本来、黄ぶなは縁起物として作られたもので、正月の初詣や11日の初市で買い求め神棚に供え、暮れの二荒山神社のおたりや(冬渡祭)の際、だるまや他の縁起物と一緒に燃やしたものです。
かつては、南新町の農家の副業として盛んに作られていましたが、昭和初期に衰退して西原町の浅川仁太郎氏が最後の一人となりました。
浅川氏亡き後、2年の空白がありましたが、ふくべ細工職人の小川昌信氏が、伝統を守るため、ただ一人の製作者となって引き継いでいます。
小川氏は、黄ぶなの縁起物だけでなく、様々な黄ぶなグッズも開発して、黄ぶなを守り続けています。