺激作成 ーー. 心理学研究, 95.
本山宏希・宮崎拓弥・菱谷 晋介 (2007). 名詞のイメージ価と感情価の標準化. イメージ心理学研究, 5, 35-52.
宮崎拓弥・本山宏希・菱谷 晋介 (2003). 名詞,形容詞の感情価--快-不快次元についての標準化. イメージ心理学研究, 1, 48-59.