モスクワ日本人学校

ЯПОНСКАЯ ШКОЛА

ようこそ、モスクワ日本人学校へ

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学校長あいさつ

(入学式式辞)

モスクワ日本人学校

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〇児童生徒数

令和4年度 児童生徒数一覧
〇モス日の歴史

~モスクワ日本人学校の歴史~

 モスクワ日本人学校の歩み 従来、当地在留邦人子女のうち、大使館家族の子女は、主としてアングロ・アメリカ ンスクール(A・A・S)に通学し、その他はソ連の公立学校に通学していたが、A・ A・Sは昭和40年頃より、英米系児童数増加のために邦人子女まで収容することが漸 次困難となり、ついに昭和42年度からは、ごく一部を除き現に通学中の者すら収容し 得ない旨の通告を受けるという状態に立ち至った。他方、ソ連の公立学校については二 部授業の不便を忍び、教育制度の違いに基づいて生ずる種々の問題を抱えながらも、他 に適当な施設がないため、やむを得ずそこに通学せざるを得ないという状況にあった。 困難をきわめていた在ソ日本子女教育は、関係者の努力により「学校運営委員会」が 設置され、これを母体として開校準備が始められ、ついに昭和42年10月2日、クト ゥゾフスキー7/4番地において、児童生徒16名によるモスクワ日本人学校の創立を みることができた。以来、幾多の変遷を経て2012年には創立45周年を迎え、今日 に至った。

 ここで、この間の歴史から何を学び、発展させるべき課題は何かを見出すた めに、モスクワ日本人学校の歩みを整理した。 1.創世期 (昭和42年~昭和52年)前期:揺籃の時 (S42年~S47年) 後期:創造の時 (S48年~S52年) 2.実践期 (昭和53年~昭和62年) 前期:安定の時 (S53年~S57年) 後期:充実の時 (S58年~S62年) 3.充実期 (昭和63年~平成13年) 前期:基礎の時 (S63年~H 4年) 後期:発展の時 (H 5年~H13年) 4.改革期(平成14年~ )前期:新生の時(H14年~H23年) 後期:躍進の時(H24年~ )

 (1)創世期(昭和42年~昭和52年) この10年は、生みの苦しみを経て学校教育の基盤を創ると共に、海外における日本 人子女教育のあり方を模索した時代であったように思う。学校の沿革をみていくと、こ の時代を前期と後期の2つに分けて見ることができる。 ○前期:揺籃の時(S42年~S47年) この時期は、学校としての建物確保の準備が何よりも優先された時であり、3回も 校舎を移転しながらようやく「モスクワ日本人学校」の名を定めるに至った。更に、 「国内公立高等学校受験資格認定校」となった。S43年3月、クトゥゾフスキー14 番地に移転。S47年ロモノソフスキー・プロスペクト4番地に移転。

 ○後期:創造の時(S48年~S52年) この時期は、前期に加え、日本人学校としてのあり方を求め「保護者会」が誕生し た。更に、「校歌」「校章」も制定された。モスクワ社会に居住する者として、日ソ の友好を深めるため各種の行事を通して結びつきを図ろうとした。いわば創り出す苦 労をした時期であったように思う。昭和52年(1977年)に10年を一つの節目 として「創立10周年記念行事」がもたれた。また、記念式典終了後の10月15日 に、現在のレニンスキー・プロスペクト78番地へ校舎を移転した。

  (2)実践期(昭和53年~昭和62年) この時代は、学校教育としての内容も整い、教育活動に一定の方向性を持つことがで き、実践の充実に力を入れることができる学校環境になってきたように思う。細かく見 ていくと、前期5年間と後期とでは若干質的な違いがあるように思い、前期:安定の時 (S53年~S57年)と後期:充実の時(S58年~S62年)に分けることにした。

  (3)充実期(昭和63年~平成13年) 創立20周年を経た本校の教育内容は、義務教育としての教育課程が整い、更にモス クワの諸条件を生かして国際性豊かな子どもたちを育成できる環境にも恵まれてきた。 この14年間は、教育活動の原点に戻り、知・徳・体の調和のとれた人間像を目指し、 一層国際理解を深めるための充実した教育活動を目指す時期とした。

 ○前期:基礎の時前期(S63年~H 4年) 日本人としての基礎基本を築くために教科・道徳・特別活動の各内容をおさえ、 父母・家庭との連携を一層密にしながら、日常の基本的生活様式や行動様式をしつ けていく期間とする。

 ○後期:発展の時後期 (H 5年~H13年) モスクワに居住していることの諸条件を生かし、国際性を身につけた思考力豊か な児童・生徒の育成を目指す。そのために、児童・生徒の自主性、創造性を尊重し、 特別活動の諸場面で活躍できるよう指導の工夫をしていく。

 (4)改革期(2002年[H14]~) 21世紀を迎え、新しい教育改革が実施に移された。2002年度は、小学校・中学 校の学習指導要領の改訂が行われ、本校も教育内容を全面的に見直し、新しい教育課程 の実施を行った。「学校週5日制の完全実施」「ゆとりの中での生きる力の育成」「国 際理解教育の推進」「教育相談のキーステーション校」等の特色ある学校づくりをめざ し、改革を進める時期とした。 「生きる力」という学力観が打ち出された。各教科の学習内容は3割削減され、学校で 内容を定める「総合的な学習の時間」が導入された。しかし学力の低下が懸念され、2 003年には学習指導要領の一部が改訂され、2008年および2009年には学習指 導要領が全面改訂された。この改訂によって前回削減した内容が再度取り入れられると ともに、基礎的、基本的な知識、技能が重視されるようになった。2004年には地方 教育行政法の改正によって、学校運営協議会制度が規定され、保護者や地域住民の学校 参画のための制度がつくられた。2006年の教育基本法改正においても、学校と家庭、 地域社会の連携の重要性が規定された。 学校の自主性、自律性を尊重することによって、教育行政のスタイルは、事前規制型 から事後評価型へと転換していった。2002年(平成14年)には学校設置基準に学校 の自己点検・評価が規定され、2007年の学校教育法および学校教育法施行規則の改 正によって、学校の自己評価が義務化され、学校関係者による評価に努力義務が課され た。教員の資質向上についても多くの改革が進められた。 2008年および2009年の学習指導要領の全面改訂により、2011年度より小 学校において、2012年度より中学校において新学習指導要領が全面実施されること になった。

 ○前期:新生の時(2002年~2011年) 新しい教育改革を推進し、モスクワの日本人学校としての特色ある取り組みを創 造し基礎的・基本的な内容の確実な定着を図るとともに、児童・生徒が自ら学び自 ら考える力の育成を図り、子どものための学校づくりに努力してきた。また、保護 者・日本人会、モスクワ市民との信頼関係に支えられた教育活動を展開した。 児童・生徒数は、2002年の86人から、2011年122人に増えた。

  ○後期:躍進の時(2012年[H24] ~ ) 2011年の小学校の新学習指導要領全面実施に続いて2012年4月1日より,中 学校の新学習指導要領が全面実施された。これにより、モスクワ日本人学校の教育課 程、各教科の時間数、日課表が大きく変わった。しかし,全ての子どもたちの「生き る力」を育む理念は変わっていない。新学習指導要領では,基礎的・基本的な知識や 技能の習得と思考力・判断力・表現力等の育成とともに,主体的に学習に取り組む態 度の育成を重視している。教科等の授業時数を増加し,基礎的・基本的な知識・技能 の習得のため,つまずきやすい内容を確実に習得させるための繰り返し学習を行う。 同時に,思考力・判断力・表現力等の育成のため,各教科等の指導において,観察・ 実験やレポートの作成など知識・技能を活用する学習活動を充実させるとともに,教 科等を横断した課題解決的な学習を充実する。 モスクワ日本人学校においては,教育目標や指導計画に基づく適切な指導を実施し, 学習評価を通じて指導の改善・充実を図るという,指導に関するPDCAのサイクルを確 立し,新学習指導要領の趣旨の実現に努める。 新学習指導要領の目指す「生きる力」は,多様な人々との関わりや様々な経験を重 ねていく中でこそ豊かに育まれるものであり,そのためには,学校・家庭・地域の連 携・協同が不可欠である。新学習指導要領の趣旨に添うべく、全面実施の2012年 度より、モスクワ日本人学校「躍進の時」と定め、教育活動を展開していく。