Research
Research
界面近傍の高分子のふるまいがバルクとは異なることは古くから知られていますが、現在も新たな学理が構築されています。また、固体表面を所望の性質へと精密に改質する技術や、固体表面上で分子およびそれらの集合体を並べる技術が、ナノテクノロジーの発展にともない様々な分野で求められています。
私たちは、液晶性高分子材料を中心とする自己集合性ソフトマテリアルの基板界面での挙動に関して理解を深めるとともに、表面の利用によって発現する機能の開拓に取り組んでいます。最近の研究の一端を以下にご紹介します。
Si(ケイ素)とO(酸素)の繰り返し構造を主鎖にもつ高分子はポリシロキサンと呼ばれます。ポリシロキサンは、気体透過性や生体適合性、耐候性などの特性をもちます。しかし、直鎖状ポリシロキサンの多くは室温で流動性を示すため、オイルやグリース、シャンプーのような柔軟材料としての利用が一般的でした。ポリシロキサンで様々な性状を実現できれば、材料設計指針の拡張や新奇材料の創製につながるでしょう。豊富な天然資源の一つであるケイ酸塩鉱物を原料とするポリシロキサンの利用拡大は、持続可能な社会の実現にも寄与できます。
私たちは最近、全モノマー単位にアミン塩酸塩をもつ直鎖状ポリシロキサンが石油由来高分子の樹脂(レジン)と同等の硬さを示すことを見いだしました。このポリシロキサンは吸湿性も示し、湿度(吸湿量)によって硬さが変化します。その変化幅は1億倍にも及びます。乾燥状態でガラスを強く接着するという性質も示します。これらの特性は、"直鎖状ポリシロキサン=柔軟材料"という概念を覆すものです。引き続き、この新奇特性を活用した様々な機能性素材の開発と応用展開を進めています。
Sci. Rep., 11, Article number: 17683 (2021). [link] Open access, 2021 Top 100 most downloaded articles in Chemistry & Materials Science
プレスリリース(名古屋大学):プラスチックのように硬いシリコーン ~1億倍の弾性率変化を示すシリコーン素材の開発~
プレスリリース(高分子広報委員会):乾燥させるとプラスチックに硬化:1億倍の弾性率変化を示すシリコーン素材
化学と工業, Vol. 74 (No. 10), pp. 728-729 (2021).
イオン性直鎖状ポリシロキサンを基板表面に化学修飾させることで、厚さ約1nmのポリシロキサン超薄膜も調製できます。この超薄膜は、バルクとは異なる吸湿挙動を示します。さらに、超薄膜をドット状にパターニングすることで、超薄膜が存在する領域で顕著に水滴が溜まる現象が観察されました。この現象を利用することで、位置選択的な保水が可能です。また、この超薄膜は両親媒性表面というユニークな機能も提供します。
J. Fiber Sci. Technol., 78, 169-177 (2022). [link] Open access
さらにこのイオン性直鎖状ポリシロキサンは、”湿度”応答性の自己集合構造を形成するという特徴も持ちます。水溶性化合物の自己集合構造の秩序は加湿によって低下するのが一般的ですが、私たちの材料では適度な加湿で最も秩序が向上します。この特異な現象を”湿度誘起自己集合(Humidity-induced Self-Assembly; HiSA)”と命名し、材料設計を様々に変えてHiSAの機構解明と応用に向けた研究を進めています。
Macromolecules, 55, 4313-4319 (2022). [link] Supplementary cover
繊維学会誌, Vol. 78 (No. 9), pp. 424-428 (2022).
液晶性化合物は強い分子協同性をもちます。そのため、マイクロメートルを超えるスケールで液晶分子の配向を変化させることができます。この性質の身近な応用例として液晶ディスプレイが挙げられます。ところが世界的に普及した液晶ディスプレイとはいえ界面近傍での液晶性化合物のふるまいには未解明なことも多く、現在でも新たな知見が報告されています。
私たちは、液晶セルの面内方向にラボスケールX線を透過させてセル内部の周期構造を評価する、液晶構造の新たな評価手法を最近開発しました。液晶性光配向膜を塗布したガラスセルに低分子液晶を注入して当手法にて構造解析したところ、液晶性光配向膜が低分子液晶との接触で高次液晶相へと構造転移する現象を見いだしました。従来はブラックボックスであった領域を評価できるようになり、界面での液晶性化合物のふるまいを新たな視点から精力的に研究しています。
Langmuir, 39, 619-626 (2023). [link] Supplementary cover
界面活性剤は環境応答性を有しており、溶媒中で温度や濃度によって多様なナノ周期構造を自己集合的に形成します。金属アルコキシドのゾルゲル反応が生じる系に界面活性剤を添加しておくと、界面活性剤の自己集合構造が無機酸化物で固定されます。この手法は、様々な構造や組成の有機無機メソ組織材料の合成に利用されています。しかし、ゾルゲル反応の完了によって界面活性剤の環境応答性が消失するため、有機無機複合後に界面活性剤の自己集合構造を変化させることは困難でした。
私たちは、吸湿性と柔軟性を示す無機材料に着目し、有機無機複合後にも界面活性剤の自己集合構造を湿度で操作可能な"湿度誘起相転移法"を提唱しました。液晶の湿度操作技術を応用することで、同一の膜に異種ナノ構造を簡便に共存させることにも成功し、新たなフォトリソグラフィ技術を提案しています。現在は、クロモニック液晶のような機能性リオトロピック液晶と湿度誘起相転移法を組み合わせる等、リオトロピック液晶の新たな学理を構築中です。
Chem. Commun., 54, 1457-1460 (2018). [link]
Polym. J., 51, 989-996 (2019). (Focus Review) [link] Open access
ACS Appl. Polym. Mater., 2, 2284-2290 (2020). [link]
Crystals, 13, 326 (2023). [link] Editor's choice, open access
液晶, Vol. 24 (No. 2), pp. 106-111 (2020).
プレスリリース(高分子広報委員会):界面活性剤の集合形態が湿度によって無機物質中で変化~無機ナノ材料の新しい調製法~
ボトムアップアプローチにてメソ構造を調製する場合、液晶やブロック共重合体などの有機物質の自己集合構造がメソ構造のテンプレートとしてよく用いられます。代表的な手法として、メソポーラスシリカ合成やブロック共重合体リソグラフィが挙げられ、これまでは有機物質の自己集合に主眼が置かれてきました。最近私たちは、無機物質の自己集合にも着目した、新たなメソ構造調製法の開発に取り組んでいます。
アモルファスな無機物質の膜は、結晶化にともない収縮します。厚さ100ナノメートル以下の薄膜状態のアモルファス無機物質が結晶化する際、薄膜はdewetting(膜はじき)現象のように面内方向に収縮し液滴状に形態変化します。このとき、液滴状の凝集体のサイズが直径数十ナノメートルに揃うことを見いだしました。無機物質の自己集合を利用した、新たな表面ナノ造形技術です。スピンコート法とその後の焼成処理のみで均質なナノドット状表面を様々な支持体上に調製でき、高エネルギーなビーム等も必要とせず低環境負荷なナノ造形プロセスである点が特徴です。
Bull. Chem. Soc. Jpn., 95, 216-220 (2022). [link] Open access
ラボスケール装置でのin-situ斜入射X線回折/散乱法の開発にも取り組んでいます。独自に設計した加熱、加湿、光照射、電圧印加用の試料アタッチメントと組み合わせることで様々なin-situ測定が可能となり、多くの共同研究へと展開しました。最近では、粘土層間でラセミ化合物が二次元ヘキサゴナル状に配列することや、分子中心にキラリティをもつ円盤状分子がラセン状積層構造を形成することを明らかとしました。現在も多方面で共同研究を実施しています。